第41話
竜人たちが乗り込んだ船が港を離れていく。港では船旅の無事を祈るように、見送りに来ていた人たちが手を振っているのを竜人たちはデッキから眺めていた。
やがて船から港の影が完全に見えなくなり、乗客たちは思い思いの場所へと移動していく。
竜人たちはしばらくは海を走るように進んでいく船の様子を見ていたが、ミーナがはしゃぎ疲れてしまったため横になれる場所に移動すると、ミーナを寝かしつけた。
そんなミーナの横にはアル、ピピ、クーが見守るようにして一緒に横になっていた。
「まったく、ミーナったら。まだ出航してから数十分位しか経ってないのに、もう疲れはててしまうなんて。」
エリスが困った妹だと言うように呟いた。
「まあまあ、子供っていうのはそれくらい元気な方が良いと思うよ。俺も子供の頃は旅行に行く前の日からはしゃいで、移動中には体力を使い果たしていたなんて良くあったからね。」
竜人は子供の頃の自分を思い出して苦笑すると、ミーナの頭を撫でながらそう言っていた。
「ミーナも昔は落ち着いた子だったんですが、兄さんが出来てからはすっかり年相応になったようですね。」
エリスもミーナをいとおしそうに撫でるとそう竜人に告げた。
「それだけミーナお嬢様が気を許しているということなんでしょう。」
ティーナの言葉に竜人が続ける。
「それはきっと、ラビア、リジィー、ティーナたち三人の新しい姉さんが出来たことも関係しているんだと思うよ。」
竜人の言葉にラビアたちも嬉しそうに微笑んでいた。
「エリスももっとお兄ちゃんに甘えて良いんだぞ。」
竜人がエリスに言うと、「私は兄妹じゃなくて・・・。」と何やら聞き取れない言葉を言っていた。
「うん? どうしたんだエリス。」
竜人が確認するように言うと、少し怒ったように「何でもありません。」との答えが返ってきた。
何を怒っているのかわからなかった竜人だったが、まあ直ぐに機嫌も直るだろうと特に気にした様子を見せなかった。
そんな二人の様子を見ていたラビアたち三人は、ため息をつくようにして竜人を見ていた。
そんな視線に気付かずに竜人は今後の事について考え込んでいた。
(船がネクベティー大陸に到着するのが今から三日後、そこからアルパリオス帝国の首都に三週間程だから時間的には問題ないな。あとは何事もなく行ってくれれば良いが・・・。)
竜人はそんなことを考えていた。親友がこの事を知ったら、「まて、それはフラグだ!」と教えてくれたに違いなかった。
そんな和やかな雰囲気の中、航海は何事もなく順調に行われていた。
そして、航海も三日目の朝を迎えた。当初竜人が心配していた船酔いには誰もならずに、後一日で目的地に着くとほっと胸を撫で下ろしていた時にそれは起こった。
「全員戦闘配置に着けー!乗客たちは甲板から直ぐに船内に移動させるんだ!」
突然の緊迫した大声に、一瞬にしてこれまでの穏やかな時間は終わりを告げていた。
「状況を確認してくる。みんなはここで待機していてくれ。それとピピ、悪いが上空から偵察をしてきてくれ。」
竜人の指示にピピは直ぐに窓から外に飛び出していった。
エリスやミーナが不安な表情を浮かべていたが、「大丈夫だよ」と言って竜人は指示を出していた船長と思わしき人物のところへと向かった。
「すみません、私は冒険者をしている柳竜人と言います。何やら緊急事態のようですが、私に手伝えることはありますか?」
竜人が四十代半ばの男に話しかけると、振り向いた男は竜人を鋭い視線で観察していた。
「俺はこの船の船長のバートだ。兄ちゃんは見たところかなりの腕のようだな。本来であれば乗客に頼むようなことはしないのだが、状況が状況でな。手を貸してくれるのなら遠慮なく頼みたい。」
バートは竜人の実力を察知すると、竜人の協力を受け入れた。
「ええ、もちろん。私には仲間もいますので協力させていただきます。それで今はどんな状況なのですか?」
竜人が事態の把握をするために質問する。
「船の見張りから報告が上がった。ここから約一キロ先で海面に巨大な影を捉えた。今はこちらの方に接近してきている。恐らくはクラーケンのものと思われる。今は対クラーケン用の武器を用意して、魔法使いたちは迎撃するため配置に付いたところだ。戦力として数えられるのは船員が五十人と魔法使い四人だ。正直クラーケンに対しては戦力不足と言わざるを得ない。そっちはどうだ。」
バートは竜人たちの戦力を確認してくる。
「私たちは剣士二人、槍士一人、弓士一人、回復と補助魔法使いが一人です。自分がランクC冒険者でリーダーをしています。」
竜人はアルたちのことを伏せて、自分達の戦力を明かす。
「助かる。直ぐに船首の方の甲板に行ってくれるか?」
「分かりました。」
竜人はバートにそう告げると直ぐにみんなのところへと戻っていった。
「兄さん、どうでしたか?」
エリスの質問にみんなも竜人の方を見てくる。
「ああ、恐らくはクラーケンの襲撃がもうすぐあると思われる。船長に言って俺たちも参加するように伝えてきた。悪いがみんな協力してくれ。」
竜人の言葉にみんなが頷いた。
「俺とラビア、リジィーは船首の甲板からクラーケンを迎え撃つ。ティーナは上の方の甲板から援護を頼む。普通の矢では効果が薄いと思うからミスリルの矢を使ってくれ。エリスは船内で負傷者の回復と、補助魔法を頼む。ミーナはアルたちと一緒にエリスの護衛を頼む。最終手段としてアルたちにも戦ってもらうかもしれないから、それに備えていてくれ。」
竜人はみんなに指示を出すと、ピピが偵察から戻ってきた。
「ミーナ、どうだ?」
「巨大な魔物が接近してきているって。後五百メートル位でここに来るみたい。」
「分かった、ありがとうピピ。みんな、自分の身を第一に行動してくれ。それじゃあ行くぞ。」
竜人の指示にみんなはそれぞれの配置につく。
竜人たちが甲板に出ると、船員たちが巨大な鎖付きの銛を撃ち出す武器を用意していた。
船長から説明があったのか、竜人たちを見ると船員たちがそれぞれよろしく頼みますと声をかけてくる。
そこへバートがみんなの士気を高めるように話しかけてきた。
「いいかお前たち!俺たちの目的は乗客たちを無事に目的地に連れていくことだ。クラーケンは俺たちを獲物だと勘違いをして襲撃してきた!俺たちはお前の獲物なんかじゃなく、天敵であるということを体に教え込ませてやれ!」
『おおおーーー!!』
船員たちが、バートの言葉に士気を上げるように雄叫びを上げていた。
「クラーケンまもなく来ます!みんな衝撃に備えろー!」
見張りからの報告に皆が衝突に備える。
ドーーーーン!
大きな衝突音と共に船が大きく揺られる。
「くっ!」
竜人は何とか体勢を維持すると、ラビアたちの様子を確認する。
「大丈夫か?」
「はい、問題ありません。」
「大丈夫です。」
ラビアもリジィーも体勢を維持して、敵が現れるのに備えていた。
揺れが収まる頃に、船体の下の方から巨大な触手が競り上がってくるのがみんなの目に確認が出来た。
「野郎ども、いくぞー!」
バートの雄叫びに船員たちが攻撃を開始する。
こうして、後に海の伝説として語り継がれる戦いの幕は切って落とされたのだった。
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