第7話高価な人参
18-7 高価な人参?
秋に成ると、いよいよ受験勉強は追い込み状態で、両親の期待を一心に背負って悠斗は勉強に力を入れた。
大学に入学出来たら、結衣と結婚出来ると言われていたから、もう少しの辛抱だと連絡も少なくして、必死に頑張る悠斗だ。
結衣も成績は非常に良く、担任から施設の子供はよく勉強が出来ると褒められていた。
修平の担任をした先生だったから、同じ様に思っていた。
施設で結衣はバイトの話は多少したが、大きな家での贅沢な暮らしを話す事は出来なかった。
食べ盛りの子供達にあの人達の生活を話す事は余りにも酷だった。
食卓に並びきらない程の料理の品数、毎日の余り物だけでも施設に送りたくなる衝動に何度も心が乱れた結衣だったのだ。
施設では決められた量の食事に、月に決められた少額の小遣い、贅沢な食事は正月位で成長期の子供達には不足気味の食事だった。
最近は子供も中高生で身体も大きく、沢山食べるから食費も大変な出費に成る。
結衣はその実体が判っていたから言えなかった。
どうだった?食事は?肉も上等?刺身は?と年に一度尋ねて来て沢山のお土産を子供の時は貰って、最近はお小遣いを頂く近藤の家の様子が聞きたくて興味津々なのだ。
結衣は順子に、哲二の申し出の話を相談した。
順子は余りにも条件が良い話しに、結衣が哲二の家族に本当に気に入られたと思う反面、本当だろうか?身寄りの無い結衣を本当に近藤家の嫁に迎える為に、大学に通わせるのだろうか?息子の悠斗は本当に気持ちの優しい素晴らしい子供だが?本当だろうか?悠斗に与えた人参?両親が長男は全く勉強が出来ないので、悠斗に異常な期待をしている事を知っていた順子だ。
「そうね、まだ時間も有るから、しばらく考えてから返事をすれば、いいじゃないの」としか答えられない順子なのだ。
確かに多額の寄付をしてくれる近藤は大変有り難い存在なのだが、順子には一抹の不安も有った。
数ヶ月前、銀行の待合の雑誌に近藤社長のインタビュー記事を見かけたから、そこには施設に毎月寄付をして、年に一度クリスマスに施設に行く楽しみが自慢の様に書いて有ったからだ。
始めて悠斗が両親と一緒に施設に来た帰りに「僕、あの真中結衣さんと何か運命的な物を感じるのだ」と言った。
それを聞いて美代は「悠斗は優しい心の子供だから、可哀想に思ったのね、やさしいわ」と喜んだ。
「悠斗が人を哀れむ心を持ったのだな、良い事だ」と哲二も我が子の言葉に喜んだ。
その時長男の哲斗は、全く勉強が出来なくて遊びに没頭して、海外留学に旅立って一年、期待は悠斗に注がれていた。
クリスマスには、例年通りに家族三人で施設を訪れた。
久々に会った悠斗は直ぐに結衣と近くの公園に出掛ける。
哲二は先日の結衣に話した事を正式に順子に伝えて、考えて欲しいと懇願したのだ。
修平も世話に成って、今度は結衣迄大学に通わせて、学費から生活費まで面倒を見てくれるというのだ。
順子は本当に我が子悠斗の嫁に考えているのだと思わずには、この申し出は理解出来なかった。
三人は夕方には一緒に帰って行ったが、名残惜しそうな二人の姿だけが順子の目に焼き付いて、この二人は本当に愛し合っていると感じていた。
しかし、みんなの期待は裏切られて、翌年の受験には悠斗は失敗をしてしまった。
合格ラインには居たのだが、他の大学は一切受験をしていなかった悠斗は、浪人生活に突入する事に成った。
両親との約束で、結衣には合格するまで合わない、もし受験に失敗したら東京の予備校に行きながら、修平のマンションで特訓をする事に成ったのだ。
三月の末、意を決して東京の修平のマンションに転がり込む悠斗、大学に入学しなければ、結衣との交際そして結婚を認めて貰えない。
結衣との連絡は施設にかかる電話、両親が携帯を結衣には買い与えていなかったから、連絡は手紙か、固定電話しか方法が無い。
本当は携帯を結衣に持たせたかった悠斗だったが、施設の手前結衣だけが持つ事は許されなかった。
それでも二日に一度夜には電話が悠斗からかかるので、その時間には結衣は施設の電話の近くに待っていた。
両親は受験の失敗は結衣に原因が有るのではと考えた時も有ったが、今二人を引き離すと悠斗は永遠に合格出来ないのでは?の結論に達していた。
逆に悠斗が合格したら、真中さんを東京の大学に入学させて、近くで一緒に勉強をすれば良いと励ましたのだ。
その話に悠斗は、猛勉強に没頭した。
両親は修平のバイトを辞めさせて、自宅では完全な家庭教師をさせた。
修平は世話に成っている近藤社長の願いを聞き入れて、来年には合格を確約していた。
予備校の成績でも常にトップクラスに上がって、両親は修平に臨時の手当を出す程の喜びようだった。
兄の哲斗はオーストラリアの大学で悠優自適の生活を送り、学校にも行かないから落第をしてしまった。
あきれ果てる両親は悠斗に益々愛情を注いでしまうのだった。
施設では春に修平の妹由奈が、地元の金融機関に就職が決まって働き出した。
この就職も近藤のコネ以外の何ものでも無かった。
施設出身の由奈が地元の銀行に就職出来る事は、夢の様な話だった。
時田昴も地元の工場に就職が決まって、二人が去って夏には新しい姉弟が施設に来ると順子が発表していた。
小学生が三人に成る予定、来年には有松剛と小林麻代の二人もこの施設を去って行く。
結衣には長年共に暮らした仲間が去って行くのは寂しいの一言だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます