第43話

 乗客を庇いクラーケンの触手に捕らわれたバートを見た竜人は、怒りによって神魔刀技『天火明命』を発動させていた。


 竜人は、バートが海中に引きずり込まれる前にクラーケンへと飛びかかると、『暁』で触手や本体を次々に斬り裂き始める。

 クラーケンは自身の体が再生できない異常に気が付くと、生存本能から海中に逃げ込もうと必死の抵抗を始めた。


 しかし、甲板に残った乗員たちは船長を助けるためにそうはさせまいと懸命に抗っていた。

(絶対に死なせない!)

 竜人はクラーケンの体を駆け上って行くのと、バートの捕らわれている触手を切断する。バートは斬られた触手とともに海へと落下していった。


「うおおおお!」

 竜人は空中で黄金色に輝く『暁』を上段で構えると、クラーケンの体を真っ二つに斬りながら海へと落ちていった。


「ヴオオオオォォォォ・・・。」

 クラーケンは最期の断末魔を上げると、そのまま力なく沈み始めていった。

「やった・・・、やったぞー!クラーケンを倒したんだ!」


 一人がそう叫び声を上げると、甲板にいた乗員たちや船内の乗客たちがそれぞれ周囲の人たちと喜びを分かち合っていた。


「竜人様ー!」

「兄さん!」

「お兄ちゃん!」

 船内にいたエリスやミーナ、そしてラビアたちは海に落ちていった竜人の身を案じて、甲板から海を必死に探していた。


『船長ー!』

 船員たちも船長と竜人を探すために、急いで小型の船を出すと捜索を始めていた。


(いた!あそこか。)

 竜人は海中を泳ぐと海に落ちたバートを探していた。ようやく発見することが出来た竜人は、バートを抱えると海面に向けて泳ぎ出す。


「ぶはぁ。」

 竜人が海面に顔を出すと、ようやく新鮮な空気を吸うことが出来た。

「いたぞ、あそこだ!」

 竜人たちに気が付いた船員たちが、ボートを漕いで竜人のもとへとやってくる。


「お願いします。」

 竜人はそう言うと、バートの体をボートの船員に引き上げてもらい、竜人もボートへと乗り上げる。

「船長、大丈夫ですか?」

 船員がバートの様子を観察しながらそう問いかける。

 するとバートは薄い意識から目覚めると、周囲の様子を見回して「ああ、大丈夫だ。」と答えていた。


 バートが竜人の方に顔を向けると話し掛けてきた。

「すまなかったな兄ちゃん。俺を助けるために危険な目に会わせてしまって。兄ちゃんは命の恩人だ。」

「気にしないで下さい。貴方は乗客を守るために体を張って庇ったのですから。貴方のしたことは誰にでもできることじゃない。そんな貴方だったから体が自然に動いていました。」

 竜人がバートにそう告げると「ありがとうよ。」と照れ臭そうに答えていた。


 バートは周囲の海を見て、クラーケンの死体をまじまじと見ながら話す。

「それにしてもあのクラーケンを倒しちまうとは、兄ちゃんは見かけによらずすごい手練れだったんだな。」

「いや、私一人では到底ここまではできませんでした。船員の人たちだけじゃなく乗客たちも一緒に立ち向かってくれて、クラーケンを追い詰めてくれましたから。自分はただ止めを指しただけです。」

 竜人は自分の思ったことを告げる。


 その言葉を聞いたバートは「そうだったな。これはみんなの勝利だ。」と改めて思った。

 やがてボートがウェンディー号に戻ると、バートと竜人は乗員たちから拍手と感謝の言葉で出迎えられた。


「兄さん良かった。」

 エリスが竜人に抱き付いてきてそう言うと、竜人は「心配かけてごめん。」と言うと抱き締め返した。

「お兄ちゃん!」

「竜人様、ご無事で何よりです。」

 ミーナは涙を浮かべ竜人に抱き付き、ラビアたちも竜人の無事が確認できてホッと胸を撫で下ろしていた。

 周囲の人たちもその様子を微笑ましそうに見つめていた。


 バートも船員たちに労いの言葉をかけたり、心配をかけたと謝罪して回り一段落が着いたところで周囲に話し掛けた。

「みんなご苦労だった。みんなの協力のお陰でこの偉業は達成された。今日は俺の奢りだ。みんな好きなだけ飲んだり食べたりしてくれ!」

 バートの言葉を聞くと、みんなは歓声を上げて宴会の用意を始める。


 この戦いは、後に『ウェンディー号の奇跡』として語り継がれることになる。その戦いには英雄の存在はなく、百名にも満たない船員と乗客たちが協力してその偉業を成し遂げたと、海に生きるものたちにとって伝説として語り継がれていく。

 そして、そこには一組の冒険者パーティーの活躍があったことも記されていた。


「おう、竜人。飲んでるか?」

 バートは竜人の元にやってくるとそう問いかける。あの戦いのあと、お互いに気の置けない関係となった二人は自然と名前で呼び合うようになっていた。


「俺はまだ未成年なんで酒は飲めないんですよ。だから、料理の方を中心にいただいてます。」

 竜人がバートにそう告げると、「こんな時くらい羽目をはずしてもいいじゃないか。」と言っていたが、無理強いはせずに美味しそうな料理を手に持ってきて、竜人のテーブルの上に置くと同じ席につく。


 周りのテーブルでは、親が子に対して武勇伝を聞かせたり、竜人たちの活躍を興奮ぎみに語っている人たちの姿があった。

 中には、エリスのことをまるでアイドルのように語っているのを竜人のシスコンセンサーが察知していたが、特に害意の有るものではなかったのでスルーすることにした。


 同じテーブルではエリスやミーナ、ラビアたちに感謝を述べたり酒や料理を薦めにきたりと大人気の様子だった。

 そんな竜人のところに数人の子供たちがやって来た。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんがクラーケンをやっつけたんでしょ?」

「お兄ちゃんはドラゴンを倒したことあるってほんとう?」

「ぼくもお兄ちゃんみたいに強くなれるかな?」


 次々と質問をしてくる子供たちに、竜人が丁寧に答えているとその親たちがやって来て「こら、邪魔するんじゃない。すみません。」と言って謝ってきた。

 竜人は「構いませんよ。」と答えると子供たちに言って聞かせた。


「確かにあのクラーケンに止めは指したが、それは俺一人の力じゃない。船長をはじめ、船員、君たちの両親。そして何より、君たちがクラーケンに怯えることなくみんなを励ましてくれたお陰なんだ。君たちはもう十分に強い心を持っている。俺が君たちの年のころはそんな心を持ってはいなかった。だから、決して焦らずに大切な人たちを護れる力をゆっくりと身に付けていけば、何れ俺なんか太刀打ちできないくらい強くなれるよ。」

 そう言うと、竜人は子供たちの頭を撫でていく。


 子供たちはそれぞれ竜人に「ありがとう。」と告げると、嬉しそうにその場から離れていった。

 子供たちの親たちは竜人に頭を下げると子供たちの後を追う。


 子供たちのいなくなったテーブルで、バートが竜人に話し掛けた。

「竜人は凄いな。全部自分達の手柄にしたところで、この船に乗っている人たちは誰も文句なんか言わないってのに。それだけの活躍をお前たちはしたんだから。」


 バートの言葉に竜人は答えた。

「確かに自分達だけであのクラーケンを倒そうと、切り札を使えば出来たのかもしれません。でもそれは、一か八かの賭けに出ることになり、その時には俺たちにも犠牲が出ていたかもしれません。俺たちだけでは、犠牲なくあのクラーケンを倒すことは今はまだ難しいでしょう。」


 竜人は目標である姉の姿を思い浮かべる。

「俺は俺よりも遥かに強い人たちのことを知っています。そして、いつか自分の手でけりを付けなければならない相手も。俺の目的は名声を得ることではなく、いつか必ず並び立ちたいと想っている人に自分のことを認めてほしいだけなんです。」


 竜人は自分の拳を握ると、そうバートに語った。

 そんな竜人を見て、バートは問いかけた。

「竜人がけりを付けなければならない相手ってのは、あのクラーケンよりも強いのか?」

 バートの問いかけに「はい。」とだけ返した竜人を見て、バートは天井を見上げる。


「そうか・・・、世界ってのは広いもんだなぁ。」

 バートはそう呟いていた。


 そして、ウェンディー号は無事にネクベティー大陸の港町エールテユスに到着することになった。

 こうして竜人たちの長い船旅は終わりを告げたのだった。

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