序章……(一) 【雨模様の町】
◇◇◇
――コツン、と。
“彼女”は寄り添うように“居る者”の肩に、そっと
だけれど、しょせん
けだし
――パサリッ、と。
そのように
……どうも応えてくれたようだ。
彼女は首を僅かに上へずらして、掌の
――全身を
――あぁ、これは。
彼女は口元を
胸の奥が暖まる。
――あぁ、そうか……。
彼女は気が付く。胸に抱いた疑問の答え。
自問に応える自答を。とても単純な事だった。
あぁ、そうだ。自らは、彼の者が変わらず
――
――どうか、どうか。叶うならば。
――可能ならこの時が
「…………」
否……。己が身分で祈願なぞ、いったい何様に届くというのか。それこそ
彼女は自らを
――
世の
たった二人で、一組の
故に果たさなければならぬものがあり。次代へと繋げなければならぬ使命があり。今のままでは許されぬ道理がある。それが二人の
……だからこそ、だろう。こんな優しい時間だけが何時までも流れる事を願ってしまい。今のようなやり取りをしてしまうのかも知れない。
旅路の果て、答えを得て、向き合う刻。手を伸ばした先に、彼の者は居てくれるのか。もしくは彼の者に伸ばせる手はあるのだろうかと。
「……うん」
確かめるように、深く頷く。
自らに後悔など無い。そう誓う。
「――ぅ」
――だが、
彼女は
――
――“それ”は、彼の者の腕は、手は、指は、
爪の先に至るまで。全てが、
https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16818093078537008843
◇ 序章 ◇
――昼つ方の下がり。まだ陽の高い時刻。
本来ならば、定期的に訪れる商団がぼちぼちとやって来る頃合いか――。
町の大通りには、今か今かと商団を待つ町民達がひしめき合い、月のこの日だけはここが
だけれど、
そんな状況の為に、大通りに建つ店の主人は区切りをつけたか。遠退いた客足を理由にし早々に店仕舞の準備に掛かろうと軒先へ出てみれば、曇天。空は不気味な程にどんよりと曇り始めていた。
『――大きな嵐が来るぞォ!』
そう、誰かが言ノ葉を発す。
この辺りの土地【シンタニタイ】周辺に長く住む者にとっては、例えば『遠くに見える空の景色』『特有の湿った風の流れ』『鳥の飛び方』などといった
『――これは予兆だ。近い内に大荒れになる。
もたもたしていられねぇ。
どこかで周囲を
『何をぼさっとしてるんだい男達ぃ!!
気を張りな。やることやって、さっさと帰るんだ。妻子を守ってやんだよ。こういう時に頼りにならないなら男が廃るよ。ほらさっさとおし!!』
次いで、町の一角で
『
それらに続き、周囲を
ならばと。共通の認識によって皆は
手の空いている町民達は
町の周囲に流れる河の
西の
だが途中まで上げたところで、
『――
――数台の荷馬車、その先頭よりの掛け声。現下の町に、嵐の前すれすれに滑り込むよう来訪する者達があり。本来なら歓迎されていただろう
これが普段ならば、商団の荷馬車達は町の大通りに一旦停車して。大荷の積み降ろしや、役人からの積み荷の
しかし本日は役人の事前の手配もあり、そのまま大通りには停まらずに進んで行くと。一定の期間は町に滞在する者達の為に用意されている屋根付きの馬車の停留所まで行って、そこで停まった。
――先に停留場に着いた荷馬車から順に、続々と苦い顔の商人達が降りてくる。
彼等も既に、商人独自の知見や情報力でこの地に嵐が近い事を理解しているようであり。口元をゆがめて『せっかくの品物も、町がこれでは売れんぞ』『嵐が過ぎたとて、完全に水が引くまでこの辺りの道は不安定だ。数日はこの町に足止めだろう』『彼ノ者の縁起者に肖れると思ったが、まったくとんだ災難だ』……などと、口々に誰に対してでもない愚痴や恨み言を呟いておる。
――まあ、構わない。便乗していただけの者達には商人の都合など関係無きことだ。何処吹く風。そうどこか他人事で、荷馬車の一つから
その者は形式だけの別れの挨拶をその馬車の持ち主である
「ふん。……
「む?」
商人はぶっきらぼうな口調で別れの一言。
馬車の荷台より様子を伺った“銀の御髪”に向かって何かを放り渡すと、その相手の反応も待たずに降ろした積み荷の一つを担ぎ上げて行ってしまう。
外套の者が周囲を
◇◇◇
白く上質な布の外套が二つ。
目立たぬ色の
停留所から出てきた四人の外套。
さながら外套一派のうち一人が、身を優雅にくるりと回してから肩の凝りをほぐすよう伸びをし。
開口一番、
「はぁ、初めて馬車に乗った感動も、そこから一日半となると辛くなってくるものか。暇だった。そして、くぅぅ~臀と腰と尻尾が痛いのなんの……」
やや大雑把に肩を落としてそう言った。
周囲から浮いており目を引いてしまう、白無垢の如き衣装。それは白地に赤と金の装飾がされた上質な外套を
「そいで、なぜか俺だけ貰ったこれは何だろ?
絵の描かれたハマグリ……? 何だこれ?」
「
同じような白無垢。小さな身長の外套がその者に横から飛びつき、身体を寄せて言う。
「――ハクシ、いや何を言ってるんだか。
肌を重ねたってのには
最初に声を出した者は、自らに身体を寄せてきたその小さな彼女を【ハクシ】と呼び。肩をすくめながら彼女が発した言葉の内容を否定する。
「……なに、
「おーい、ハクシ様よ。人の話を聞きましょうか?
というか、お前わざと言ってるだろ。その『えへへ』って、明らかに冗談で言ってんのがバレバレな素が最後に出ていたぞぉ……」
「……えへへ?」
ハクシと呼ばれた彼女は、確認するように頭を傾けて再度言葉を繰り返した。
「復唱しなくて良いから……まったくもう。
あぁ、ハクシ様のキャラがたまに行方不明に」
「其方ならば、我を見失ったりなどしない。
故に案ずるな。……我はずっと一緒だよ」
「いや、そういう意味ではなくて」
そんな二人の後方から、
「――肌を重ねる? ですか。
旦那様、それは本来なら尊くおかしがたい行為。
お二人のような存在なら尚更です。差し出がましい意見だとは存じますが、荷馬車の中などで行うべきではないかと……ふふっ」
「ホホッ……そうじゃの。
別に誰も咎めはせんが、せめてもう少し場を弁えて下され? 一時の衝動に訴えただけだろうと、そこには責任が発生するのが道理じゃ。それが解らぬ訳ではないじゃろ?」
二人の背後に控えるように立つ、残る二人。
地味な色合の外套達が少し面白そうに呟いた。
その声から共に女性だと解る。全員が女性か。
「……おい、サシギ、シルシ。冗談でも止めてくれよ、笑えないからな! ……と言うか、お前達は教育係だろうに? この世間知らずの天然娘に、放った言葉がどう取られるかをちゃんと教えてやれっ! たぶんそういった言葉の意味合いを知らないのでは? 後で俺が噛み砕いて説明したら、赤面して“あぅあぅ”と言う。そう簡単に想像できる」
女性の様なのだが、“旦那様”と呼ばれた最初に言葉を発した外套の彼女が振り向いて、後方に控えた彼女達に対して『心から』という風に叫ぶ。
「何を仰るかと思えば。ハクシ様の教育は何一つ滞りありませぬ。数端術、語用学、文記学、心身学、万民学、人医術、生命系統、此土物理、天周学、歴史、伝統、神学、作法、唱歌、裁縫……男女の行為に至るまで。おおよそ必要な分野の知識は身に付けていただきました。――そうですね、シルシ?」
右方、後方。【サシギ】と呼ばれた方が答え。
「――
左方、後方。【シルシ】と呼ばれた方も、凹凸の細やかな胸を張るような素振りをして答える。
「『普段はアレ』アレ……。アレ……。
我には何も聞こえてはいないぞ……ぁぅ」
「『普段はアレ』って、おおい。
シルシ。それ本人の前で言うもんじゃないぞ。都合の悪い事を聞かなかったことにしてくれるハクシ様の寛大さに感謝しろよ? この不敬従者めぃ!」
旦那様は、
「それにしても、えーと、なんだ……。
なんというか、ハクシはやっぱり『世間知らず』と言うかなんだかなぁ。……物事の意味を誤って覚えているというか、箱入り娘というか、天然物というか純粋無垢というか。はぁ……とにかく、俺は心配だ」
どうにも『なにか腑に落ちない』なぁ。
という風に感情を滲ませ、旦那様はボヤいた。
「――心外な。我は意味を理解している!
その上で其方との会話の
小さな外套……ハクシは、
旦那様にその場で飛び上がって主張。
「――なおさら悪いわっ!」
「……ふふ」
「ホホッ」
「ちなみにだ。“肌を重ねる”とは、年頃の者達がいじらしく互いの存在を確かめ合う行為だと我の知識にあるのだが……あのね、間違ってないよね?」
「ハクシ。うんまぁ……間違っては、ないな。
すごくアバウトで抽象的だけども」
「……お教えした筈でございますが」
「……じゃな、おかしいのぅ?」
そんな一見家族のようにも感じられる、微笑ましく賑やかなやり取りをする四人組。
「ところで、このハマグリ何だろうか」
「ほれ、開けてみい。
それも素人目でも解る。かなりの贅沢品じゃな。儂も詳しくはないが、物によっては乗車賃として渡した金と同等以上はすると思うんじゃがの」
「そういや。途中途中で暇になったから、
「で
あの
「いや、娘て……うぐぐ――」
「集落の
「――うぐぐぐぐッ……!」
シルシの言葉に
「ん、ゴホッ。何はさておき、です。
ハクシ様、旦那様。これから間もなく、天候が酷く悪化するとのこと。
「サシギ、うむそうじゃな。……せっかく、チィカバの町まで来た所じゃがのぅ。今日の所は寄り道をせずに宿探しじゃ。宿無しでずぶ濡れはご免じゃからの。どうしても宿がみつからぬ場合ば、まぁ頼みの当てはあるにはあるが」
唸っていたのを一転、
「――ん、宿探しか? ほうほう。
旅の
旦那様は外套の頭巾内で、つい無意識に獣の耳をピクリと動かし、おまけに尻尾を振っての反応。
「――宿って、俺が選んでもいいのかな?」
そして他の三人に確認を取ってみると、
「ハクシ様は
「サシギ、良い。許す。我には、宿の良し悪しなどの基準が全く解らぬ。そういった事に
宿探しの役、任命の運びとなる。
「よっし、任された!」
一転して声を弾ませた旦那様。
旦那様……彼女の外套が勢いで
人ならざる獣の尾を持つ身。一人で先に進んで行こうとする尾の主。ハクシは気が付いてその尾を引こうとし、なのに手はあと少しのところで触れるのを
「ここまで、お世話になりました!」
旦那様は、すれ違う商人への
『今後とも、商い屋カリチカイをご
外套の一派は頷き合い、それと時を同じくして“ポツリ、ポツリ”と曇天から雫が降り出し始める。まもなく完全に人通りの途絶えた大通りを、人目が無いのは幸いとばかりに四人は進み始めた――。
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