第15話
二限目の数学が終わって、トイレに行こうと立ち上がった私を見て、悪趣味なクラスメイトたちは幸せそうな笑顔を浮かべた。私のグレーのプリーツスカートの後ろはぱきっとした赤色に汚れていた。椅子の上にも同じ色の絵の具が塗られていた。
自分が失敗した訳ではないのに、スカートの後ろ部分が染まっていると分かると恥ずかしくてたまらなかった。教室から逃げ出してしばらくたっても、叫び声に似ている女の子の声が私の背後に続いていた。
私は悪くない。私は悪くないのに、いつまでこんな目に遭い続けなければならないんだろう。沸騰しそうな悔しさに廊下の床をきって走って、たどり着いたのが、ゆりかと初めて会った日に訪れた屋上だった。
電信柱に止まっているカラスの鳴く声が聞こえる。授業開始のチャイムが鳴っても、私は空の下から動くことができなかった。暫くして、屋上に通じる扉が開いたと思うと、そこから顔を出したのはゆりかだった。
飛び上がるようにして身体を起こした私を見て、彼女は言った。
「スカート。もう取れないだろうね、完全に染み付いちゃってるから」
私とゆりかがまともに言葉を交わすのは、あのダブルデート以来のことだった。屋上で佇んでいる私を見つけたゆりかは、少しずつ後ずさる私との距離を縮めている。
「そんなに拒否んないでよ。私たち、友達でしょ?」
ゆりかの表情は逆光で良く分からず、そのことが一層、陽の光の中に浮かぶ彼女の黒いシルエットを不気味に感じさせた。半歩下がると背中に手すりが当たり、凍りついたように固まる私を見て、ゆりかはけたたましい笑い声を上げた。
「ざーんねん。もう逃げられないね」
「どうして、どうしてこんなことするの」
「決まってるでしょ。きえちゃんが私を裏切ったからだよ」
「私は裏切ってなんかない。ねえ、ゆりかは勘違いしてるだけだよ。私はあんな男より、ゆりかの方がずっと…」
—ずっと、大切だった。
そう言いかけたとき、ゆりかの手がいきなり私の頬を打った。じんじんと痛む頬を押さえながら見上げると、肩で息を整えている彼女は涙の滲む瞳で私を睨んでいた。
「ゆりか、どれだけちやほやされても足りなかった。」
それは初めて目にするゆりかの「本当」のように見えた。何もかもを憎まずにはいられない切実さをもって、ゆりかは話し続けた。
「心の奥が空っぽだった。いつでも悲しくて虚しかった。だけど、きえちゃんといるときだけは、そうじゃなかった。ここがずっと探していた私の居場所なんだって思った。この世界の誰のことも信じられなかったけど、きえちゃんだけは…ゆりか、きえちゃんのことを信じてたのに」
「待って。本当に、私は…」
「あんな男、もうどうでもいいんだけど。今のゆりかにとって、きえちゃんを壊すことの方がずっと、価値があることだから」
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