第6話淡い夏のひととき

 18-6     淡い夏の一時

美代にはこの数年で結衣の本当の姿が判るだろう、近藤の家の嫁として相応しいかを見極めようと考えていた。

今は、悠斗の勉強のための人参なのかも知れないのだが?

そんな美代の考えを知ってか知らないのか!悠斗の自宅の離れに今日から住む事に成った結衣。

離れには住み込みの家政婦、茂木繁子四十八歳と梶悦子四十歳と、住み込みの運転手徳田常雄六十五歳が暮らして居た。

離れでも、結衣には今までの施設の住まいよりは、数段上等の部屋に思えて感激をしていた。

結衣には初めての一人の部屋だったから、二段ベッドの上が二年生の時からの自分の場所、いつも正木美由と同じベッドの上と下、その環境に比べれば一人のベッドに勉強机、部屋は六畳以上で広い。

ベッドも倍は有る気がして、思わず大の字に成って寝てみる結衣だった。

結衣は天井を見ながら、施設の事を考えていた。

修平のお陰で施設のみんなは、今まで無事に高校に入学出来た。

働き始めると施設を出て行かなければ成らないから、十六歳の子供には過酷な世界なのだ。

修平はそれを回避する為に勉強に没頭したのだ。

その影響が施設のみんなに伝わって、学力が向上したのは大きな功績だった。

修平兄さんどうしているかな?東京に行ってから一度も話していない寂しさを感じていた。

夜に成って、結衣は母屋の食卓に呼ばれた。

いつもの顔がそこには並んでいた。

「お座りなさい、一緒に食事をしましょう」美代が結衣に椅子に座る様に言った。

食卓には今まで見たことが無い様な料理が所狭しと並んでいた。

結衣は頭の中で(これ、一回の食事の分かな?)と思っていた。

施設の料理とは比較に成らない程の品数に、思わず(持ち帰り?)と思った程だった。

施設に持って帰ればどれ程みんなが喜ぶだろうと考えていると、哲二が「真中さんの来訪を祝って乾杯だ」と言ってビールをグラスに注ぐ、悠斗と結衣にはジュースが注がれて、四人が「乾杯」と大きな声をあげて、中でも悠斗の声が際立って大きかった。

それを見ながら微笑む美代、顔では微笑みながら心では唖然としている結衣だった。

哲二の今夜は陽気で、いつもより沢山のビールを飲んで「真中さん、悠斗を頼むよ、東大に入れる様に応援してやってくれ、頼みます」と赤い顔で頼むのだ。

翌日から昼間はバイトに、夜は悠斗と一緒に勉強の結衣、高校生に成って大人の女性と変わらない体格に成って、美しく成って来た結衣だ。


翌日福田課長が社長に呼ばれて「どうだね、真中君は?」と尋ねる。

「頭の良い子ですね、殆ど一度教えると覚えるそうです」

「そうかね、課内の評判は?」

「良いらしいです、謙虚で、仲良く成るのは早いようです」と答えを聞いて喜ぶ哲二だ。

こうして、悠斗と結衣の夏休みは始まった。


修平はバイトに全精力を傾けて、家庭教師を中心に昼夜を問わずに稼ぐ。

休みに稼いで妹が施設から出た時のマンション費用と、生活の為の道具の購入をするのだ。

修平には妹由奈が幸せに結婚してくれる事が、自分の使命の様に思っていた。

交通事故で入院の母親から、由奈の事を頼むと最後の虫の息の口から聞いていた修平には、由奈の幸せが最優先に成る。


悠斗は結衣と一緒に勉強出来る環境で、夕方結衣が工場から戻るのを心待ちにしながら昼間は塾に勉強に行く。

悠斗には修平の事を今更ながらに、頭が良い事に呆れる毎日だった。

自分は塾に毎日の様に行きながら、辛うじて合格ラインすれすれ状態、修平は塾が無縁で夏休みにはバイトで稼いでいたから、その違いは歴然だった。

大学に入学してからも、バイトを沢山していると聞いているので、勉強をする時間が有るのだろうかと思う。

結衣は今まで経験したことのない家庭での生活と、事務のアルバイトで緊張の四十日が瞬く間に過ぎた。

哲二は結衣に信じられないバイト代をくれたのだ。

「こんなに貰って良いのですか?」

「真中さんには、昼間の仕事以外に夜も悠斗の勉強を見て貰っているからね」

「一緒に勉強しているだけで、何もしていません、毎日美味しい料理を頂いて感謝しています」

「今後の事なのだが」

「はい」

「真中さんも大学に行って欲しいのだよ」哲二が話した。

「私は、渋谷さんや、悠斗さんの様に勉強出来ませんから、有名な公立大学には行けないと思います。高校を卒業したら地元の金融機関にでも、就職出来たら良いなと思っています」と答える。

結衣には修平の様な兄はいないから、自分で総てを計画しなければいけないと思っていた。

遠い大学には行けないし、近くに適当な大学もないので、下宿して大学の学費を稼いで生活をする事なぞ夢のまた夢なのだ。

「この町には、大学も有る。東京に行きたければ行けば良い、お金は私が出してあげる」

「えー」と哲二の申し出に驚く結衣。

「将来、悠斗と結婚する事に成れば、大学は卒業して貰わないと近藤家が困るからな」そう言って微笑む。

「悠斗さんは好きですが、まだ結婚なんて考えてもいませんので、お父様のご厚意に甘えられません」

「まだ、充分時間も有るから、考えてくれ」哲二は微笑みながらそう言って、夏休み最後の夜の勉強に結衣を送り出した。


「早いな、もう終わりだね」悠斗は夏休みが明日で終わる寂しさで、その夜は勉強が手に就かなかった。

結衣も悠斗と一緒にいると心が安らぐ、今は施設に修平が居ないので、勉強を教えてくれる人も居ない寂しさも結衣には有った。

深夜まで二人は話をして、少しの勉強でお互いの部屋に戻って眠った。

翌朝、バイクで悠斗は結衣を送って駅迄行った。

他の荷物は荷造りをして、施設に宅急便で送り付ける。

別れる時、悠斗は結衣の額にキスをして、見送ってくれたのだった。

二人の淡い一時の夏が終わった。。。。。。。


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