第3話


 最近えりかの夢をみるのがこわくて、夜眠ることができないからか、何をしていても気持ちが沈んだ。考えないようにしようと思うほど、あの夜学校の屋上で、私を待っていたはずの彼女の背中を想像してしまう。えりかの泣きそうな笑顔を思うたび、後悔で胸が張り裂けそうになった。えりかには私しかいなかったのに、私はえりかを裏切ったのだ。

 そして永遠に、えりかに謝罪することは許されない。


 一生この十字架を背負って生きていくことを思うと、寄せては返す波のように、強い希死念慮が私を襲った。ちょっとしたタイミングがやってきたら本当に死ねると思うほど、感情の起伏が激しかった。どうしてえりかが死んだのに私は生きているのだろう。決して答えの出ない問いを繰り返していた。

 出口のない灰色の世界に光が差すことはなかった。

 あの子に出会うまでは。ゆりかが私の目の前に現れるまでは。



 それはひとりぼっちの学校生活にも慣れ始めた5月のある日のことだった。運動靴を片手に体育の授業に向かっている私を見かけたゆりかは、バタバタとこちらに向かって駆けてきた。上履きを履いていないせいで、白い靴下の先が真っ黒に染まっている。私の視線に気づいたのか、ゆりかはもじもじと足の先をこすり合わせて俯いた。

 ゆりかがいじめを受けているということに教室全体が気づいていたのに、彼女を助けようとする人は誰もいなかった。例にもれず、私だってそうだった。やっかいな面倒ごとに首を突っ込む気はなかった。


 「ねえ、体操着。私の体操着しらない?カバンに入れたはずなのに入ってないの。教室もゴミ箱も焼却炉も探したのに、どこにも見つからないの。どうしよう、どうしよう、どうすればいいんだろう」


 真っ青な顔で震えているゆりかの歯がカチカチと鳴る音が聞こえた。

 ゆりかは「ねえ、ねえ」と空に繰り返しながら私の体操服を掴んで揺らした。しばらくすると私の足元にへたり込んで泣きじゃぐり始める。読者モデルをしているというゆりかは先月までクラスの人気者だったのに、今の彼女にはその片鱗すら見えなかった。

 優しさを振りかざす気は毛頭なかったけれど。惨めったらしく泣いている女の子をそのまま見捨てられるほど、私は薄情にはなりきれなかった。

 辺りを見回し、誰もいないのを確認してからやっと、彼女に声をかけた。


 「一緒に探すよ。まだ見てないの何処?」


 ゆりかは涙で濡れた瞳で私を見上げた。ゆりかの小さい手を握って立たせてやる。氷のように冷たくなった手のひらだった。


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