第44話
ウェンディー号が港町エールテユスへと入港するのを、甲板から眺めていた竜人の元にバートがやって来た。
「竜人、お前さんに渡したいものがある。クラーケンの魔石と回収出来た分の素材たちだ。一応、ギルドの方に討伐証明に提出しなければならないが、それが済んだら所有権は竜人たちにある。それと、討伐の特別報酬のほうも出るだろう。ギルドの方で受け取ってほしい。」
バートが竜人に説明をしてきた。
「いえ、それは俺たちだけでは受け取れません。クラーケンの素材はギルドの方で買い取ってもらって、報酬のほうも今回の航海に参加した人たち全員で分けましょう。もちろん、バートさんも受け取ってくださいね。」
竜人の答えにバートは肩を上げて告げた。
「はぁ、お前ならそう言うと思っていたよ。本当に欲のないやつだ。それじゃあ船のみんなには俺から説明しておくから。」
そうバートが言うと、甲板から船内へと戻っていった。
「兄さん。ようやくネクベティー大陸に来れましたね。」
「船の旅も楽しかったねお兄ちゃん!」
エリスとミーナが話し掛けてきた。
「二人とも初めての船旅がこんなことになって悪かったね。」
竜人が二人に謝罪するも、「気にしないで。」と二人が言ってくれたことに胸を撫で下ろした。
そして、船は無事入港を果たした。
船からは数人の船員たちが商業ギルドへと向かっていく。クラーケンの討伐の報告に向かったのだろう。
そして、船から下ろされていく巨大なクラーケンの死体と魔石。
その様子を眺めるために多くの人だかりができて、港は一時混乱を来すこととなった。
「すげー、これがクラーケンなのか。」
「よくこんなのを討伐出来たな。この船は討伐目的の船じゃないんだろ? いったい誰がこんなことをしたんだ?」
「でもこれで安心して航海が出来るようになるな。誰だか知らないけど本当に感謝だよ。」
港では皆がそんな話をして、クラーケンの話題で持ちきりだった。
クラーケンの討伐の報告は直ぐに各国やさまざまな町へと伝わり、驚きとともにいったい誰が討伐したのかという噂で持ちきりになっていた。
竜人たちはそんな港の中を馬車に乗り、バートに言われて商業ギルドへと向かっていた。
下船の時に、バートからクラーケンの報酬を全員で分けることを伝えられたみんなが、竜人たちのところにやって来てはお礼と感謝を告げに来てくれた。
竜人は「みんなの協力のお陰ですから。」と言うと、皆が握手を求めてきて下船するのに時間がかかってしまったことには苦笑してしまったが。
混雑していた港を抜けると、商業ギルドにやって来た竜人たち。竜人に気が付いた商業ギルドの職員は、直ぐに奥の応接間へと通されることとなった。
「皆さま初めまして。私はエールテユス商業ギルドでギルド長を務めております、ダニーと申します。この度は、皆さまのお陰でクラーケンを討伐することが出来ました。エールテユス代表としてお礼申し上げます。」
ダニーは竜人たちへと深々と頭を下げる。
「頭を上げてください。私たちは確かにクラーケン討伐をすることが出来ましたが、それは他のみんなの手助けがあったからこそです。俺たちだけの手柄ではありません。」
竜人は慌ててダニーへと告げた。
ダニーは頭を上げると竜人を見て呟いた。
「バート船長の言っていた通りの方のようですね。」
ダニーは改めて竜人たちに話し掛ける。
「そう言っていただけて船員たちも喜んでいることでしょう。ですが、竜人様たちのお陰で犠牲がなく討伐することが出来たのも事実です。これで、皆クラーケンに怯えることなく商売をすることができます。もし討伐が長引き被害が増えれば、その損害は計り知れないものになっていたことでしょう。今回は各国の方からも報酬の方が出されております。討伐報酬に白金貨百五十枚とクラーケンの魔石と素材が白金貨五十枚は下らないでしょう。」
あまりの報酬の多さに驚く竜人たちの様子に、ダニーは苦笑するように答えた。
「貴方方はそれだけのことをしたのですよ。本当はこれでも討伐報酬としては安すぎるくらいだと思っていて、私たちも心苦しいのですが。」
確かにクラーケンによって多くの船が沈められれば、その損害額は計り知れないだろう。それに、人の命が失われることはお金では換算出来るものではない。
「それで竜人様方には白金貨五十枚を受け取っていただきたいと思っています。」
ダニーはテーブルに白金貨五十枚の入った袋を差し出した。
「あの、報酬はウェンディー号に乗っていた皆さんと均等に分けるという話になっていたと思うのですが。」
竜人は困惑しながらダニーに告げると、頷きながら答えが返ってきた。
「ええ、そう伺っています。ですがこれはウェンディー号の方々全員の総意であります。竜人様がどう思われましても、実際皆さま方が居なければどうなっていたのかは同じ船に乗っていた方々はよく理解しております。今回は竜人様の言葉に甘えさせて頂きますが、せめてその活躍に見合う分だけの報酬は受けていただきたいとの事でした。」
そう言うとダニーは、頑として譲らない雰囲気を醸し出していた。
やがて竜人の方が折れると、「ありがたく頂戴します。」と言って白金貨をマジックバッグへとしまった。
その様子を満足そうに見たダニーは、続けて竜人に話し掛けてきた。
「ありがとうございます。それで竜人様方には、是非私どもの感謝の気持ちとして当方が用意しました宿に泊まって頂きたいと思います。」
「分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます。」
竜人は少し考えたが、断ることは却って失礼に当たると思いいたって受け入れることにした。
ダニーから指示された案内人が竜人たちを今晩の宿へと案内をする。
宿についた竜人たちはその豪華な佇まいをした建物に圧倒をされていた。
その宿は、賓客を迎えるためによく用いられているものであった。
宿の前では、従業員たちが竜人たちを出迎えるために整列をして待っていた。
『ようこそ、悠久の夕凪亭へ。』
竜人たちは馬車から下りると、係りのものが馬車を厩舎へと連れていき、竜人たちは中へと案内をされる。
「ようこそいらっしゃいました竜人様。本日は誠心誠意もてなしをさせていただきますので、どうかゆっくりとご寛ぎ下さい。」
竜人たちは最上階の部屋へと通されることとなった。その部屋は向こうの世界のスウィートルームと遜色のない広くて豪華な部屋であった。
最も竜人にはそんな部屋には泊まった事もなかったため、他のみんなと同じくただ圧倒されていただけだったが。
「竜人様、ご用命の際は何時でもお呼びください。」
案内人が竜人にそう話し掛けてきた。
「ありがとう。その際はお願いするよ。」
竜人が答えると案内人の女性が竜人に頭を下げてくる。
「あ、あの、今回のクラーケン討伐本当にありがとうございました。私の彼も船で働いていまして、この数日は本当に心配で眠れない日々が続いていました。ですから、竜人様たちには本当に感謝しています。」
そう感謝を述べてきた。
竜人はその女性に微笑みながら告げた。
「今回の件は本当にみんなの協力のお陰で自分達だけの手柄ではないんだけど、貴女のお役に立てたのならば良かったです。」
竜人の言葉に女性が笑顔で「ありがとうございます。」と言って部屋を後にする。
部屋には竜人たちだけになった。何故か少し不機嫌そうなエリスとラビアたちが苦笑する様子が伺えた。
「お兄ちゃん、すごい豪華な部屋だね。家と同じくらい広いよ!こっちにはお風呂まであるみたい。」
ミーナだけが無邪気な様子ではしゃいで場の空気を和ませていた。
「今日は折角だし、なにもしないでゆっくりとしようか?」
「そうですね。こんな部屋に泊まることなんてあまりない経験ですものね。」
竜人の言葉にエリスが答えた。
その日は、豪華な部屋で窓から景色を眺めたり、豪華な食事をしたり、ゲームをして一日を過ごした。
そんなゆったりとしていたときミーナが竜人に尋ねた。
「お兄ちゃん、折角広いお風呂だから一緒に入ろう?」
ミーナの言葉に竜人は快く引き受けると一緒にお風呂場へと向かった。
服を脱いだ竜人とミーナはアル、ピピ、クーと共に浴室に向かう。
「アル、ピピ、クー。順番に体を洗ってあげるね。」
アルたちは鳴き声を上げて答えると、嬉しそうにミーナに体を洗われていく。
竜人も体を洗うかと思っていると浴室の扉が開く。
竜人がそちらを向くと、タオルで体を隠したエリスが入ってきた。
「えっ?」
竜人は少しの間硬直してエリスを見てしまったが、直ぐに顔を背けると慌てて話す。
「エリス、どうしたんだ一体?」
「私も兄さんの体を洗おうと思って。ミーナとも一緒ですから別におかしくないですよね。」
(あれ、そうなのか? なんか色々とおかしいような?)
竜人は混乱していて訳がわからなくなっている間に、エリスが竜人の後ろに座ると体を洗いはじめた。
親友が見たら間違いなく
エリスが竜人の体を洗い終えると、続いてミーナの体を洗い、最後に何故か竜人がエリスの背中を洗うことになっていた。
竜人はその間思考を完全に停止させ、成すがままになっていた。
結局みんなで湯船に浸かり、上がるまでの間ミーナが話し掛けてきても上の空でよくわからないまま時間は過ぎていた。
そんな光景を、どこかの女性が監視していたことは言うまでもなかった。
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