第伍話 虚


ひそひそ。


ひそひそ。


ねぇ、聞きました?


何です?


ほら…天ノ川家の娘様、依織様。


あぁ、聞きましたよ。



「虚」



ひそひそ。


ひそひそ。




<3日前

>水無月流歌


「………骸狼、いつ着くと思う。」


ガタンゴトンと乱暴に揺れる汽車の中向かいに座る骸狼に尋ねた。となりに座る戦友はぐっすりと…いびきをかいて寝ている。

他の者も疲れているのか、車内はやけに静かだった。

もちろん戦争は無事集結した。意外とあっけないもので、むしろなんでこんな戦争が長続きしていたのかよく分からない。

その実片方の国がなけなしの金で蛇国にはるばる終結を依頼したらしい。

なけなしな分、派遣された部隊が少なく少々物申したいものだったが。


「…ん、どうしたお前…。さては、ほぉむしっくってやつか?」


「当然の如く意味が違うね骸狼。…というかそれ、どこで覚えたのさ。」


「あぁ、昔お前が金がいるって言って文字拾いのバイトしただろ…。そんとき。」


「……そういえばそういうこともあったね。」


しばらくの沈黙があった。

睫毛を伏せてうつらうつらとしている骸狼をじっとりと見つめ閃く。

寝に入り寄りかかってくる隣人の胸元から紙巻煙草を拝借し、自分の懐からブックマッチを取り出した。


「は…?お前煙草吸ってたか……?あと人のもの盗むなよ。」

怪訝そうな顔で言い放つ骸狼。


「だって骸狼が俺が聞いたのに答えてくんないから。煙草、嫌いでしょ。嫌がらせしようと思ってね!」

そういってしっかりと顔に笑顔を貼り付けて、マッチの頭薬を摩擦面で挟む。


「お前とことん性格悪いな!臭いし煙たいしで嫌いなんだよ…。」

勢いよく引っ張り、煙草に火をつける。火を消したマッチを窓の外へ放った。


「うっわ最悪風上じゃんふざけんな…ゲホッ、………チッ。…一昨日、報告班が終わることを伝えに早めの便に乗ったから…ッコホン、燃料にもよるけど終わったこと自体はそろそろ伝わってるんじゃないの…」


「へぇ。じゃあやっぱり明後日の夜には着きそうだね。」


「なんだよやっぱりって!……はぁ、もうやだ僕は寝る。」


隣の者の毛布を少々ひったくり寝の体勢に入る骸狼を見て、煙草の火を消す。

硫化燐の煙がたちまち空に消えていく様を見つめて、人を思う。


骸狼があの日椿葉さんと、泣きながら走る依織を見たと言う。着物が汚れていたから根に絡まって転んだんじゃないかなんても言っていた。



後悔が日に日に積重なるのを感じていた。普段からそれと隣り合わせであるからこそ、鈍感になっていた死。


自分の場合元来から、それに対しての恐怖心はなかった。


やんわりとした平和もどこか刺激が足りず、生に対しての執着もあまりなかった。


風邪をひいてしまいそうな平和ボケの温度差も、そんな思いで過ごしていたのだと今更気づく。


だから分からなかった。

何故。分からないことがもどかしい。


高速で巡る脳内での試行錯誤を他所に、ゲホンと噎せ返った。


「…お前はとことん性格が悪くて、見栄を張った子供だ。」


ボソリと骸狼が寝言のように呟く。心を見透かされたような気持ちになりドキリとしたが、煙草の事だと気付いた瞬間デコピンをお見舞いしてやった。






>蓮城 鈴香

あの日から、依織様は人が変わったかのようになってしまわれた。


何があったのかは少しも口にせず、ただ淡々と日々の稽古やら仕事やらをこなしていた。

笑顔で努めてくれているものの、明らかに愛想笑いであるとすぐに分かる。


今日は七夕祭当日だと言うのに、屋敷内はどことなく重苦しい雰囲気だ。賑やかな街と隔離されたような寂しさが更に重くのしかかる。

仕える者達の中でも暗黙の了解のように、誰も気付かないふりをしていた。


時折窓の外を見つめ、ため息をつく依織様は誰かを思っているようだった。


その姿を見て私も心がざわついて、それを吐き出すように息をつくことしか出来なかった。

おそらく私は何も出来ない。

話を聞いて少しでも気持ちを軽くしてあげるだとか、依織様に語るお気持ちが無いのであれば無理に聞き出すのも酷なことだ。


………話せないほど私は信用されていないのだろうか。

…いや、そういうことは考えないでおこう。

私はただ寄り添い、今日の成功を祈るのみ……


「鈴香、」



「ひゃ、ひゃい!ど、どうされましたでござるか依織様!!」


「…ふふ、鈴香こそどうしたのその口調っ。」

くるりと晴天を背にこちらへ歩み寄る。


やや茜がかった雲に刻々と時が迫ることを知らされる。


「…ゲホン、なんでもございません……。」


まさか今のタイミングで話しかけられると思ってもいなかった、もう完璧ひきでおわる調子だと思っていた。今も昔もこの人は心臓に悪い。

それにしても…一見屈託のない笑顔だ。


「そっかー、ところであの日、どうして鈴香が隣国にいたの?」


あの日、そんな言い方をするのですね。


「どうしてと言われましても…」


「あぁそれなら私が案内したんです。宵国で鈴香さんに会って。」


襖からひょこりと艶やかな黒髪を揺らし幼げな少女が顔を出す。

今日いい天気だからほら、服がこんなにふわふわ!なんて言いながらふわふわの洗濯物を持っている。


「あ、椿葉!」


「街の人が港で依織様を見たって噂してるのを聞いて、私も探していたんですよ。その時の鈴香さんといったらもう…鬼の形相で船頭さんに話をつけて……」


「わー!わーっ!その話はよして下さい!!」


あつく語る椿葉を必死に止める。なんてことを言うんだこの人は…!

確かにあの時は無我夢中で…あんまり、よく覚えていないけどそんなに酷かったのか。


「えっへへ〜、心配かけてごめんねみんな。ありがとう!すっごく嬉しいよ!!」


飛びつくような包容に驚き喉の奥から蛙のような音がした。


「い、依織様……!」


「心配しないで!今日は絶対成功させるからっ!」

屈託のない笑顔が夕日の紅に染まる。

あぁ、いつもの依織様だ。


あ、着付け手伝って頂戴!とか去り際に言いながらドタドタと廊下を全力疾走する。


いつもの調子の重いため息とは少し違った、安堵の息を漏らして椿葉と視線を交わすと優しく微笑む。


「あぁ〜!依織様!お屋敷内を走ってはいけませんよーー!」

「いけませんよーーー!」


>×××

へぇ、そんな噂が

興味深いね


ほうほう、それで

なるほどね


うーん、分かった

じゃあこうしよう




はは、

よろしくね


君達には期待してるから




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指契り みかん±0 @mikan_00

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