第参話 合

>天ノ川依織

本日はお日柄もよくー………



あらゆる言葉が遠いような、浮遊感を覚えた。

確かに今日は天気が良いなぁ。

…あの人、今頃何をしているのかな。






ほぼ同時刻…


>水無月流歌


お天道様の目下、ある場所に向かって歩いていた。男5人。人々に労いの言葉を投げ、敬礼をする。それぞれの属する軍服を身にまとい、バッチを光らせ悠々と、堂々と歩いていた。はずだ。


「はっはっはー!ついにこの仕事が回ってきたかー!」

「おい、声がでかいぞ。…私語はなるべつ慎め、俺達は軍人なんだ。」

「ふふ…その今にでも叫びたい気持ちは分からないでもないよ、だってこれは…」

「「男の「ロマン」「マロン」」


謎の沈黙が流れる。普段ならばツッコミを入れる彼が深い深いため息と共に肩を落としていたからだ。


「君のマロンってやつはいつになっても治らないね?でもまぁ思ってることは一緒だったみたいだし」

そう言って白髪の男はどこからか手鏡を取り出してじっと見つめ、今日も僕は美しい…とか呟いていた。


「だってお前も楽しみだろ?俺等みたいな奴はちょっと早すぎるっつーか、行きづれぇけどさ。ほら着いたぜ?」

項垂れた長身の彼の肩をバシバシと叩いた。

巨大な鳥居のその向こう。


「だからこそ嫌なんだよ…。遊廓の警護なんて。」


青年達は足を踏み入れた。


蛇国の軍では毎日の訓練はもちろん、班や隊によって週替わりでの仕事もある。

週替わりといっても警護や警護や警護…とりあえずのところこの国の力は守るために使われているようだ。


その中には宵国も含まれているし、ここ、遊廓のような場所も含まれていた。


「なかなか来る機会はないよね。ところで2人ともお相手がいるらしいけど、そこら辺大丈夫なの?」

やんわりと会話に混じってみると、浪漫云々と騒いでいた彼らはビクリと揺れていた。


今いる5人は第一班の中でも、同室の者達だ。警護の仕事は基本この者達と行うことになっている。

1週間のうち平日は宿舎に泊まり、週末の昼間は仕事をし、終わるとそれぞれの家で過ごすことができる。

歳の近い者が多いからかそこまで嫌いではない。

隣の骸狼はちょっとそわそわしている。


「べ、べつに徴兵の義務があるから娯楽で行く同年代の奴はなかなかいねぇからちょっと自慢できるとか思ってねぇし?!」

意気揚々と足を踏み入れた彼はいつの間にかどぎまぎと、恥ずかしげに歩いていた。

「…別に僕の美しさで可憐な花達が気絶しないか心配していただけだよ??」

遊女たちに目配せを投げていた。


確かに、同年代の者達はなかなか行く機会がないね。どうりで油っこいおっさんばかりだと思ったよ。


ブツブツと愚痴を連ねていたツッコミ役がふと目を丸くして顔を上げた。


「………あ、思い出した。今日は椛さんもいるらしいぞ。ちゃんと挨拶しなくちゃな?」


あわわわわ。

みんなの顔からさっと血の気が引く音がした。

「うげ…椛さんか…」


蛇国軍総司令官、暁月椛──…。

軍の頂点に君臨している無表情な女性だ。

軍という鬼を束ね、その実得意とする薙刀は他の追随を許さない腕前である。その姿を人は百鬼姫と呼ぶらしい。

自身の上司だからこれくらいは知っている、その実自分は媚を売るためにあの手この手を使って彼女に様々アピールしていた過去もある。


「華奢だし綺麗だけどおっかねぇんだよな…。駆け出しの頃は殺されるんじゃねぇかと思ってたぜ。」


同意できる。骸狼でさえも頷いていた。

む、そういえば…。


「骸狼ー、昔椛さんも長くて綺麗な黒髪だったよね?もしかしてそういう人が好みな」

素早い動きで口を塞がれた。奴の目は血走っている。

降参のポーズでヘラヘラと笑ってやると耳をぐいっと引っ張られ耳元で小声で怒鳴られた。


「流歌!あいつらに聞こえたらどうするんだよ…」


「もがふぉふ、ふぃほふぇへはいっへ」


「何言ってるか分からない!」


顔を真っ赤にしている。そうかそうか、ふぅーん。椛さんが橙に染めてから妙に訓練に無感情で臨んでいたのはそのせいか。


「おいお前らこそこそ何をしている?椛さん…がどうしたんだ?」


骸狼がわかりやすく縮こまっている。


「いや、…つに、なんも」


「僕には黒髪と聞こえたね!僕の愛する人も黒髪だが譲らないよ!美しいからね、惚れてしまうのは仕方ない。でもダメだ!彼女とは徴兵期間が終わったら籍を入れるんだからね!」


「お前それ死亡フラ…あっあのネーチャン手ェ振ってくるたぞ!美人だ!」


わたわたと畳み掛ける言葉に骸狼は達したらしい。目がぐわんぐわんとしている。


「…っ、ぼく、は、も…椛さんの事は」



「私がどうかしたか?」



勢いよく全員が声のする方に…後ろに振り向いき、即座に敬礼した。


数秒…体感1時間弱。

総司令官、その人は値踏みをするように横隊する軍人を闊歩しながら眺めていた。

耳に遠い遊女の歓声と男達の逃げる声。

そして歩みを止めた。


「さっきからぶつぶつと…なにか疚しいことがあるのなら聞いてやろう。特別訓練をしながらな?」


「「「「「異常なしであります!」」」」」


「そうか。」


その一言を聞き内心ほっとしたのもつかの間、普段は冷徹な彼女は不気味な程の満面の笑を浮かべた。


「そうか、じゃあお前ら。今から領主様の御邸宅に行くぞ」


「えっ」


「領主様は見合いをしているそうだ」


「ほう。」


「それを今からぶち壊しに行く!」


「えっっっ」


「そ、総司令官!遊廓の警護はどうなさるのですか!」


「なぁに。心配要らん。この国の軍備力以外はほとんど女性が賄っている!しかもここは遊廓だ、そこらの油ギトギトの男なんぞに負けるはずがない!!」


ということで、と言うと彼女は僕らの外套をわしづかみズルズルと引っ張って言った。

女性が強い国か。なるほど…まさに象徴している彼女の口から放たれれば納得いく。


>天ノ川依織


2時間ほど経っていたか。

休憩時間として庭を眺めていた。


蛇国の領主と政略結婚…見合いという名目で実際に会うのは今日が初めてであった。


領主の名は龍泉翡翠。

20と少しの齢で静かな人であった。

病気がちだが優しいと言われていたがその通りだった。


お見合いなのでやはり私も笑顔で臨んだ。

趣味は読書で─

あら、どういうご本を─

最近は─

あぁその本なら─


普段は何を─

やはり軍に関わる─

どういうところが─

そうですね─


他愛のない、ものだった。関係者として侍女の蓮城鈴香と鬼龍院椿葉も連れてきたがうるさい方の鈴香は「やれば出来るんですね!」なんて喜んでいた。

このために様々な稽古を受けてきたのだな…ふむ。

途中脱走の話が出て焦ったがあまり咎められ無かったのが幸いだった。まぁ私より侍女の方がドキドキしていたのは笑うところであった。


いろいろ経てみたが、確かに優しい人だと分かった。心から両国の事を考えていて、ひたすらに前向きであった。自分の出来ることをしっかりと遂行して、思いやりがあり…。


でも何故か心に引っかかるのだ。

たくさんの人がこれで安心して過ごせる、愛を育むことだってできる。



……でも。



>>水無月流歌


「今は休憩時間のようだな。まぁ時間になれば隣の部屋で見合いが再開する。」


「それまでにこれを着て始まったらお前らが料理を運べ。運び終わる頃に畳にでも足を引っ掛けて転べ。そしてぐちゃぐちゃにしろ。いいな?」


「あの、この服って…」


「見合い相手の国が西洋のものを多く取り入れているらしい。私なりのもてなしのつもりだ。」


「しかしこれは女子が身に纏うものでは…」


「詳しいことは私も分からない。だが私が部下に仕事を与えることはなにもおかしなことではないだろう?」



そう言い捨てぴしゃりと襖を閉められた。思い浮かぶ言葉は理不尽。

着いた瞬間軍服をひん剥かれ手渡されたのは西洋の給仕…いわゆるメイド、というやつの服か。


ぐちゃぐちゃ?にするとかいう謎の仕事を与えられてしまったが、それ以上に眼前の衣服に抱いた複雑な感情が勝っていた。

骸狼は寒さのあまり自分がどういう服を進んで纏おうとしているのか理解していないのだろう。結構面白い光景だ。


他人事のようにしているが見張りの兵を出し抜き、総司令官から直接与えられた仕事を放ることは流石にできない。

むしろ、だからこそ、完遂してみればなにか褒美を授かるのでは。称号なり、階級なり。

物資ならば宿舎の風呂を綺麗にしてほしいな、うん。


ここまで来たらヤケクソというやつか。見合い相手と面識がある可能性は低いし、このふりふりとした物のお陰で肩幅などはあまり気にならないようだ。つまりバレない。


さっさと壊して終わらせてしまおう。



>>天ノ川依織

「では、依織さん。再開しましょうか」


「えぇ。よろしくお願い致します。」


あと1時間と少しで終わるはず。

許可を貰えたので休憩時間にそこらを歩き回ってみたが、脱出経路は3ダースほど思い浮かぶ構造だった。

今にでも着物を着崩して走り回りたい。そして抜け出したい。

笑っているのは別に苦ではないが正座が嫌なのだ。

開始数分で足を崩そうとしたら椿葉に足を優しく叩かれた…。


「ところで、宵国では西洋のものを多く取り入れているそうですが。西洋の料理はお好きですか?」


「はい!国でも食品や衣類、メディアなどの発達した文化を広げて生活を豊かにできるように取り入れています。」


紫がかった薄い髪を束ねていて、終始穏やかな笑みを浮かべている翡翠様は少しほっとした様子を見せていた。


「なら良かった。私達なりのもてなしなのですが、西洋の料理を作らせてみたのです。」


えっ、この緑豊かな庭園が見える思いっきり和の空間に、オムライスだのカレーライスだのが置かれる…?

それはそれで新しいかもしれない…。


>暁月椛


「(見えないね…)」

「(おい!お前ら押すな!)」


「(あっ見えた、…え?流歌と骸狼??あいつら変な格好してるぞ!)」

「(ほんとだ…)」


襖の隙間から見合いの席を覗く。

そこを中心にこちら側には控え室として使われていた場所に私達、反対側の部屋にはご馳走と奴らがいる。

どうやら作戦は始まっているらしい。


「(え…めちゃくちゃ面白いな。)」

「(後で馬鹿にしてやろうぜ)」

「(なんかあいつら顔赤いぞ)」

「(そりゃそう…も、椛さん?!襖、襖が壊れてしまいます!)」


ぎちぎちぎち。


聞こえた音はそれだった。

私も覗いて見た、それだけだ。


「(襖握ってる…?変な音してるぞ…)」

「(なんであんな嫉妬深い目をしてるんだ!)」

「(君知らないのか?椛さんは領主の翡翠様が好)」



ぼこぼこぼこ。

聞こえた音はそれだった。

勝手に体が3人に右フックを御見舞していた。

顔が紅潮しているのがわかる。



>水無月流歌

記憶が吹っ飛びそうだ。

朦朧としている、朦朧としている事がハッキリと分かる謎の気持ちに陥っていた。


領主様の見合い相手は依織だったのか…。恥ずかしい、想い人にこんな姿を見られるなんて。


依織は依織で「わぁ似合う!」「可愛いですね!」なんてはしゃいでいる。

やめてくれ…っ。


骸狼と交互に運んでいるのだが、あいつも目を丸くしていた。椿葉さんもいたらしい。寒さのせいか、多分それだけじゃないだろうけど震えている。


逃げたい…しかし逃げるにしてもここに来るのは初めてだし、入った表の門には顔馴染みの見張りがいた。この姿で出れるはずがない。


いや、駄目だ、やると決めた仕事は最後までやらなければ。沽券に関わる。

後世に残る傷跡をゆっくりと刻みながら、料理を運んでいた。


>蓮城鈴香


いい人だ、翡翠様は。しかし…だ。これが趣味なのだとしたら大問題だった。

多分よく分かってない、って顔をしている。

依織様と椿葉さんは喜んでるし。

あのメイド、恐らく男だし片方見覚えがあるような気がする。


この空間でまともなのは私だけだ、しっかりせねば。

こっそりと深呼吸をしてみると、がたがた…というよりはぎちぎちとした音が聞こえた。


よく耳をすませると、隣の控え室から複数人の声が聞こえた。


「(ぐぅ…堪えたぜ……)」

「(いや、まさか図星だったとはな…)」

「(愉快な日だね。救護班の彼にも教えてあげようよ。ついでに華麗に殴られた所も診てもらおう。)」


「お前ら!前からそうだったがこそこそこそこそと…軍人として恥ずかしくないのか!」


一喝。やんわりと聞き覚えのある凛々しい女性の声であった。


そして咆哮。




「だ、誰ですかあなた達!」


三つのぐふぅだかごほぉ。依織様と椿葉さんの悲鳴、どこからか二つのため息。

1面の襖がバタバタと倒れ軍人3人がぴくぴくとしながら腹を抑えてこれまた倒れていた。


唯一立っていたその彼女は誰かと目が合った瞬間、紅潮させていた顔をさっと青ざめて


「失礼いたしました……っ。」


と言いのびた3人の軍人をずるずると引きずって出ていった。




静寂。


なんだ今のは。お見合いが台無しになってしまった。


「ははは、うちの国のものの無礼をお許しください。依織様。今日は一旦お開きに致しましょうか。」


「は、はぁ…。そうですね、ではまた後日お会いしましょう。」


突然の出来事に笑みの消えた翡翠様に圧倒されたようにそそくさと退場してしまった。


………これでおじゃんになったらどうしてくれる。






偶然だろうか。ある瞬間、同時に何人かの人間が

「最悪だ…」

と呟いた後、今日はいい天気だと一つの夕日を眺め思っていたという。

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