第42話

「よーし、銛をあのでかぶつに撃ち込んでやれ!」

 バートの指示でクラーケンの触手へと銛が撃たれ、鎖が引かれるとクラーケンの体が徐々に海面へと上がってくる。

 未だ全体が確認できなかったが、クラーケンの体長は優に五十メートルは超えているように感じられた。


 クラーケンは引き上げられるのを抵抗するように、他の触手を使って甲板にいる船員たちに攻撃を仕掛けてきた。

 ドン!

『うわあああー!』

 船員たちは横凪ぎに払われた触手によって、数人が甲板上を吹き飛ばされていった。


「俺たちもいくぞ!」

『はい!』

 竜人たちは触手への攻撃を開始する。


「クリエイトパワー、クリエイトマジック、クリエイトプロテクト、クリエイトマジックプロテクト、クリエイトクイック」

 エリスによって甲板上にいる全員に補助魔法がかけられる。


『飛斬撃!』

 竜人から放たれた斬撃がクラーケンの触手にぶつかると、触手が切断されて海へと落ちていった。

(こいつ、防御力はそれほど高くないのか?)

 竜人が切断された触手を観察すると、切断面からはにょきにょきと新たな触手が生えてきていた。

(まあ、そんなに甘くはないよな。)

 竜人にとっては再生してくることなど想定済みであった。


○クラーケン

能力値

○力S++ ○魔力S ○俊敏S- ○賢さS+ ○生命力S+++ ○魔法防御S+


『召還槍!』

 別の場所では、リジィーも槍をクラーケンへと投げつけては触手を吹き飛ばしていた。だが、やはり直ぐに再生されるとあまり効果は無いように見えた。


「みんな避けろ!」

 船員の誰かが叫び声をあげると、甲板上を叩きつけるように触手が降り下ろされてくる。

 何人かの人は避けきれずに潰されそうになる瞬間、飛び込んできたラビアは盾を構えるとその衝撃を受け止める。

 ガキーン!


「くっ!『斬鉄剣!』」

 ラビアは盾で受け止めた触手を剣で斬り裂くと、触手はその場から逃げるように引き下がっていった。


「すまない、助かった。」

 ラビアに助けられた船員たちはお礼を述べる。

「気にしないで下さい。それよりも次が来ます。体勢を整えてください。」

 ラビアの言葉に、倒れていた船員たちは互いに起こし合うと持ち場へと戻っていく。


『ファイアアロー』

 上の甲板からは魔法使いたちの攻撃魔法がクラーケンへと撃ち出され、その表面は焦げ付いていった。

 火の攻撃を受けた触手は直ぐに海の中へと逃げていってしまった。

(やはり火属性が弱点のようだな。)

 竜人はその様子を見て確信する。


「来るぞ!」

 先程攻撃魔法を撃った魔法使いたちへと、触手は攻撃を開始する。どうやら、一番厄介な相手だと認識されたようであった。

「させません。」

 ティーナは弓にミスリルの矢をつがえると、次々と迫り来る触手たちを撃退していく。


「どうした野郎ども、もっと気張れ!海の中からあの野郎を引きずり出してやれ!」

 バートが船員たちを鼓舞すると、クラーケンを引きずり出すためみんなで鎖を引っ張っていく。

『うおおおおりゃーーー!』

 船員たちによってクラーケンの全身が徐々に顕になり、ついにその頭部が甲板からも確認できるようになった。


「リジィー、炎だ!」

 竜人が指示をすると直ぐに察したのか、リジィーは攻撃準備をとる。

『四元素の槍(炎)』、『召還槍』。

 リジィーは炎属性を付与した槍を、クラーケンの頭部へと投げる。槍は頭部の皮膚を貫くと、内部を炎が焼き始める。


「グゥオオオオオーー!」

 クラーケンの不気味な低い鳴き声が辺りに木霊していく。

 そして、全長百メートルにもなる船体が激しく揺れ始めた。


 クラーケンは力の限り船を沈めようと、触手で海中へと引きずり込もうと考えていた。

 船体が激しく揺れたことで、乗客たちは不安に刈られていた。


 その頃、船の内部では怪我人が次々と運び込まれてきて、エリスやミーナもその手当てに追われていた。

「すみません、こっちもお願いします。」

「はい、そこに寝かせてください。」

 エリスは指示を出すと、怪我人のもとに向かう。


「ううう・・・。」

 その船員は全身を打撲し、出血と腕が欠損していた。

「直ぐに良くなりますからね。メガヒール、リペア。」

 エリスが回復魔法を使うと輝かしい光に包まれ、次の瞬間には怪我人は穏やかな呼吸とともに眠りについていた。


「すごい。」

「まるで高位の司祭様のようだ。」

「いや、女神様だ。」

 エリスのその光景を目の当たりにした人々は、その奇跡に神のような祈りを捧げる人まで現れる。

 そんなことに気づく余裕もなくエリスは次の怪我人の治療に入っていった。


「怖いよー。」

「ママー。」

 小さな子供たちはその恐怖から泣きながら親たちに抱き付いていた。

 ミーナはそんな子供たちのもとに向かうと、勇気づけるように話し掛ける。


「みんな、大丈夫だからね。今私のお兄ちゃんがクラーケンと戦っている。私のお兄ちゃんはドラゴンだって倒したことがあるんだから、クラーケン位あっという間に倒しちゃうから。」

「ぐす、ほんとう?」

 子供たちが顔をあげてミーナを見つめてくる。


「もちろん。だからみんなもクラーケンなんかに怯えないで、今戦っているみんなを応援してあげて。」

 ミーナが笑顔で話し掛けると子供たちは、外で戦っているみんなへと声援を送り始めた。

『がんばれー』『クラーケンなんてやっつけちゃえー』

「アオーーーン!」「ピィリリリー!」「きゅー!」

 アル、ピピ、クーも子供たちと一緒になって鳴き声を上げ始める。


「ありがとうね、お嬢ちゃん。まだ小さいのにしっかりしているんだね。」

 年配の女性に頭を撫でられるとミーナは恥ずかしそうにはにかんでいた。

 そんな子供たちを見て、他の大人の乗客たちも勇気付けられていった。


「野郎、船ごと俺たちを沈めようって腹か。てめえら、やらせるんじゃねーぞ。」

 追加で出してきた鎖付きの銛をクラーケンの体に撃つと、再びクラーケンを引きずりだそうと鎖を引き始める。

 しかし、負傷者が多く出てしまった状況ではなかなか引き上げられずにいた。


 そんな時、船内に避難していた乗客たちが甲板に現れると、船員たちと一緒になって鎖を引き始めた。

「俺たちも手伝います!」

「俺だって家族を守るんだ。」

 船内でミーナや子供たちに勇気付けられた大人たちが次々と甲板にやってきていた。

「すまねえ、みんな。」

 バートは感謝を述べると、それまで以上の力で引き始めクラーケンは再び引き上げられ始めた。


「魔刀技『火産霊ほむすび』」

 竜人の持つ『暁』が紅蓮の炎によって包まれる。


 ・火産霊ほむすび・・・刀身に炎属性の魔力を付与することにより、斬った相手を紅蓮の炎が焼き尽くす。


 竜人は、これまで強敵たちと戦ってきてなんとか退いてきたが、それは大技に頼った力業で紙一重の勝利だった。

 その反省で、極力体への反動が少なく効果的な攻撃方法を考えていた。

 竜人の得意な属性が光と火属性のため、編み出した技である。

 攻撃力は神魔刀技より落ちるが、負担なく通常攻撃よりも遥かに威力を誇っていた。


「うおおおー!」

 竜人がクラーケンの触手を『暁』で片っ端から焼き斬り始める。火産霊によって斬られた触手は明らかにその再生スピードが落ちてきている。


『守護女神の盾』、『斬鉄剣』

 半透明の盾が触手の攻撃を退ける。ラビアは乗客を守るためについに切り札を使った。


『召還槍』

 リジィーは予備の槍も取り出すと、連続で召還槍を使い回復する間を与えない攻撃を繰り出した。


『簡易魔造矢』

 ミスリルの矢を撃ち尽くしたティーナは、攻撃力を補うために簡易魔造矢で連射攻撃を行い、クラーケンの注意を引き付ける。


 『フレイムアロー』

 魔法使いたちは、自身の魔力を使いきるように次々と魔法を発動させていた。


「おらあ!これでも食らいやがれ。」

 銛を手にした船員たちは次々とクラーケンの体に投げつけていた。


 それぞれの人たちが乗客たちや自分の家族を守るために獅子奮迅の戦いを繰り広げていた。

 その甲斐もありクラーケンの動きが明らかに弱まってきた。

 このまま行けば倒せるんじゃないか、そう誰しもが思ったとき一本の触手が鎖を引いていた乗客の一人を捕らえようとしてきた。


「避けろー!」

 不意をつかれてしまい誰も動けなかったなか、バートは乗客を庇うとその触手に捕らえられてしまう。


『船長ーー!』

 船員たちの悲鳴にも似た叫びも虚しく、バートはクラーケンによって海に沈められようとしていた。


 その瞬間、甲板上を黄金の光が包み込むと人々の視線はその光へと集まっていた。

「その人を離せ、この化け物が!」


 竜人は神魔刀技『天火明命』を発動する。

 クラーケンとの戦いは遂に最終局面を迎えていた。

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