第58話

 武闘技大会の二日目の朝を迎えた。

 昨日の疲れもなく、万全の体調で会場に向かう竜人たち。


 今日の予選第二回戦の結果で、本選のトーナメント表が決定するのでシード選手や予選勝ち残り選手も、自分と当たるかもしれない選手の情報を得る事の出来る貴重な場である。

 もちろん、それを見越して全てを見せることなどはしないだろうが、手を抜いて負けてしまっては元も子もないのである程度の情報は得ることが出来る。


 会場に着いた竜人たちは、予選表を見る。

「恐れていた事態になってしまったな。」

「こればかりはしょうがないですよ。何とか頑張ってみます。」

 ティーナは竜人にそう答えた。


 予選のティーナの相手はマリアナに当たってしまっていた。

「ティーナさん、今日はよろしくお願いします。」

 そんな竜人たちの元にミロたちがやって来ると、マリアナはティーナに話しかけていた。

「こちらこそよろしく。」


 昨日の友が今日は敵にではないが、こればかりは仕方ない。竜人たちも仲間同士で当たる可能性もあるのだから。

「いきなりマリアナに当たるとは、運がなかったな。」

 ミロはティーナに話しかける。


「そう決めつけるのはまだ早いんじゃないか? 勝負は終わってみるまで何が起こるかわからないぞ。」

 竜人はミロの発言を訂正する。


 ミロは不敵に笑うと、マリアナをつれてその場を離れていった。

「ティーナ、ああは言ったが無理はしないようにな。」

「ええ、わかっています。それよりも、竜人様の相手はあの男の様ですね。」


 ティーナが言った通り、竜人の対戦相手はゴードリーであった。

 粗暴な行いや人をけしかけておいて自分は安全なところに逃げるという、竜人にとっても気にくわない相手なので手加減をするつもりは少しもなかった。


「さて、いきなり俺の出番のようだから行ってくるよ。」

「竜人様、万が一にもあり得ないと思いますがお気を付けて。」

 ラビアたちに見送られて、竜人は闘技場へと向かっていく。


『さあみんな、待ちに待った予選第二回戦がいよいよ始まるぞ。初戦は、武闘技大会本選出場常連のゴードリー選手。手堅い戦いかたに定評のある選手です。そして、その相手は第一ブロックで圧倒的な活躍を見せた柳竜人選手。』

 実況者は、言葉をためると一拍置いてから話始めた。


『この竜人選手、大会運営に入った情報によりますとあの伝説の魔物クラーケンを討伐したパーティーメンバーとのこと。しかも、止めを指したのが竜人選手との未確認の報告もありました。さらに、皇帝陛下よりレスタルク勲章を授賞されたとのこと。果たして、噂の実力は本物なのかみんな刮目して見よう!』

『うわあああ────!』

 実況者の説明に会場内が歓声で沸き立つ。


(情報の出所は皇帝の周辺あたりか。おそらく他国からの干渉を牽制するのが狙いか。まあなんにせよ、ここまで大々的に宣言されてはもう手遅れだな。)

 竜人としても、必死に隠すつもりもないのだがここまで情報が出てしまっては何か対策をしないとなと考えていた。


「嘘をつけ! お前のような青二才がそんなこと出来るわけがない。法螺を吹くな!」

 ゴードリーはあからさまに動揺すると、顔を青くして竜人に叫んでいた。


「信じる、信じないはお前の好きにしろ。それに言っているのは俺じゃなくて実況しているやつだ。冒険者なら己の目で確かめてみな。」

 竜人は気負うことなくゴードリーにそう宣言をする。


 ゴードリーは、竜人が見せた一回戦の戦いで想像以上の実力があると警戒してはいたが、これは想定外の事態であった。

『さあ、それではまもなく試合開始になります。』


 実況者の言葉の後に、審判が二人の中央に来ると試合開始のを告げる。

「それでは予選第二回戦、第一試合始め!」


 開始の合図と共にゴードリーは明らかに焦ったように距離を取ると、刃の潰してある剣を竜人へと構える。

 一方の竜人は、自然体のままゴードリーの様子を窺っていた。


「おいどうした、戦えよ。」

「ゴードリー、お前そんな図体してびびってんのかよ!」

 観客席からヤジが飛んでくる。


 それを聞いたゴードリーの顔が怒りで赤くなっていく。

「俺様がこんなガキに負けるかよ! うおおおお───!」

 ゴードリーは剣を振り上げると、竜人目掛けて突進してくる。


 降り下ろされた剣を冷静に見極めると、竜人は最小限の動きで次々と躱していく。

「くそったれが!」

 ゴードリーは、剣だけでなく蹴りなども交えて攻撃を繰り出してきた。


(遅い、無駄が多い、隙だらけ。本当にCランクなのかこいつ?)

 毎日の鍛練で戦っているラビアの剣には遠く及ばず、それどころか盗賊相手でもゴードリーよりも強いやつはいたと思わず考えてしまった。


 ゴードリーは決して弱くはなくCランクとしてはそれなりの実力はあったが、格下相手に力でねじ伏せてきたため技術力はなく、所詮はCランク止まりであったのだ。

 そして、仲間などを使って強者を蹴落としバトルロイヤルを勝ち抜くということも画策して前回は本選に出場出来たという背景もあった。


 竜人はゴードリーの剣を躱すと、懐に入り込み肘でみぞおちを攻撃する。

「ぐえぇー。」

 剣を落とすと腹を押さえながら座り込むゴードリー。


 竜人の手加減した一撃で、何とか気絶するのを免れていたゴードリー。

 竜人もゴードリーが普通の選手だったなら今の一撃で決めていたのだが、竜人が遭遇した事件の当事者であったため少し懲らしめようと考えていた。


「どうした、もうおしまいなのか? 自分よりも弱いやつにしか強がれないのか?」

 竜人はゴードリーに問い掛けた。


「ぐ、くっそーー!」

 ゴードリーは剣を拾うと、力の限りを込めて竜人の頭目掛けて降り下ろす。

 普通の人ならば下手をすると殺してしまう一撃も、形振り構っていられないゴードリーにはどうでもいいことだった。


 バシン! ガキン!

 竜人はゴードリーの剣を両手で受け止めると、そのまま力で半分に折ってしまった。

 所謂白刃取りをやって見せた竜人。流石に受け止めた一瞬だけ気闘陣を発動したのだが。


「そ、そんな・・・、バカな───。」

 ゴードリーは目の前の出来事が理解できず、呆然と折れた剣を眺めていた。


「もういい、眠れ。」

 竜人はゴードリーの隣に素早く移動すると、手刀で首筋を打ち付けた。

 バタン。

 ゴードリーは地面に倒れ付して動かない。


 しばらくの間静寂に包まれていたが、やがて実況者が解説をする。

『ゴードリー選手、ピクリとも動きません。それよりも驚きなのは竜人選手。ゴードリー選手の剣を難なく躱すだけでなく、なんと素手で受け止めるとその刀身を折ってしまった。これは噂以上の実力を見せつけられてしまったー!』


「試合終了! 勝者柳竜人!」

『ワアアアアア───。』

 勝者の宣言を受けた竜人は、歓声を背に闘技場を後にした。


「なかなかやるねー。流石はクラーケンを倒したと言われるだけはあるか?」

「だが、相手があの程度の雑魚ではな。正直あまり当てにはならんな。」

「でも、最後に見せたスキルは大したものじゃない? 一瞬だけど動きが格段に良くなったわよ。」

 竜人の試合を観戦していたシードの選手たちは、戦いの内容から情報の分析をしていた。


「まあ、なんにしても一筋縄ではいかない相手が出てきたって訳だ。これはうかうかしていると、本選一回戦敗退なんてこともあり得るかもね。」

 男の言葉に皆が気を引き締めるような表情をする。


 皆各国を代表して大会に出場しているのだ。一回戦で敗退などどの面で国に帰れようか。

 そう思うと、自然と竜人を見る目が厳しいものへと変わっていった。

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