第45話
昨日のお風呂の一件から少し寝不足の竜人は、目に隈を浮かばせながらも起床する。
今日の予定は、ウェンディー号の修理のため出航ができずにいたバートと町で食事をすることになっていた。
「ここが俺の行きつけの店だ。値段は安いが旨くて量も多い店なんだよ。」
バートが紹介した店は、港近くにありあまり広くはないが清掃がきちんと行き届いている店であった。
竜人たちは店の入り口をくぐる。
「おう、親父。料理を適当に多目で頼む。」
「なんだ、バートじゃないか。お前さんの船がクラーケンを討伐したって話で持ちきりだぞ。よくもまあクラーケンなんかに遭遇して、無事に帰って来ただけじゃなく討伐なんて出来たもんだねー。」
料理をしていたバートよりも年上の男性が話し掛けてきた。
「ふんっ。あんな巨大なイカごときにおれのウェンディー号が沈められるかよ! とは言いたいが、正直竜人たちが居なかったらどうなっていたか分からねー。今日は恩人に対するもてなしだ。腕によりをかけて作ってくれよ。」
バートの言葉に店員だけでなく、客たちまでもが竜人たちに注目していた。
「するってえと、この人たちがクラーケンを討伐してくれた冒険者の人たちなのか?」
男性店員の質問にバートは「ああ。」と答えると頷く。
「おお、それなら手を抜くわけにはいかねえな。竜人と言ったか? クラーケンを討伐してくれてありがとうよ。奴のせいで最近までこの町も暗い雰囲気でな。これからのことでみな不安がっていたんだ。俺からも感謝を込めて是非奢らせてくれ。」
「おい、親父! 今日は俺がもてなすつもりで来たんだからな。」
店員の言葉にバートが反論する。
その後もお互いが譲ろうとせずに、言い合っていると周りからも自分達も是非おごらせてほしいと言い、竜人たちのところに集まっては感謝を述べてきたり、クラーケン討伐の話を聞かせてくれと言ってくる人が現れた。
「ああ、てめえらおれの客人だぞ。落ち着いて食事ができねえだろうが。」
バートが言うと何とか集まった人たちをテーブルに着かせた。
「しょうがねえ、親父。ここは折半で手を打とう。」
「分かった。みんな少しだけ待っていてくれ。直ぐに料理をして来るから。」
そう言うと、店員が厨房に戻っていった。
「それで、竜人たちは今後どうする予定なんだ?」
バートが今後の予定について尋ねてくる。
「明日にはエールテユスを出て、武闘技大会に出るためにアルパリオス帝国の首都に向かいたいと思っています。」
「そういえばそろそろそんな時期だったな。そうか、竜人も出場するのか。本当なら俺も応援に行きたいところだが、船の修理やら今後の対応でここを離れるわけにもいかなくてな。ここでお前の活躍を祈っているよ。」
「ありがとうございます。」
竜人たちが話しているとやがて料理が運ばれてくる。
「へいよ、おまち。」
テーブルの上には様々な魚料理や肉料理、飲み物が置かれていく。
「良い匂い。お兄ちゃんもう食べて良い?」
ミーナが急かしてくるのを、竜人が苦笑して「良いよ」と告げるとみんなで食事をはじめる。
「美味しい!」
「本当ですね。出汁がよく染み込んで深い味わいです。」
エリスやラビアが驚きながらも口の中に料理を運ぶ。
「だろ? ここの魚料理はエールテユスでも一番うまいと評判なんだぜ。」
バートが言うと男性店員が答える。
「おいおい、せめてネクベティー大陸一と言ってくるか。」
「でも、本当に美味しいです。こんな魚料理は食べたことがないです。」
竜人の感想に気を良くした店員は笑顔で厨房に下がっていった。
(料理の腕は夕暮れの宿り木亭のクライブさんと同じぐらいだな。魚料理に関してはこちらが一歩上だが。)
竜人がそう思いながら食べていて、ふとリジィーを見ると無言ですごい勢いで食べているのが目に入った。
(本当に魚が好きなんだな。後で幾つか持ち帰りを頼むか。)
そうして竜人たちはお腹いっぱいになるまで、料理を堪能することとなった。
「バートさん、今日はありがとうございました。」
「気にするな。お前さんたちのお陰で臨時収入もあったし、船のほうも商業ギルドで修理費は持ってもらったからな。」
バートはニヤリと笑うと竜人の肩を叩いてそう告げる。
「それより竜人、明日は何時に出発するんだ?」
「そうですね。朝食後になりますから九時頃には出発したいと思います。」
バートの問に竜人は少し考えてからそう答えた。
「そうか。寂しくなるが、気を付けて行ってこいよ。最近はいろいろ魔物たちの動きがおかしいからな。」
バートの忠告に頷くと、竜人たちはバートと別れてクラーケン戦で消耗した武器などの補充をするために商店を見て回ることとなった。
そして、翌朝の九時に予定通りエールテユスの門の前までやって来た竜人たちは、その場にウェンディー号に乗っていた船員や乗客たち、それとバートと商業ギルド長のダニーが集まっているのが見えた。
バートから聞いたようで、皆竜人たちに別れの挨拶を告げてきていた。
「竜人様。アルパリオス帝国へと向かうとお聞きしました。向こうの冒険者ギルドへは、クラーケン討伐の報告を済ませています。向こうにつきましたら一度冒険者ギルドを訪ねて下さい。」
「分かりました。ありがとうございます。」
竜人はダニーへと答える。
「竜人。お前さんなら必ず大会でも優勝出来ると信じている。クラーケンを倒した力を帝国の連中に見せつけて度肝を抜いてやれ!」
「ええ、優勝を目指して精一杯がんばります。」
バートが言うと竜人に手を差し出してきたので、竜人はバートと固い握手を交わすとそう答えた。
そして、竜人たちの馬車は一路アルパリオス帝国へと向けて走り出す。
門の前まで見送りに来た人たちの手を振る姿が見えなくなるまで、窓から手を振り返していた。
予定外の事件には巻き込まれたが、予定通りに移動できた竜人たちはこれから三週間ほどの馬車の旅が始まる。
故郷の大陸に帰ってこられたのが嬉しいのか、ラビアたち三人は笑顔が多く見られるようになった。
今御者はティーナが務めており、その膝の上にはミーナが一緒になって手綱を引いていた。
ミーナは端からは、仲のよい親子のようにも見られるくらい特にティーナになついていた。
竜人たちのなかで一番年上ということもあり、またおっとりとしている性格ももしかしたら実の母親に似ているのかもしれないと竜人は思っていた。
「アルパリオス帝国の首都についたら、ようやくラビアたちの奴隷解放の手続きがとれるな。」
竜人はふとラビアたちに話し掛ける。
「竜人様、私たちはまだ竜人様たちに恩返しができておりません。」
「私たちは別に今のままでも構いませんが。」
ラビアやリジィーが竜人に答えるが、竜人は首を振ると頑として認めなかった。
「そもそも俺は奴隷なんて嫌いだし、ラビアたちはもう家族だ。こんな関係はもう終わりにしたい。何よりこれ以上ねーちゃんにあらぬ誤解をされるのはたくさんなんだよー!」
竜人が頭を抱えながら言った最後の台詞が、特に一番堪えているのだとみんなが悟った。
ティーナは苦笑しながらラビアたちに話し掛ける。
「折角竜人様がこう言ってくださっていることだし、ありがたくお受けしましょう。それに奴隷でなくなっても、別に今までの関係とあまり変わりはないですし。」
ティーナがそう言うとミーナの頭を撫でる。
ミーナは、気持ち良さそうに目を閉じながらその感触に身を委ねていた。
竜人はみんなが受け入れてくれたことにほっと胸を撫で下ろした。
(良かった。これでねーちゃんに顔向けできる!)
竜人は何気に、別れ際に姉に言われたことを引きずっていたのだった。流石シスコン歴十数年続けただけはある。
竜人はこれまでに頭を悩ませていた問題のひとつから、ようやく解放されるのだった。
~アル語り~
私は犬であった。名前はもうアル。
親の顔は知らない。まだ子供の頃に捨てられたらしい。
覚えているのはひどくお腹が空いて泣いていたところを、今のご主人様に拾われたことだ。ご主人様は、私に食事と暖かい寝床を用意してくれ、ここまで育ててくれた。
私のご主人様はミーナ様と言う名で、姉であるエリス様と二人で生活をしていた。
大きくなった私は、ご主人様の役に立ちたくて薬草を探す手伝いをするようになった。薬草を見つけるとご主人様は喜んでくれ、私のことを誉めてくれた。
私には妹分と弟分がいる。妹分の名は鳥のピピ。巣から落ちていたところを私が見つけ、ご主人様は怪我の手当てと餌を甲斐甲斐しく与えて育てた。
弟分はリスのクーと言って、野犬に襲われていたところをご主人様が止めにはいられてお助けした。
二人ともご主人様にたいへん懐いている。
ご主人様と私たちの関係が変わったのは、数ヶ月前ご主人様と姉君が奴隷にされたことからはじまった。
私たちは、大好きなご主人様になにもしてあげられなかった。
ご主人様を救ったのは、新しくご主人様の兄上になられた竜人様であった。
竜人様は二人を奴隷から解放するために尽力して下さった。
そして、ご主人様を眷族にされたことで私たちにも戦う力を授けてくださった。
私は幻獣のフェンリルとして生まれ変わり、ご主人様に恩返しをする機会を与えられた。
私たちはもうご主人様が傷付くことが無いよう、命を賭してお守りすると誓い合った。
私の名はフェンリルのアル。ご主人様の忠実なる僕。
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