第四章 フタのない箱

   *

「カガミルリコ。享年十七歳。女性。家庭生活は、えー、小学生の時に母親が死亡。死因は自殺。この母親は、里見隆一、良子夫妻を殺害後、自宅のアパートに戻って首をつっている。第一発見者は小学校から帰宅した各務瑠璃子。素行も成績も目立ったものはなかった彼女は、そのころから自我自立が難しくなってきていたらしい。医者も手を焼いていたとか」

 淡々と読み上げられる文書は、菅浩太の賃貸している部屋の中で広げられた。テーブルには紅茶やコーヒーの入った器が並び、数名が椅子に腰を落ち着けている。だというのにどこか展示場のようによそよそしく生気に欠ける景色だった。

 裄夜は日向が今にも逃げ出したそうな顔つきをしているので、牽制をこめて見据えてみた。日向はしまったと首をすくめ、それから感情が不機嫌に跳ね返って開き直ったように紅茶を飲む。孝は里見の名が出る前から体をこわばらせており、些細なことではその場から逃げ出す機会すらなさそうに見えた。

「警察の調書ってそんなもんなの?」

 少し腰がひけた茅野が、おそるおそる問いかける。その手元には現場写真と思しきものが数枚、所在なく散り、そのいくらかは黒く墨で塗りつぶされてよくは見えない。

「いや。ぜんぜん。略式だし実際これは警察のじゃないから」

「違うの?」

 頷いて、浩太はいとも簡単に返答した。

「これは本上のだよ」

「ほんがみ……!」

 銀色のティースプーンを砂糖もミルクも入っていないウェッジウッドのカップに突っ込んだまま浩太は頷く。それを見て茅野が面倒そうにため息をついた。

「あんたに使わせるとクリストフルもスーパーの三百円のスプーンも同じなのね」

「良いじゃない別に。俺使えればそれで良いし」

「良いんならマイセンを泣かすな! 戸棚に入れっぱなしじゃんか」

「だって前毎日使ってたら乱暴に扱いすぎるって茅野ちゃんが怒って」

 話が逸れていると指摘したいのだが、あまりの早さと勢いで口を挟む隙がない。

 黙り込んだ裄夜のそばに、不意に軽く風が立った。

「キセ」

 どうかしたのか、と問う前に、彼は裄夜の後ろから手を伸ばして写真を手に取る。椅子の背もたれに肘を載せ、キセはそれきり動かない。

「それでね、色んなものが見えるとか聞こえるとかあったらしいんだけど全部精神系の疾患だと見なされて彼女の場合癇癪がひどかったからまぁ当然その方面の治療が効果的に見えたんだけど」

「けど、でも?」

 日向は少々怯えたように聞いてみる。およそ見当はついていたが、聞かなければ浩太がどんどん話を逸らして行きそうに思えたらしい。

 頷き、浩太は「どうやら超能力系とでも言える能力があったらしいね」と簡単に説明した。

「あったらしい、というのは、精神面の消耗が激しすぎてその要因が見落とされたからなんだよ、残念なことにアレ系の検査が行なわれていないんだ、彼女。まぁ一度も宝くじに当たってないとか二十七人以上の人間が集まっても同じ誕生日の人間が居ないとかそれくらいのことはあるとしてもおかしい変異は見られたらしいけどね」

「変異?」

 例えがよく分からないので裄夜は聞き飛ばした。浩太は理解されたかどうかは気にしていないらしく、特に説明を加えずに先を続けた。

「あの子ねぇ、学校でコイン投げて表裏出すとき、ずっと表ばっかり出してたんだって。変でしょ?」

「変っていうか……」

 すごいとは思うが、それが一体どういうことだと言うのだろう。

 首を傾げる一同に向かい、浩太はポケットから小銭を取り出して放り投げて見せた。

「はい、こうして投げると表裏の出る確率はそれぞれ幾つでしょうか! はい君!」

「えっ私ですか!? 二分の一ですよね!?」

 他に何かあっただろうかとびくつきながら日向が答えると、左手の上から右手をどけて浩太は日向を指さした。

「ビンゴ! いや二つしかないんだからビンゴできないけどね! あのゲーム! ともあれそういうことなんだよ」

「何がですか?」

「だからね裄夜くん、考えても見なさいよ、表と裏は何回続けて出ようが最終的には半々の確率でしか出ないんだよ、百回投げれば五十に近い数ずつ出るようにできてるんだよ。それが大きく傾くということはつまり詐欺か必ず表しか出ないコインか、そういうこと。詐欺でもコインに仕掛けがあるわけでもないのだとしたら、あとはそうだね、本人に備わるなんらかの意志。圧力。世界を変える作用。確率変動、はどうでも良いのか。俺さらっと関係ないこといっぱい言ってると思うからそれは忘れて」

 どこからどこまでが戯れ言なのか分からない。仕方がないので裄夜は自分の頭で整理することにした。

「つまり……浩太さん」

「はいはい?」

「各務瑠璃子は、人前でコインを投げる機会があって、その時に何度も表を出すから異様がられたことがある、ということですよね?」

「そうだね」

「それで実際、そういうことはあり得ない、と」

「詐欺以外ね。あんまり無いよね。コインに汚れが付いてて重さとかのバランスが変わるとかあれば別だろうけどね」

「だから、彼女に何か力があったかもしれないと――でもそれって、辻褄あわせじゃないですか?」

 彼女はコインの表を続けて出すことができた。だから超能力がある。

 これでは白い豆腐と白いウサギとを対比すると豆腐とウサギがイコールで結ばれるようなものではないか。

「そうだね」

 あっさりと返し、浩太は頷く。

「都合のいい部分だけ恣意的に取ってくるのはね、嫌われるんだよね、正しくないから。だって都合良く取ってるんだもの、正当化できてむしろ当たり前でしょ? 外れたものはすべて例外という名で括ってしまえばいいんだから。反証され得ないものは使い物にならないんだよね、それと同じで恣意的なのも駄目なんだ。だから今回の件について実証できれば良い。ということで実際にルリコさんに出会った人は必ず連行してください、俺の前に」

「待ってください! どこに居るっていうんですか」

「そうよね、浩太いっつも電話かけても捕まんないしね」

「いや茅野さん、裄夜多分その意味で叫んだんじゃありませんよ」

 日向は慌てながらもそう突っ込む。それから自身も疑問を述べた。

「それに浩太さん、私たちそういう、何をするか分からない人に普通に近づいて良いんですか? 危険じゃないんですか、人じゃないものにいきなり近づいて、連れてこようとするだなんて」

「じゃあ日向ちゃんどうしてキセが隣に立ってても警戒しないのかな」

 浩太はごく自然に問いかける。茅野がクッキーを噛んで音を立て、それに驚いたように目を丸くして動作を止めた。

「そりゃ得体が知れないし人んちの猫みたいな気分はしますけど! 別に、危害加えようとしてるのでもないし」

 言い返してきた日向の前で紅茶を飲み干し、浩太は一息ついて、静かに続けた。

「……だからね、分からないということが即危険につながる場合と、そうとも限らない場合がある、ことは確かなんだよね。各務瑠璃子が本当に悪意を持っていたとしても、できることはせいぜい孝君をいじめるとかそういう、五感を使った人間でもできることだったりするかもしれない、第六感とか言われてる別の何かも動員されるかも知れない、分からないんだその辺りは。不安にさせて悪いけど、そこら辺は自己責任というか。トラを見たら逃げろというか。俺も明言はできない、安全とは言い切れないよ」

 噛んで含めるように「駄目だと思ったら逃げろ」と言われ、裄夜も日向も緊張を隠せない。孝は最初から緊張しているのでもはや顔面蒼白である。狙われているのはまずは孝だ、どうすればあの恨みをといて貰えるのかも分からない――なぜなら、コトは過ぎたあとなのだから。

 あとからできることなど、人間にはさほどない。

 これからに向けて誠実に生きるだけだ。

「しかしおかしいのはね、死んでる筈なのに性格までそっくりそのまま再現してるらしいってことなんだよ。むしろ別人である可能性の方をおすすめするんだけどね、普通なら」

「普通なら?」

 日向が勢いよくクッキーを二つに割って、一方を口に放り込む。もう一つを何故か孝に手渡した。確かに大きく作りすぎたけどねと茅野がぼそりと呟いてみせる。裄夜は申し訳なさそうに手元のクッキーを見下ろしてみた。

 先程、固すぎて歯が立たなかった玄米クッキー。

 非常に手作りらしいと言えばらしい。

 紅茶のカップにクッキーの端を当てながら、菅浩太が面倒そうに顔をしかめた。

「この子ねぇ……本当に無い物を見ていたんだとしたら、病院に行って正解ではあるんだけど……どうも現実にコトが起こってるらしいんだよね……」

「さっきのコインとかですか?」

「日向ちゃんはさぁ、自分がシズクちゃんの記憶をふっと思い出したとき、まぁおかしいとは思うよね、それでとりあえず周囲には黙ってるとして、もし嗅覚の所為で運動場から今日の給食に出るのはアレとコレだって当てられたなら、周りにどう思われるかな」

「……私そんなことできませんけど」

「だからたとえばの話」

「こーた、分かりにくいよ。せめて瑠璃子ちゃんだっけ、その子と近い例で言ってよ、理科室で血みどろの幽霊見たらそれが消えたあとでも床に血がついてたとかさ」

「あっそれ良いねソレでいいや日向ちゃんどう?」

 それでいいやと言われても、日向は見えたことが無いので答えようがない。

「想像力がないね」

 言われてむっとし、日向は何とか答えをひねり出した。

「現実化してるから妄想じゃないって話ですよね? 一人の頭の中の出来事じゃなくて。だったら気味が悪いと思われる……筈ですよね、だっておかしなこと言う人の前でそれが現実化するんだったら、先に信じるよりこの子の所為で何か起きてるとか、この子が実は何か細工してるんじゃないかとか……色々」

「うーん、質問の方向が悪かったかな、俺ね、幽霊見えるわけ。見えてもあんまり反応しないんだけどね、だって人とは違うものだってセンサーが働いてるからいざとなれば無視して動けるわけよ、俺の場合だけどね。もしそのスイッチの切り替えができない子だとして、いつもかつも無い物を見てるのは異様だし疲れるし第一この子みたいに精神病を疑われるわけ、どのみち脳内の問題ではあるからね。そして、現実に何かの発現があったとして、それによって疲弊して、ほら頭だけの人が呻きながら近づいてきたら怖いでしょ、そういうので精神錯乱してたら余計に信じて貰えなくなる、周囲は実際に異様な事件が起こってもまたおかしな子がそこにいるからという理由にならない理由で片づけようとする、科学だなんだと言いながら結局はそういう曖昧さで片をつけようとする、あの子はそれで更に神経をすり減らす。それで死んだのかもしれないし、もしかしたらあんまり良くないもののいたずらで死んだのかも知れない、それは分からない」

「そーれで?」

 眉間に皺を寄せてクッキーを見つめていた茅野が、紅茶に浸したクッキーに歯をあてた。

「うん、それでね。もし偽物だとしたら、分かりやすい特徴を真似れば済むから確かにやりやすいんだ。でも問題がある、彼女の異能性が本物だった場合だ。あの子は本物か偽物か分からない、現状からは判断が付かない、しかも本人は始終信用されないで人間不信状態にあったかもしれない、だから、俺たちが、彼女が本人だとしても諭すだけでは済まないかもしれない」

「危険だって話はさっき聞きましたけど」

「裄夜くんさ、知らないかな、ほら、死んで生き返ると大体元の人格が崩壊しちゃうんだよね。だから綺麗に甦るなんて普通あり得ない、だから俺は彼女を真似ている人間が居るという説を本当は推薦したいわけ。でも野性の手追いみたいな状態の本人であった場合、疑ってかかるとこっちの嘘くささを見抜かれちゃうのね、ああいう子って自分に対する悪意とかに異様に勘が鋭いでしょ? だからできれば、最初からあの子が言う言葉をバカ正直に信じてあげておいたほうがもし本人だった場合はこっち側に引き込める可能性を保てるのね」

「狼が来たぞ」

 ぽつりと、孝が呟いた。それから視線を受けて慌てて言う。

「狼が来たぞって言ってた羊飼いの話、知ってますよね。あれみたいな人ではあったみたいです、盗難事件があったとき隣のクラスの女の子が盗ったの見たとか言って、でも違ってて、結局犯人は見つからなかったりしたんですけど。高校、入ってからの各務さんしかよくは知らないんですけど」

 狼が来た――羊飼いの少年は何度も人を騙し、その所為で実際に狼が来たとき助けて貰うことができなかった。人は村人を責めたりはしない、人は、羊飼いの少年の心を助けようとはせず踏みにじったままの村人と一緒に、少年に罰がくだったと見なすだけだ。

 狼が来たと叫んでしまう状況になった心情を誰もくみ取りはしなかった。

 誰が悪いわけでもなく、羊飼いの少年は一人で羊の側に置き去りにされたままに――。

「……枳棘が過ぎて足下をすくわれたな。ただでさえあり得ないものを見る連中はそれが他者にとっても実在するのかどうか――ただの、自分一人の壊れた妄想か否かに対し恐れを抱いているというのに」

「枳棘?」

 一瞬間があいたが、ああ、とすぐに浩太が笑った。

「心が狭いね、確かにカラタチやいばらみたいに」

 触れると痛い。どれだけしなやかに水分を含んでいても、彼女は身を守るためになのか全身を憤りのトゲで覆い隠す。

「ききょうって言うから、帰るとか桔梗のことだとか思っちゃいました」

 日向がぽつりと口を開いた。

「私たちって簡単な言葉しか知らないから。なんかかっこいいなぁ」

 僕もそう思いました、と裄夜も頷く。難しい言葉を、嫌みではなく身に付いたものとして自然と使える人間に対し、純粋に羨ましいと二人は感嘆の声をあげた。

 眉をひそめたキセは、薄気味悪そうに二人をみやる。

「年寄りで悪かったな」

「あっ、すねてる! そんなことないですよ、かっこいいって言ったじゃないですか!」

「渋い人、良いよねえ」

 浩太、何気なく自分もできるヒトだと認めてもらいたそうである。

 すべてを無視して、キセは部屋を出て行ってしまう。

「すねてない」

 去り際にぼそりと聞こえた声に、裄夜だけが吹き出した。

「え、何、なんて言ったの?」

「や、悪いから、言わない」

 口元をおさえたまま、裄夜は首を振る。

「それより各務さんの情報の続きを」

「そう? 良いけど別に。ええとね、それでね、あの子に会う方法が限られてるのね。衣食住の必要な状態で居るのならば探せなくもないんだけど、さすがにこの市内に居るのかも分からないから探しきれないんだ。孝君が彼女に捕まったときにどうにかするしかない」

「え」

 それでは遅いのではないかと孝は怯える。あの高笑いが耳について不安になる。

 笑みを返し、浩太が一枚の札を渡した。

「だからね、一応、呼んでくれれば即座に飛べるように仕組んでおくから。これできたら肌身離さずもっといてくれる? 折ってもいいから。破らなきゃ構わないよ、紙幣と同じでよっぽどじゃないと有効にはなるから安心して良い。次元無視していきなり防御できるように考えてある」

「これ……部屋にあったのと似てますね」

「孝君目が良いよね。はい問題ですゆっきやくーん」

「えっ何ですかいきなり!?」

 茅野を真似て紅茶に入れかけていたクッキーをテーブルに落とし、裄夜が顔を上げた。

 その過剰反応を目を丸くして見ながら、浩太はうんと殊勝げに頷く。

「あのね、君、忘れてるかもしれないけど。キセが何にも教えてくれない以上、自力で学んで自力でどうにかする手はず整えないと、死ぬよ?」

「……あ」

 忘れていた。裄夜は慌てて頭を下げる。

「教えてください……!」

 水瀬裄夜は符崎キセの実体化物と会話することができている、けれどその技術を教えて貰ったことはまだない。彼はなかなか情報を吐かない。今でも裄夜が使える技は見えない糸くらいのものなのである。このままでは不可視の物と触れる期間の長かった者と対峙する際に不利になってしまう。

 初めて籍を失ってからの日々を無駄に過ごしたつもりはないが、中城の家が持つ情報には書物系統は多すぎて手本となりそうなものは判別がつかず、裄夜と日向はひたすら学生生活と生の「人外」に触れ合う時間ばかりを追いかけていたような気がする。

 術を使える者を殆ど初めて発見したようなものなので、裄夜は浩太に頼み込んだ。

 性格はこれだが、杉の木などよりよほど言葉が通じるし、裄夜にも使える技術を学べそうだ。

「うーん、俺で良いわけ? 前も訊いたけど、っていうかこれは言ってない気がするんだけど、多分俺と君じゃやり方が違うんだよ……でもまぁ広義で通用しない方言みたいなものではあるけど効かないわけじゃないから教えとくね、はいこの札、直感で答えてください、何ができるかな?」

「え? 何って……さっき里見が言ってたじゃないですか、部屋にあったって」

「うん、だから?」

「け、結界、とか? 神社とかの入口付近にあるお札みたいな」

「札あったっけ? あれ? まぁいいや、ともあれ間違いじゃないね。言っておくけどこれは本上の編み出した摂理ゆえその道の連中からは非常に嘘くさくて偽物です、が、まぁ要は気合いだから。理動かすための決まり事というよりは、人じゃないものによるそれってありえないよね魔法、だから。何でも良いわけよ、使う人間に分かってることであれば何でも。だからタロットカードの死神のカードを太陽のカードの代行させると君が決めたらそのカードは太陽のカードとしての役割しか果たさないわけ。そういう感じ」

「そういうってどういうのですか」

「ともあれ、君が本気でやりたいんだったらキセに聞くのが良いだろうね。近しい間柄ならば用いるときにやりやすい技も伝承しやすい。それでも俺がさっきから君に絡んでるのはね、自分以外の技術に無関心であっては死ぬよと言っているんだよ」

「はい?」

 ていうか絡んでたのかと裄夜は内心不可解な思いに駆られるが、浩太はやはり構わず、先を続けた。

「君たちにも言っておきたいことなんだけどね、すべての事柄について自分に結びつけるのは自意識過剰で危険思想なんだけど無関心であるよりは現状、必要なことではあると思う。できれば札を使わないつもりの日向ちゃんたちも聞きなさい、君がいつこれと似たような札に攻撃されたりするか分からないんだから、知識は身を守るために必要だよね、分かる? 他の術者に攻撃された場合自分がそれの正体が何であるのか即座に分からないことには手も足も出せないんだよ、危険が増すんだ」

「分かっても手の出しようがないんですけど――私」

「日向ちゃんむくれないでよー駄目だよー聞いてよちゃんとさ。手が出せないっていうのは君が不確定要素に頼ってる所為でしょ、シズクちゃんが出てこないと動けないから自分は何もしなくて良いと考えてるでしょ、それじゃ命が危ないんだよ。分かってる? これはままごとや子供のする鬼ごっこじゃない」

「……浩太、クッキー食べない?」

 茅野が浩太にクッキーの入ったタッパーウェアを差し出した。それを見て浩太は首を振る。

「要らない。きっついこと言ってるけどね、俺、君に簡単に死なれたくないから。できれば自衛できるように気をつけて欲しいだけなんだ。ごめんね?」

「そんなこと言われても……! どうしたら良いのか分からないんですから!!」

 テーブルの上を両手の平で叩き、その勢いと共に立ち上がって日向が逃げる。

 肩をすくめ、浩太はごめんねと声をかけた。

「ごめんね、でもこのチームに、さほど時間があるとは思えないから……いつまで俺が手助けできるか分からないから、できれば君たちができるコトを広げていってほしいんだよ」

「親の苦労ってヤツね」

 茅野が言って、浩太の口に無理矢理クッキーを押し込んだ。

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