さよなら地球

例えばこの世界が終わるなら、あなたは最後に誰と過ごすだろうか。

どんな選択をするだろうか。


僕は、僕たち家族は、いつも通りの生活を選んだ。

そして最後の日を迎えた。


ピピピピピピ・・・。


朝、5時58分、アラームが響き渡る。

僕はむっくりと起きて、ケータイのスイッチを入れ、アラームを止めた。

ラジオを点ける。

ニュースは見ない。最後の悪あがきをしている芸能人なんか見たくない。どいつもこいつも、僕たち家族を虐めては、サディスティックに笑っていた野郎どもが、今は死屍累々となって罵詈雑言をぶつけ合い、深い思慮を持っていられる方だけが冷静な話し合いを行っているが、最早最後の瞬間にテレビは必要なく、ただ目の前の朝の時間のみが友達だ。


9時、家を出る。


ドアを閉める前に「バイバイ」と部屋の中へ手を振った。

このマンションは幽霊が出ると評判で、僕の部屋はちょうどその部屋だった。夜中にラップ音がし、夢の中で男の子と女の人に枕元に立たれたが、彼らは何もしやしない。

数年前喉にゲロを詰まらせて死んだ老人を職場でたまたま見てしまい、それからというもの、命の前には死など怖いものではない。僕は生きてるだけラッキーなんだ。

しかしそれも、今日で終わる。


あっけないもんだな。


シーンとした街の中を歩く。

日本は地震大国だから早く逃げなきゃ、とこの大都会の人々が逃げ惑う中、僕達家族は「それ見たことか」と笑い歩き、ノリの良い焼き鳥店にてビールを煽り、祝杯を挙げたものだ。

そういった人達ばかりが喜びの声を上げていた。親父は知らない親父と腕をクロスさせて飲み、妹と弟はラーメン追加!チャーハンも付けて!母はお金はいらないのよね、と計算して財布の札束に唾を付けていた。


皆で町を歩けば、よー、若いの!よー頑張ったなあ!とヤの付く人が口笛を鳴らし、あんたらの勝ちだ!とぐっと親指を立てた。僕もぐっとそれに返した。


その日は都会で遊びまくり、遊園地にも行った。家族で最後の遊園地。何年ぶりだろう。ふいに弟が後ろを振り向いてワーッと泣いた。俺死にたくねえ、と言って泣いた。

ほんとお前はヘタレだな!そう言って妹がバシバシその背中を叩いた。正面から顔写真を撮って皆で笑い飛ばした。


その夜は夢の中で昔住んでいた大きな家の夢を見た。朝起きたら皆が同じ夢を見たと言った。昔飼っていた犬がいたと妹が呟いた。


「おはようございまーす」

「おはようさん」


最後にありついた仕事は、病院内の環境管理の仕事だった。その日を迎えずとも死を迎える彼らのために、僕らは掃除し、清潔感を保ち、ピアノ伴奏をし、彼らの安らかな眠りを待つ。


「ねえ」

女の子が振り向いて言った。

「私達、カップルになりましょうよ」

「いいですね、そうしましょう」

僕達は笑いあった。

ピアノ奏者が陽気なジャズを奏で始めた。


最後の日を迎えるにつけ、毎日ふて寝していた弟はぐんぐんまともになり、「俺は生きたいんだ!」と両親にぶちまけ、ついに有り金全てを使って宇宙船のチケットを買うことに成功した。

「あいつはやっぱりぼんくらだね」

実家で祖母が呟くころ、弟は蹴られたり石を投げられながら、宇宙船に乗り込み、かつて自分に暴力を振った相手をめった刺しにして周りを威嚇し、ヘアスプレーにライターを付けた凶器で船の中を火の海にした。

ケタケタ笑って自分で死んだ。


そのことを、僕達は知らなかった。

妹と祖母は実家で犬を抱いて睡眠導入剤を飲み、父は最後に手に入れたスーパーカーに乗って母と二人旅をして崖から海に転落した。


僕は。


僕は彼らの息が途絶えたのをケータイで確認してから、彼女に向きなおった。

何本も管を腕に通された彼女。

彼女が見守る中、僕は一本一本管を丁寧に抜き取り、血を拭いた。

そっと起こす頃、地面が揺れ出した。


来た。


大地震だ。


僕は彼女を抱え込んでベッドの下に隠しておいた金庫の中に隠れた。彼女が縋りついた。

意識が、飛ぶ。


・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・。

・・ぃたい・・。

痛い。


腕の中で彼女が呻いた。

僕はくらくらする頭で、そっとケータイを取り出し、仲間と連絡を取り合った。

宇宙船にSOSを送る。

「おい、お前の弟やらかしたぞ」

友達が朗らかに笑った。

「グッジョブだったぜ、すっきりした」

それから僕の彼女を見て、「もう死んでる」と呟いた。

彼女は安らかに息を引き取っていた。

最後に生きる希望を見たのだろう、目を開いてケータイに向かい微笑んでいた。

僕は彼女を棺桶に残して、外に出た。


何もかもが無かった。瓦礫の中から、同じように身を隠していた人たちが出てきて、おーい若いの、手伝ってくれー、と叫んだ。

僕は走り出した。


は、は、息が切れる。

久しぶりに走る。

僕は自由だ、どこまでも行くんだ。

今度こそ、どこまでも生きていける。やり直せる。

家族から来たメッセージに、「あなたは生きて」と書いてあった。

弟から「兄ちゃん頑張れ」と動画が届いていた。

血まみれになって笑う弟は、男に後ろから殴られて画像が途絶えた。

妹たちから500万ほど、どう都合したのだろう、金が口座に振り込まれていた。


僕は「金持ってる奴はいいよなー!」と怒鳴った高そうな服着た乞食に、「当り前だろ?」と言って五百円玉を落としてやったら、奴は死に物狂いで拾っていた。


あなたは生きて。


彼女を忘れられるだろう。

家族も忘れて生きてくんだろう。

僕は途方もなく幸せになるだろう。


青く晴れてきた空に、新しい太陽が二つ登った。

月が地平線の彼方に、沈む。

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