第40話
翌朝目を覚ました竜人たちは、宿屋の食堂に向かうと何やら周囲がざわついているのに気が付いた。
「一体どうしたんだろう?」
竜人が疑問を口にすると、ラビアが深刻な様子で話をしている人たちのところに向かうと理由を聞いてきてくれた。
戻ってきたラビアがみんなに事情を説明し始めた。
「竜人様、どうやらネクベティー大陸からやって来た船の一隻が魔物の襲撃にあったようです。船は何とか到着できましたが、何人かの人的被害もあったとのことです。」
ラビアの言葉に驚きを隠せない竜人。
「一体どんな魔物だったんだ?」
「すみません、そこまではあの人たちも知らなかったそうです。」
どうやらかなり深刻な事態のようだと思い、朝食を終えたらみんなで商業ギルドで尋ねることにした。
商業ギルドを訪れた竜人たちは、職員たちが慌ただしく動いているのを目の当たりにしていた。
また、問い合わせに来ていた商人や一般人たちで、ギルド内はごった返していた。
とりあえず、昨日並んだ窓口へと並ぶと一時間以上待つことになった。
「お待たせして申し訳ありません。本日はどのようなご用件でしょうか?」
竜人たちの番になると、職員の定型の言葉で迎えられる。
「実は二日後に乗船の予約をしているものですが、今回の魔物襲撃による船の件を詳しく伺いたくて来たのですが。」
「やはりその件でしたか。」
職員は朝から同じことを聞かれていたのか、竜人たちにそう言うと質問内容を尋ねてきた。
「今回の襲撃はどのような魔物にされたのですか。」
「事実確認はまだされておりませんが、目撃者の証言からは高確率でクラーケンによるものと推測されます。」
クラーケンという名を聞き、竜人は魔物の情報を記憶より掘り起こす。
○クラーケン・・・海に住む巨大なイカ型の伝説級の魔物。巨大な触手を使い、中型船位なら簡単に沈めてしまうほどの力を持つ。海上での戦闘が予想されるため、討伐ランクはS+とされている。
普段は深い海底にいるとされていて、遭遇した情報自体の数も少ないため生態についてはあまり分かっていない。
「対策についてはどうなっていますか?」
竜人は受付に確認を行う。
「調査と討伐目的の船は明日には出ることになっています。ただ、この広い海の中から発見することは難しいと想定されますので、向こうからの襲撃を待つことになると思われます。」
「私たちの乗る船はどうなるのでしょうか?」
竜人は今後の予定のために本題を切り出した。
「出航は予定通りに行われます。ただ、この状況ですので本日中でしたらキャンセル料はいただきますが、例外としてキャンセルの受け付けは行っております。どういたしますか?」
受付の問いに竜人は考え込む。
(今から別ルートでネクベティー大陸に向かえば、時間的にほぼ武闘技大会には間に合わないだろう。だか、ここで無理して仲間が犠牲になっては本末転倒だしな。どうするか・・・。)
竜人はみんなにどうするか相談をすることにした。
獣人三人はこのまま乗船することに賛成をして、エリスとミーナは保留の回答をする。
明確な反対意見がないため、判断は竜人に一任されることになった。
「すみません、もうひとつ確認したいのですが商業ギルドとしてクラーケンに対して私たちの乗る船は何らかの対策はされるのでしょうか?」
「一応の対策として、対クラーケン用の武器と魔法使いを数人派遣することになると思います。出向予定の船は多くあるため、そのすべてに派遣をするには人数が足りないため、どうしてもその数が限界になってしまいます。そして、あくまでも追い払うことを目的としていますので、クラーケンと遭遇した際の安全については確約できません。」
不十分ながら一応の対策はされるらしかった。結局、竜人は予定通りに二日後の船に乗ることにした。
もしクラーケンに遭遇しその対処ができなかった場合は、アル、ピピ、クーのことがばれることになったとしても、全力で討伐をする覚悟を決めた。
その事をみんなに伝えると、ミーナに自分が合図をしたら能力解放を使うように告げる。
そして、念のため海に投げ出されたとき用に、ボートの購入をしておくことにした。
そんな不測の事態に見舞われてしまった竜人だったが、出来るだけの備えをすると二日後の乗船日を迎えた。
その間、クラーケンの遭遇は確認されず一応の落ち着きを取り戻していた港に竜人たちはやって来た。
竜人たちが乗る船はウェンディー号という名で、既に搭乗手続きが行われており、竜人たちは馬車に乗り乗船者のチケット確認の列に並ぶ。
「はい、次の方チケットを拝見します。」
「人数は六人とこの馬車のチケットです。」
乗務員はチケットを見た後、馬車の中を確認して問題がないとのことで無事に乗船することが出来た。
竜人は、馬車を所定の場所に停めると馬車から馬を放して、馬たちを厩舎の場所へと連れていき、係りの人にチップを渡すと世話をよろしく頼むと告げた。
通常よりも大分多目の金貨を渡された係りの人は、「誠心誠意お世話をします。」と竜人に言って、張り切って仕事に取りかかっていた。
あの馬たちとの付き合いもかなり長くなり、竜人自身はもとよりエリスやミーナたちにとっても家族に近い感覚が芽生えていたため、出来るだけくつろいで貰えるようにとの竜人なりの配慮であった。
「うわー、すごくおっきくて広い船だね。ちょっと探検してきて良い?」
ミーナが船に乗ってからテンションが上がってしまい、つられてアルたちもはしゃいでいるようだった。
「まだ出航までは時間があるから構わないけど、出航までにはここに戻ってくるんだぞ。」
「それでしたら私たちが着いていきます。リジィーも良いですか?」
ティーナがリジィーに問うと、頷いた。
「二人ともよろしく頼む。ミーナ、ティーナたちの言うことを聞いて気を付けていくんだぞ。」
「は~い。」
ミーナはティーナと手を繋ぐと、アルたちを引き連れて船内の探索に出掛けていった。
「エリスは行かなくても良かったのか?」
竜人がエリスに話しかけると、少し緊張した様子が見られた。
「はい。私はここで良いです。」
エリスは、甲板から外の海を見つめながら答えた。
竜人はエリスの手を握る。それに驚いたエリスは竜人の顔を見つめていた。
「大丈夫だよ。何があっても俺が必ず護るから。」
竜人の力強い言葉に、エリスの表情から緊張がなくなり頬を赤く染めた笑顔がこぼれる。
ラビアはそんな二人の邪魔にならないように、少し離れたところで周囲の警戒を行っていた。
二人で海を眺めながら竜人は、向こうの世界での初めて船に乗った時の話や、親友が船酔いになってしまいその対応に竜人はてんてこ舞になってしまった時のエピソードを話して、エリスを笑わせていた。
また、向こうでは千人を超す人を乗せて世界を回る船もあり、船上でありながらプールや映画館というものがあったりと、まるで動く町のようなものもあるとの話しをすると、エリスが信じられないと言うようなリアクションをしていた。
そんな端から見たら恋人たちのそれをしばらく続けていた竜人だったが、やがてラビアから声がかかる。
「竜人様、そろそろ船が出航するようです。」
「そうか、ありがとうラビア。」
竜人はエリスから手を離すとミーナたちが戻ってくるのを待つことにする。手が離れた瞬間、少し残念そうな表情をしたエリスに気付いたのはラビアだけであった。
しばらくすると、興奮冷めやらぬミーナたちが戻ってきた。
「お兄ちゃん、この船すごいよ。食堂もあったし、寝る所も広かったよ。後、2階から海も見渡せるよ。」
ミーナは探索してきた方を指差しながら竜人に話しかける。
竜人は笑顔でミーナの頭を撫でながら、「それじゃあ案内を頼もうかな。」と告げるとミーナが竜人の手を取り「こっち。」と言って嬉しそうに案内を始めた。
そんなミーナの様子に、エリスも不安を吹き飛ばすように一緒になって付いていくことにした。
こうして、エリスたちにとっての初めての航海が始まったのだった。
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