第弐話 桜

所謂、桜の季節というものはとうに過ぎている時期であろう。


咲いてすぐ散ってしまう様が人の一生に例えられる桜。

ならばこの散ることを知らぬ大木は不死身であるか。


儚いそれは奇っ怪じみた恐ろしさを孕み、凛と咲き誇っている。


不気味であるが、なんと美しいのだろうか。


風呂敷包みを持ってゆらりゆられ着いた地の土を踏みしめる、息をのんだ。


「どうかな、我が祖国の御神木は。」


眼前の赤い瞳の人は微笑む。


出会って1ヶ月、くらい。

久々の再開であった。


「すごく綺麗だと思うよ、流歌!」


あれからぼんやりとお屋敷を抜け出す日々が続き、常連となってしまった茶屋でついさっきばったりと出会ったのだ。

再開の言葉より先に名前を尋ねていたのには自分でも驚いている。

そして2人で居る時限定で依織、と呼ばせることにも成功した。


さあ、行こうか。と手を差し伸べられ連られて後を追う。


異郷の地とも言えよう宵国の隣国、蛇国に私は今居るのだ。道など分かるはずもない、きょろきょろと辺りを見回す。


遂に私の脱走譚も国を出ることになるとは!


宵国は島国で蛇国はとある大陸の端っこである。

その間沖合から見れば島がぼんやりと見える程度の距離で、日常的に行き来する機会が多いために船渡しなんかの仕事はわりと人気だ。


そこで例に漏れず私達もその船を経由して海を渡った。


「…ねぇ流歌。さっきこの桜の木が御神木って言ってたけど、元は神社とかがあったの?」


桜は白、桃、ちかちかと視界の端を点滅する。この散り様だと、もし風が強ければ頬をぺちぺちと叩かれるのではないかと思った。


「まぁそうなるね。ここら辺が開拓される前に何故かぽつんと更地に神社があったらしくてね。」


そういえばごつごつとした根こそは這ってはいるものの、ほとんどが平らな地形であった。


「文献はほとんど残ってなかったみたいでね。どんな神様が祀られてるのかも分からなかったけど、罰当たりなことは出来ないからね。開拓のときに本宮は別の小さな島に移動したんだ。」


煉瓦の建物を抜けて螺旋階段を登る。少し壊れかけているというか…蛇国には珍しい装飾の階段な気がした。


「ふぅん…。その神様って七夕様だったりするのかな?神様っていったら七夕様の印象があるなぁ。」


カン、カン、と音が響く。


「…かもしれないね。話は戻すけれど、その移動の時何故か鳥居と御神木だけはどうにも動かせなかったみたいでね。その時はそうでもない大きさの桜だったらしいけれど。」


そう言って流歌は上を見上げる。不思議な現象も相まってふわふわとした気分になる。

こんなに立派に咲いていたらお洗濯物が影になってしまうじゃない。


「ふむふむ……。教えてくれてありがとう!ところでその鳥居はどこら辺にあるの?開拓からそんなに経ってないからまだ残ってるかな…」


流歌は一瞬気まずそうな顔をして


「う、うん。あるよ、その時の鳥居。でもここからはちょっと遠いかな。」


少しわかりやすく動揺していた。この前の強かな嘘の衝撃があってかなんだか新鮮な表情だ。ちょっと嬉しい。


「…あ、ほら。着いたよ。…内緒の特等席。」


文字にするべきか、というか文章の中で言葉に出来ないと言うのは如何なものかと思うが。それが適切な気がした。


景色を目の当たりにした時に、ザァっと…記憶が走馬灯のようにぐるぐると巡りだして、泡沫に消えてしまった感覚をおぼえた。


人気の少ない…というか人の居た気配のある広場に出た。埃のような…桜を被った物が等しい感覚に並べられている。


「ここ…」


懐かしい、そんな気がした。

思い出そうとすると頭が痛くなりそうだった。

そこは広場…否、公園であった。桜を被ったそれは遊具で、相当放って置かれたのであろう。錆び付いている。


「遊具とかは錆びちゃってるけどさ、あっちのベンチなら大丈夫だよ。」


連れられて座ったそこは展望台のようで、柵も錆びてしまっているがそこまで危ない高さではなかった。



眼前に広がる隣国の景色。日常の風景なのであろうが、屋根の上には埃もとい花弁の絨毯が敷かれていた。

時が止まったかのような建築物の中で淡い色をこれでもかと主張する。


言葉に出来ないは、やめだ。息を飲んだのだ、‪羅列を並べるまでもなく…私はまんまとこの妖しげな大木に魅せられてしまったのである。

隣の人も微かに覗く海に視線を据えていた。哀愁漂うというか…悲しい想いと思い出を、振り返っているようだった。


はっと思い出す。風呂敷包みの存在を。


「る、流歌!さっきあの茶屋さんでね、新作だって。苺のショートケーキ…?ってやつ買ってきたんだ~!」


風呂敷を広げて箱を取り出す。中に純白に身を包んだ黄色いふわふわした物が、可愛らしい苺を飾って誇らしげに四つ、座っている。


「苺の…ショート……ケーキ…?」


箱の中身をまじまじと見つめながら目を輝かせている。可愛い。伏せた睫毛が音が鳴りそうなほどに瞬いている。おそろしく美人だ。


「うん!お花見がてら…ね。」


この前の金平糖のお礼だよと言いながら一つ取り分け、流歌に手渡す。


そういえば金平糖って蛇国のお菓子だったんだね、どうりで知らないわけだ。


流歌は…恐らく美味しいのだろう。さっそく黙々と食べている。頬を忙しなく動かして感嘆の声をもらしていた。


「…依織、今日はどうだったかな。蛇国を歩いてみて。変に連れ回しちゃったようだったらごめんね。」


ぽつりと穏やかな視線をこちらに向ける。口の周りに生クリームがついていた。


「楽しかったよ!こんなに素敵なところも教えてもらったし…これから依織のお庭になるかもだしねっ!」


そう言い終わり1口頬張った。美味しい!


…すぐに察したようだった。


「お庭、ね。はは、本当に併合されちゃっても依織ならやりそうだね。」


静かな、ゆっくりとした時が流れている。私と蛇国の領主が結婚すると宵国は併合という形で、蛇国になる。

戦争とは無縁の宵国も、近年蛇国と繋がる大陸での現状を見て保身に走ったのだ。

少し言い方が悪いが政略結婚みたいなところがある。今時、だ。

宵国の美点はまぁ星の数ほどあげれるけれども、どれにせよという話だった。

宵国を蛇国の軍人が見回りをするようになったのもこれの先駆けだったのであろう。


静かなゆっくりとした時間は砂のように去っていたらしい。暗い雰囲気というか…一方の明らかに暗めな雰囲気が一帯を包んでいた。




「あら、依織様?」


「げっ…流歌だ…」



人の気配というものが桜に隠れていたようだった。来客である。

女性と男性、女性の方にはとてつもなく覚えがある。私の従者だ。

男性は…軍服だし、流歌の名前を呼んでいたから恐らく流歌の知人だろうか。


「うぇえ。骸狼も来たの?わざわざこんな所まで来てご苦労さま。骸狼は、帰っていいよ」


淡々とした表情で悪態をついた。やはり知り合いというか…わりと親しい仲らしい。

特等席とやらを共有するほどの仲なのだろう。


「依織様~。またお屋敷抜け出しましたね!しかも隣国にまで…。今日は一緒に帰りますよ!」


はーいという返事をして誤魔化しのつもりでなんとなくで笑った。

何故この2人が一緒にいるのだろう。

何故骸狼…という男性は前まで椿が身につけていたマフラーを愛おしげに巻いて掴んでいるのだろう。


私なりの苦悶を余所目に椿はお隣失礼しますね、と言いながら少し離れた間隔にあるベンチに座った。


両者ともに…流歌と椿だけは状況を理解しすぎている、反して私と骸狼さんはおいてけぼりだ。


なんだか無駄に機嫌が悪そうな流歌、

無駄に機嫌が良さそうな椿、

ちょっとよく分かってない骸狼さん、

同じくちょっとよく分かってない私。


寂れた…錆びまくりの公園は妙な空気が充満していた。


なんとなく分かりつつある。向こうも巡り会い、偶然にもここに訪れていたのだろう。

なるほどこれが巡か。


妙な空気というか混沌…。桜の風情には似つかわしい奇妙な光景であった。


どうにかしなくては、

細かい話は後でもできる。





「苺のショートケーキ、たべますか?」








今日は椿もいたおかげで癇癪じじいには怒られなかった、です。

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