第27話
ぱっと手を緩められ、封じられていた気道が開く。肩で息をしていると、小さな笑い声がゆりかの口元から聞こえた。病室内の空気が急速に冷えていく。温度だけではない。冷笑を湛えたゆりかの空虚な瞳が怖くて、身体が小刻みに震えた。
「全部きえちゃんのせいだよ」
きっとこういうことを言われるのだろうと覚悟してはいたものの、やはりその理不尽さに、頭をガンと殴られたような衝撃が走る。
恍惚とした表情を浮かべたゆりかは、黙ったまま何も言えないでいる私を尚のこと攻撃した。防御を持たない心の柔らかいところばかり狙って投げつけられてくる言葉のナイフは、容赦なく私を傷つけていく。
開け放たれた窓から中へと強い風が吹き込んできて、汚れひとつないカーテンを上空に巻き上げた。
「きえちゃんが居なかったら、ゆりかはいつまでもクラスの人気者でいられたんだからね。きえちゃんのせいで、ゆりかはこんなになっちゃったんだからね。ゆりかが空っぽで悲しくてさびしくてたまらないのは全部、きえちゃんのせいなんだからね。だからきえちゃんはずっと…」
自分でも、何が言いたいのか分からなくなったのかもしれない。
激高したゆりかは花瓶を手に取ると、私めがけて勢い良く投げつけた。陶器と床がぶつかる音と共に、花びらの混じった水が床に散らばる。シミひとつない真っ白な花びらの色は、あの子が私にくれたハッカドロップの色を連想させた。
「ねえきえちゃん。きえちゃんは、今、誰のことを考えているの」
—自分を見てよ。ゆりかのことを、ちゃんと見て。
さみしさに押し潰されそうになっている女の子は、目の奥で私にそう語りかけていた。ちゃんと言葉にすればいいのに、不器用な態度で心を武装する彼女にはそんな簡単なことさえできない。
きっとゆりかは誰かとつながる一歩を踏み出すのが怖いのだ。中途半端につながって、結局理解されずに去っていかれるくらいなら。誰とも深く関わらない方が、傷つかなくて済むから。
—ゆりかを理解しようとして。ゆりかを愛して。ゆりかをこのぬるい地獄から救い出して。
目の前の少女は決してそんな言葉を口にしてはいないのに、私には切実すぎる叫びが聞こえた。それはゆりかの精一杯の、一度限りの、世界でたった一人、私だけに向けられたSOSだった。
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