第10話大学入試

18-10     大学入学

最後の電車の時間まで遊んだ二人、施設を後に悠斗は帰って行った。

駅迄送ると言う結衣に危ないからと、自分が施設にタクシーを呼んで帰って行った。

結衣は悠斗ともうこの施設で会う事は無いだろうと思った。

小学六年から高校三年まで、クリスマスのデートを楽しんだ思い出を胸に、新しい波乱の施設からの船出が待っていた。


高校を優秀な成績で卒業した結衣は三月の末、施設で細やかな送別会が行われて、先輩の由奈を始め施設で一緒に育った仲間に見送られて東京に向かった。

修平と悠斗は結衣の到着を心待ちにしていて、新幹線の時間を確かめて号車を聞いて二人はホーム迄で迎えに上がってきた。

生まれて始めての東京に荷物を持ってやって来ると言ったから、荷物持ちも兼ねて二人はやって来たのだ。

結衣が新幹線の車両から、出て来た時二人は荷物の少ないのに驚いた。

古ぼけた時代遅れの鞄が二つ、一つは少し大きいが、総ての荷物がこれだけ?と驚く程だった。

「これだけ?」「送ったの?」と同時に二人が聞いた。

「もう、古い物は後輩に置いてきたから、何も無くなったの」と笑ったが、別便で寮に洋服ダンスとか、身の回りの整理ダンスとかを送ったのかと思った悠斗だったが、修平には大凡の見当はついていた。

タンスは共同で使う、洗面用具も殆ど兼用、化粧品は使わない、高校を卒業しても化粧をした事もないのがよく判った。

夏休みとかにバイトで稼いだお金と、施設を出る時に預かっていた両親の僅かの貯金、保険金を貰った結衣、でも危ないから現金は僅かしか持ち歩いていない。

「だって、今頃着る服はこれだけだから、鞄の中は下着とか、細々とした物だけだから、これで終わりよ、タンスに入れる物は無いからね」と明るく笑った。

施設の暮らしは共同生活だから、色々な物を一緒に使うから要らなかったが、これからは施設ではない。少なくともお嬢様学校だと、悠斗は初日から不安が胸を覆った。


今は春休みで殆どの大学生は寮には居ない。

新入生が寮に荷物を運び入れるだけ、三人は地下鉄で最寄りの駅まで行って結衣の寮に向かった。

通常男性は入れて貰えないが、この季節と引っ越し関係は入れて貰えた。

二人一部屋で同室の女性の荷物が運送業者によって運び込まれていた。

寮の受付で手続きをして、部屋に入ると立派な造りのワンルームマンションより少し大きい広さで、二部屋に仕切られて、バスとトイレ台所が共有、部屋は完全にプライベートが確保されている。

次々と運び込まれるタンスと衣装ケース「どちらの方ですか?」と運送業者に尋ねると「北海道の帯広からです」と答えた。

「そうだ、忘れていたと」悠斗が言って、袋を差し出した。

「何?」と聞く結衣に「入学祝いだ」と微笑みながら言う悠斗、早速袋から取り出す結衣「わー、携帯電話だ」と嬉しそうに手に持った。

「前から渡したかったけれど、施設だから遠慮したのだ」

「そうね、施設では無理よね、ありがとう嬉しい」と早速説明書を読み出す結衣は、嬉しかったのだ。

「通話料も俺が払うから、安心して」と微笑むと「殆ど悠斗だからね」と笑う結衣。

「俺も携帯貰ったのだ」と修平が見せると「修平兄さん、番号教えて」と嬉しそうな結衣。

「俺の番号は聞かないの?」と悠斗が言うと「入っているでしょう」と微笑む結衣だ。

施設の番号と修平の番号を入れる結衣「沢山入るけれど、誰も居ないわ」と笑う。

「買い物に行こう」

「何を?」

「身の回りの物とか色々、隣の荷物見ただろう、行こう」

「節約しないと駄目だから」

「でも、最低限の物は必要だよ」そう言って結衣を引っ張って、買い物に出掛けた三人だった。


夜に成って、新入生で寮に入居したのは、結衣一人だった。

他の人達は新学期の始まる日に両親と一緒に来て、そのまま入居、その他の学生も全員新学期の前日入居の申請に成っている。

星崎寮長が「真中結衣さんは、我が校始まって以来の特殊な生徒さんです」

「何が?でしょう?」

「今まで、両親も家族もいらっしゃらない方は一人も居ませんでしたから」

「駄目なのでしょうか?」

「いいえ、もう代理のお父様から、四年分の授業料も寮の分も一緒に頂いておりますので、心配されなくても大丈夫ですよ、留年されると請求が発生しますがね」と微笑む。

「はい、大丈夫です」

「真中さんはご存じ無いと思いますが、この寮は大変規則が厳しく、夜は七時迄に帰宅されませんと停学に成りますから」

「はい」

「もう一つ大事な事は、真中さんの場合、ご両親がいらっしゃらないのと、自宅の登録がありませんので、休日も七時に寮に帰って貰わないと規則の対象に成りますので忘れずにね」

「はい」

「アルバイトもここの学生さんはされませんが、もしアルバイトされるのでしたら、夜七時に帰れるバイトを探して下さいね」

「はい」

寮では朝と夜の食事は出る。

昼は学校の中の食堂とか外食が多いので、用意はされていない。

結衣は朝と夜が食べられたらそれで充分だと考えていた。

今は、バイトも何もしてないので、成るべく節約しないと、教材とかにお金が必要だと思っていた。

誰も居ない寮でも、係の人達の食事を作るので、少人数賄いさんが来ている。

翌日の朝から、広い食堂に結衣一人がパンと牛乳の朝食を食べていると「新入生さん?早いね」と食堂の叔母さん梶原が声をかけた。

「真中結衣と言います、宜しくお願いします」と立ってお辞儀をした。

「珍しいね、学生さんで私に挨拶してくれたのは初めてだよ」五十台の梶原が感激していた。

「何故なの?」

「ここの生徒さんは金持ちが多いから、私達を召し使いとしか思ってないから、挨拶なんてしないわよ」

「そうなの?毎日料理を作って貰っているのに失礼ね」と怒った様に言う結衣に「真中さんは、何故こんなに早く入居したの?」不思議そうに尋ねた。

「私、今住む処が無いのです、だから早く来たのです」

「親と喧嘩したのかい?」と微笑んで尋ねると「喧嘩出来る両親は居ません」と答える結衣に「そうか、叔父さんか叔母さんの家に住んで居たのね」

「違います、児童養護施設に昨日まで住んで居ました」とはきはきと答える結衣に「嘘でしょう?この学校はお金持ちしか入れない学校よ」驚いた様に言った。

「はい、知っています、知り合いのお父さんがここに入学させて下さいました」

「親戚?」

「違います、足長叔父さんですかね」そう言われて梶原は困惑した。

ここの授業料と寮の金額が半端な金額では無い事を、知っていたからだった。

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