番外編1

番外編 サイド 柳舞の場合 第1話

 私の名前は柳舞やなぎまい。家には道場があり、世間一般とは少し違う家庭の長女である。私自身も普通の女子高生とは縁遠い存在である事は理解している。世間で言うところの所謂天才と呼ばれている。


 自分では一度見たり体験したことは直ぐに理解、再現が出来るくらいで、何か新しい物を発見したり創造したり等はできないので、天才と呼ばれるのには若干の抵抗はあるのだが。


 キーン~コーン~カーン~コーン~。

「はい、では今日の授業はここまで。」

「起立、礼。」『ありがとうございました。』

 今日の授業を終えた舞は、これからどうしようかと考えながら帰宅の準備を始める。


「舞~。帰りにクレープ食べに行かない? 商店街に新しいお店ができたんだって。」

「舞さん、一緒に行きましょう?」

 舞に声をかけてきたのは、宇佐美美鈴うさみみすず白川優子しらかわゆうこだった。二人は高校からの友人で、よく三人で遊びにいったりする舞の数少ない気の置けない友人たちであった。


「ごめんね、今日は真っ直ぐ家に帰りたいんだ。また今度誘って。」

 少し考えた舞だったが、何か家に帰らなければならないという強迫観念めいたものを感じ、断りの返事を返した。


「う~ん、しょうがないなあ。じゃあまた今度付き合ってよね。絶対約束だからね。

 」

「それでは舞さん、また月曜日に。」

 そう言うと、美鈴は優子と一緒に教室を出ていった。


(さて家に帰りますか。今日はお祖父様もお祖母様と旅行中でいないし、少し体を動かしたいから久しぶりに一人で稽古でもしようかしら。)

 そう考えた舞は家路に着くことにした。


「ただいま~。」

 家に着いた舞は部屋へ行き、運動着に着替えると道場へと向かった。道場の中には誰も居ずにしんと静まり返っていた。

 稽古前の準備運動をしていると外から「ただいま~」と元気の良い男の子の声が聞こえてきた。


 するとまもなく道場の入り口が開き、そこから元気の良い男子高校生の少年が顔を出していた。少年は舞の姿を確認すると笑顔で話し掛けてきた。


「ねーちゃん、もう帰ってたんだ?ねーちゃんがこの時間に道場にいるなんて珍しいね。」

 そう声を掛けてきたのは舞のたった一人の姉弟であり、何よりも大切な存在である弟であった。


 ちょっと前までは舞よりも背が低く、よく後ろに付いてきて遊んだり一緒に稽古も行っていた。

 あの小さかった弟も高校生にもなると身長も舞を超して、体つきも男らしく逞しく成長していた。

 そんな竜人を見つめながら舞はふとある提案をしていた。


「竜人お帰りなさい。なんだか気付いたら道場の方に足が向いていてね。そうだ竜人、久しぶりに手合わせでもしない?」

「まじで? ねーちゃんとの手合わせはすごく久しぶりだなー。じゃあ、部屋に行って荷物置いてくるからちょっとまってて。」


 竜人はそう言うと自分の部屋へと駆け出していった。その後ろ姿を眺めながら微笑ましそうに声を掛けた。

「そんなに慌てなくていいからゆっくり行きなさい。」


 そう言ったが弟のことだ。直ぐにでもこの場に戻ってくるだろう事は簡単に想像がついた。

 舞はとある事情から竜人とは極力直接の手合わせは控えていたのだが、たまには竜人の成長を肌で感じてみたくなり先ほどの提案をしていた。


「まったく、高校生になって少しは落ち着いたかと思ったけど、まだまだ子供なんだから。」

 そう溜め息を付くように一人呟いていたがその表情は嬉しそうであった。


(でも、変なむしが付かないか心配だわ。あの子純粋だから悪いむしに騙されちゃうかもしれないし、少し竜人の人間関係に注意して置かないと駄目ね。)


 この姉弟、真性のアレ・・であった。竜人の友人が見たらツッコミを入れるところだが(舞に気付かれたら発言前に粛清を受けるだろうが)、幸いこの場は舞一人だけだった。


 竜人が戻ってくる前に準備運動を再開した舞は、ふと神棚の下にある二本の刀に目を移す。

 その刀は柳家に伝わっている「暁」と「月光」と呼ばれる日本刀であった。


 その二本からただならぬ気配を感じ、舞は引き寄せられるように刀のもとに向かう。

(・・・・・・&\$@.*\^)


 なんと言っているのか聞き取れない声が頭のなかに響いてくる。

 その瞬間、まばゆい光に包まれた舞はその場から離れようとするが、体が動かずに次第に意識が失われていく感覚だけに支配されていく。


 その時、道場の扉が開かれ竜人の叫び声が聞こえてきた。

「ねーちゃん!」

 その声を聞いた舞は、力を振り絞ると竜人に向かって叫んだ。

「竜人来ちゃ駄目!!」

 竜人が向かってくるのを見ることしか出来なかった舞は、ついに意識を失い道場内の光は嘘のように消え去っていた。



「・・・ここは?」

 意識を取り戻した舞は周囲を見渡すと、朽ち果てたような建物の内部に居ることを理解する。

 舞は、何処かギリシャの神殿のような建物のように感じた。

「突然の召喚、誠に申し訳ありません。」


 突然の声に周囲を警戒する舞は、空間が裂けるようにしてその場から現れた人間とは思えない気配を持つ女性に一瞬目を奪われる。


 髪は地面にまで着くのではないかと思われるほど伸び、黄金のように光輝いており、舞でも思わず美しいと感じるほどだったが、何処か人間味のない様子に警戒度を上げる。


「貴女は誰?」

「申し遅れました。私はメーナスと言います。貴方にとっては、異世界の存在であるこの世界で神を務めているものです。ここは、異世界メーナスの西に位置するネクベティー大陸です」

 自分の事を神と呼ぶ存在に何時もなら頭を疑う舞であったが、その存在力に満更嘘でもないように思えていた。


「その神が私に何の用なの?」

「この世界は今、破滅の危機を迎えています。何者かが、遥か昔に封印した魔王を復活させようと暗躍しております。柳舞さんには是非この危機を救っていただきたいと思い、誠に勝手ながら召喚をした次第です。」

「本当に勝手ね。でも、それなら貴女が対応すれば良いことじゃないの?」


 舞は素朴な疑問をする。

「この世の理として、神は直接干渉することは出来なくなっております。禁を破れば、最悪私という存在でも抹消されてしまうでしょう。」

「私はもとの世界に帰れるの?」

「召喚により力を失ってしまったため直ぐには無理ですが、力が回復した後ならば可能です。」


「そう。ところで、私の弟はこちらの世界には来ていないのよね。」

 しばらく沈黙が続いていたが、やがてメーナスが口を開く。

「重ね重ね申し訳ありません。本来であれば貴女のみ召喚するはずなのでしたが、まさかあれほどのスピードで召喚魔法に割り込んでくるとは想定しておりませんでしたので。」


 その言葉を聞いたとたん、舞からは可視化出来るほどの殺気が全身から溢れ出していた。

 その殺気には、神であるメーナスをもってしても思わず後退りしてしまうほどであった。

「もし竜人に何かあったら、魔王の前に私の手でこの世界を滅ぼすわよ!」


「大丈夫です。今現在は無事を確認しております。弟さんは、この世界の南に位置するメルクヌス大陸におります。

 それと、召喚時にいくつかの能力付与と曾て勇者が使用していた「暁」を側に転送して有ります。

 弟さんをこの場に転送する力は残ってはいませんので、お呼びすることは出来ないのですが・・・・・・。」


 それを聞いた舞は少しだけ安堵する。刀を持った竜人が、そう簡単にどうにかなることはないと確信しているからであった。

 竜人は姉である自分と比較して才能がないと思いながらも、必死に稽古を重ねて舞に追い付こうとしていた。

 だが、舞は気づいていた。他の事ならばともかく、こと剣術に関しての才能ならば舞と互角か、ともすれば上回っていることに。


 舞が竜人と直接の手合わせをしなかったのは、自分を目標にして稽古に励んでいる竜人に、追い付いたとの思いからそこで成長が止まってしまうことを恐れたためであった。

 竜人には、自分を越える存在になってもらいたいと考えていた。

 そう思えば、この件はむしろ竜人を成長させるためには好都合かもしれないと思えてきた。


(魔王も神もどうでもいいけど、竜人に成長の機会が訪れたのは良かったかもしれない。まあ、竜人が死ぬようなことがあれば魔王だろうが神だろうが容赦はしないけど。)


 舞にとっては、元の世界に帰ることは本当はどうでも良かった。もし、竜人がこっちの世界に居なければ何としても帰ろうとしただろうが、竜人が居るところが舞の居るところである。

 勿論家族や友人は大切だが、竜人とは比べるべくもない存在である。


「そう。取り敢えず今は良いわ。それよりも今後のことについて話しましょう。」

 舞は頭を切り替えると、これからの予定について考えることにした。

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