第7話


 その晩から、ゆりかからの電話は毎日のようにかかってくるようになった。

 学校では明るく元気に振舞っていても、家に帰るとゆりかのメンタルはたちまち不安定になることが分かった。何度もかかってくる着信履歴を放っておくことができず、私はゆりかの電話に付き合いつづけた。

 ゆりかの両親の関係は良好とは言えなかった。ゆりかのお父さんが社内に愛人をつくったせいで、ゆりかのお母さんは何か食べずにはいられない病気になった。

 一目では分からないほどに太ってしまったお母さんを見るたび、お父さんのことが憎くて悔しくて家に乗り込んでやりたくなる。そう言って声をあげて泣くゆりかのことを私はどうしても放置することができなかった。


 「不思議だね。きえちゃんは優しいから何でも話せる。最初に出会ったときに私の全てをさらけ出したからかな。私はクラスの女の子の誰よりきえちゃんが大切なんだよ。いつもありがとうね」


 ゆりかに優しくそう言われると、私の心の波が甘く凪いでいくのを感じた。何一つ長所のない自分が、世界でいちばん孤独な少女に求められている。

 ゆりかが毎日少しでも幸せに生きていけることができるなら、何だってしてやりたいさえと思った。


「ねえねえ、きえちゃん。今日はふたりでお弁当食べようよ」


 スキップするように歩いてきたゆりかに頷く。

 きれいにカールされたまつげ、ほんのりピンク色に染まった頬、清潔に化粧の施された肌。私の勧めで母親が病院に通うようになったおかげか、最近のゆりかは以前よりもずっと健康的に見えた。ゆりかがつくり笑顔じゃない本物の笑顔を周囲に向けていることに、私は心からほっとしていた。


 中庭の空いていたベンチにふたり並んで腰掛ける。周囲には会話に乗じている女の子たちが仲睦まじくさえずっていた。お弁当に入っていたおにぎりのラップを剥がしていると、肩に硬い感触がある。はちみつみたいなゆりかのシャンプーの匂いが香って、同性だというのに、何故かドキドキしてしまう。


「きえちゃん。きえちゃんって、今、好きな人いるの?」

「えっ?ないない、そんな人、いないよ」


 急いで手を振る私を見て、ゆりかは「良かった」と言って安心したように笑った。かわいい、と思ってしまった自分の気持ちに驚く。

 タコ型に切り込みを入れたウインナーが喉につっかえ、慌ててお茶を流し込んでいると、少しの沈黙の後、ゆりかはぽつりと言った。


「あのね。私、好きな人がいるんだ。隣の男子校に通ってる人なんだけど、実はね、今度一緒に遊びにいくことになったの。でもふたりじゃ恥ずかしいから、きえちゃんにも来てもらえないかなと思って…どうかな」


 小動物みたいに頼りなげな瞳から目がそらせなくなる。心臓のあたりがぎゅっと締め付けられるのを感じながら、私は冷たくなり始めた手のひらを軽く握りしめた。

 「…いいよ、私でよければ」という私に、「やったあ」と手を叩いて喜ぶゆりかの笑顔は、小さな子どもが欲しかったオモチャを買い与えられて喜ぶみたいに無邪気だった。


「じゃあジュース買いに行くついでに悠くんに電話してくる。きえちゃんも一緒に行けるって言ってくる!」


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