第17話


「早坂さん。これ、どうしたらいいの?」


 沸騰して湯だっている鍋に半泣きになっていると、早坂さんは慌てるそぶりすら見せずにさっとコンロを消にした。料理どころかカップラーメンすら一人でつくれるか怪しい私を気遣ってか、「座ってていいよ」と優しく言われてしまう。

 早坂さんの家は学校から20分位歩いた山の麓にあった。昔ながらの日本家屋といった造りは小さい頃に良く遊びに行っていたおばあちゃんの家に良く似ていて、庭に面した縁側を見たとき、懐かしい感覚が胸を襲った。

 さっき早坂さんにドライヤーで乾かしてもらった髪の毛は、普段使っているシャンプーとは違う、果実みたいに甘い匂いがする。犬のようにくんくん毛先を嗅ぎながら窓ガラス越しに外の景色を眺めていると、ご飯できたよ、と早坂さんの声が背後から聞こえた。

 

「すごい。早坂さんって魔法つかいみたい」


 テーブルの上に並べられた料理に子どものような感想を述べると早坂さんはおかしそうに笑った。


「ありあわせで申し訳ないけど」


 そんなことない、と首を振りながら野菜炒めに箸をつける。それは驚くほど美味しく、深みのある味がして思わずため息が漏れてしまった。


「美味しいよ、本当に。私、目玉焼きすら上手につくれないから尊敬しちゃう。いつも早坂さんがご飯をつくってるの?」

「そう。この家には、他に家事をする人がいないから」


 それだけ言うと、早坂さんは再び、お椀にやわらかく盛られた白飯に目線を戻した。もうこの話はしたくないということだろう。一線を引かれたことに少しだけ戸惑いながらも、大人しく話題を変える。


「そういえば、早坂さんが学校くるのってすごく久しぶりだよね」

「うん。ちょっと」


 早坂さんは少し沈黙すると、持っていたお椀をゆっくりとテーブルに置いた。閉められた窓の隙間から風の入ってくる音が聞こえた。


「実は、学校やめることになってさ」


 驚いて、彼女の顔を見返す。少しだけさびしそうな表情に見えた。


「あたし、お父さんとふたり暮らししてるんだけど、最近お父さんリストラに遇っちゃって。あの学校に通うには、とてもじゃないけどお金が足りないんだよ。元々あの高校嫌いだったから、転校することは別に構わないけど。次の学校では生徒のバイトが認められるから、あたしも頑張って稼ぐつもり」


 何と言えばいいかわからず、そっか、と呟くように言った。さっきまで明るかった部屋に、暗闇が差し込んでいるように感じるのは気のせいだろうか。

 私は生まれてこの方一度も、お金の心配をしたことがない。それが恵まれた環境であることを頭ではわかっていたつもりだったけれど、目の前の同じ年齢の女の子が直面している現実というものに圧倒されてしまう。


「あのさ。ごめんね、助けられなくて。」


 驚いて顔を上げると、早坂さんに頭を下げられる。


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