第9話一筋の愛

18-9       一筋の愛

秋のある日に東京のホテルで食事会が行われて、近藤夫婦は悠斗を呼んで、榊原淳三郎は孫娘彩子と母親典子、兄淳一が参加した。

昔から時々は会っていた二家族だが、今年息子と孫娘が東京の大学に合格したので、食事会を東京で行ったのだ。

淳三郎と哲二は悠斗と彩子の顔合わせ的な場にしたかったのだ。

「悠斗君は凄いね、東大生だね」と淳三郎が褒め称えた。

「一浪ですから、世の中僕より凄い人は一杯いますよ、一緒に住んでいる先輩なんて、塾にも行かないでいつもトップの成績で合格でしたよ」

「ほー!それは凄い」と感心する淳三郎。

「しばらく見ない間に綺麗に成られて、見違えましたわ」と悠斗の母美代が彩子を褒めた。

「孫娘も聖璋女子大学に入学して、今度は婿捜しですな」と笑った。

彩子には淳三郎が悠斗を気に入ったら、嫁に行けば良い家柄も会社の業績も申し分ないと話していた。

「お嬢様と食事をしたのは、中学生以来ですな、綺麗に成られましたな」哲二も彩子を見て褒め称える。

すると悠斗が「僕の知り合いも来年、彩子さんと同じ大学に入るので、宜しくお願いします」と結衣の知り合いに成って貰えると喜んで伝えた。

「悠斗さんのお知り合いは何処の会社のお嬢様?学者さんの娘さん?」と聞く彩子に悠斗が「金持ちの子供ではないよ、児童養護施設の子供なのだよ」と明るく答えた。

「えー、施設の?」と怪訝な顔の彩子に「実は縁が有りまして、私が入学をさせるのですよ」と哲二が笑いながら言うと、淳三郎が「慈善事業もそこまでやれる近藤さんは凄いですな、尊敬します」と言いながらワインを飲み干す淳三郎だった。

何かを感じ取った淳三郎だ。

息子淳司が数年前に病死で、再び社長に返り咲いたが、もう数年後にはここに座る孫淳一にその座を譲る事にしていた。

その為に近藤工業とも姻戚関係を作り、淳一の経営を盤石にする必要も有ったのだ。

和やかに食事が進み、彩子は悠斗がとても気に入った様子に、淳三郎も哲二夫婦も安堵の顔をしていた。

当人の悠斗は来春から、同じ大学で学ぶ結衣を助けて仲良くして欲しいと願うから、彩子に気に入られて困った時には助けて貰おうと考えていた。

彩子の兄の淳一は有名私立大学卒業なので、悠斗には一目置く形の話し方に成っていた。

この食事会で彩子は悠斗を気に入り、悠斗は結衣の為に彩子と仲良く成って、親切にして貰おうと考えた。


数日後彩子は悠斗に映画の切符が手に入ったとデートの誘いをしてきた。

悠斗は別に彩子と映画に行きたく無かったが、断って機嫌を損ねると来年困ると思って誘いに応じる悠斗。

日曜日の昼食を食べて、日比谷の映画館に行く二人、別に腕を組みたくないのに組んでくる彩子、傍目から見れば美男美女に見えるお似合いカップルだ。

当然見る映画は恋愛物、彩子は積極的でこのままラブホに直行でも良い気分なのだ。

日頃付き合っている男性に比べて、勉強一筋で何も知らない童貞のおぼっちゃまだと、彩子は心で笑いながら付き合っていた。

悠斗は逆に恋愛映画を観て、結衣が恋しい気分に成っている。

彩子に何度も来年入学したら可愛がってねと頼む悠斗「判ったわ、もう言わないでくれますか?何度も聞かされる私の気持ちにも成って欲しいわ」と遂に切れた彩子だ。

夕方七時には寮に戻るか自宅に泊まるかを選択しなければいけない。


自宅なら両親から寮への連絡が必要で、その場合は明日九時若しくは選択の授業までに戻らなければ成らない。

自宅の無い結衣は来年この大学に入ると、昼間外出しても七時迄に寮に戻らなければ停学に成る。

勿論夜のバイトは厳禁、バイトをする学生は皆無の学校なのだが規則は有る。

連休とかの場合も家に帰る許可が有れば自由に行動が出来るが、結衣のように家が無い場合は自由が全く無くなる、

元来この学校の規則は全国のお金持ちの女子を預かるので、厳重な規則が有って、結衣の様な生徒を対象にしていなかったので、寮の規則に無かったのだ。

近藤夫妻はそれを逆手にとって、結衣を悠斗から遠ざけようとしていたのだ。

そのうえ、彩子に悠斗に変な虫が付いて困っている様な意味の事も流していた。

「悠斗さん優しいから、お父様の慈善事業に哀れみを持ってしまったのね」と彩子が口にする程に成った。

祖父淳三郎は彩子に「頭も良い、家系は最高、財産も有る、最高の旦那様だ」とべた褒めをすると彩子も「顔も美男子よ、最高よ」と一緒に褒め称えていた。

勿論兄淳一も将来の経営を考えると、近藤家との姻戚関係はお互いの大きな利益に成ると考えて応援をしていた。


夜に成ってようやく悠斗は解放されて、早速結衣に電話をする。

施設の電話は全員が使うから、かからない時も多いが、何度もかけて繋がった時の喜びは一入。

これは以前からだが今夜は本当に悠斗の気が休まっていた。

「今日映画観てきたのだ」

「へー、珍しいわね、一人で?」

「違うよ、榊原彩子さんって女性」

「誰?友達?」

「親父の取引先の娘さんだよ」

「若いの?」

「僕より一つ下」

「じゃあ、彼女の様な人ね」

「僕の彼女は結衣だけだよ、後にも先にも居ないよ」

「ほんとうかな?男は浮気者だからね」

「僕は違うよ、死んでも結衣が好きだよ」

「おお、凄いね!死んでも愛してくれるのだね」と笑う結衣に経緯を説明する悠斗。

「私の為に無理して付き合ったの?そんな事をしなくても良いのに」と話をしていると正木が電話を空くのを待っているので変わる結衣。

一台しかないので仕方が無い。

今は小さな子が増えたので比較的電話は空いているが、長電話は厳禁だった。


例年通りクリスマスには近藤夫妻が悠斗と一緒にやって来た。

多分今年で悠斗が来るのは最後だろう、そんな気が結衣の脳裏に閃いた。

それは自分がこの施設に居るのが最後だから?それではない何かが感じられた。

久しぶりの二人は直ぐに手を繋いで出掛けて行ったのを、近藤夫妻は渋い顔で見ていた。

順子は結衣の進学のお礼を言い、また小さな子供を新しく引き取った事を報告して、近藤は私の気力が続く限り応援しますと話して、悠斗を残して帰って行った。

修平は悠斗が居なくなったら、早速バイトに明け暮れていた。

それは妹由奈の結婚資金を貯めるためだ。

親が居なくても立派に結婚式をさせてやりたいと思う修平なのだ。


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