おひとり様パーティー!!

三年前、自己破産した。


以来、実家には帰らず、ここ山奥の小屋にて、謎のおじさんに助けられながら日々を過ごしている。


私は図書館司書として働いていた。

何も問題は無かった、はず。私は充実した仕事にやりがいを感じていたし、生来のあがり症で同僚と打ち解けることは無かったものの、それなりに上手くやっていた。


だが、悪魔は忍び寄る。


周りは大卒の高学歴な方ばかり。私は通信制大学で得た司書資格で、それを周りに吹聴する輩が現れ始め、潔癖症な私はそれに足を絡めとられた。

やがて始まる自暴自棄。焦りに焦るゆえに寝ぐせはくるん、服はくちゃくちゃ、メイクも無しで、私は毎食カロリーメイトという無茶な生活を送り、ガリガリに痩せ細って顰蹙を買い、客からもブーイングを受けて、そんな頃に藤堂さんは現れた。


「・・・君、私に雇われる気はないかね?」「はえ?」


私はそんな返事をし、がばっと顔を上げて藤堂さんの顔を見た。

エロ親父と言う感じではない。その割には淡白だ。スーツを着ているわけではないが、この方には何かストイックな職人気質という気配が感じられ、出っ張った腹も気にならなかった。

頭はつるつるで、その目は三白眼、顎に黒い髭、エグザイルの誰かみたいな。


私はふーわふーわとした頭で、その日のうちに藤堂さんの車に乗り、奥方をデパート前にて拾ってから、グラサンを掛けた超怖い藤堂さんに連れられてこの山奥へとやって来て下見をした。


八畳間の二階建て、モルタル。外壁には苔が生え、つる草が群青し、だが中は綺麗に掃除されていた。床が新しい。


「誰か住人が居なきゃ取り払う予定なんだが、何、住んでくれるだけでいい。食事は家内が出すよ。君さえ良けりゃ、本の話なんかしてほしい」


そうぽりぽりと頬を搔きながら言う藤堂さんに、私は一種の光を見た。その頃の私は通信販売に凝り、やたらランニングをしてはカロリーメイトとポカリスエットをがっつくという無茶で無理な生活をしており、深夜帯にパソコンを覗いて愚痴を書きまくっては同意者のいないサイトを運営しており、非常に孤独だった。


寂しかった。森林を体が欲していた。


「ぜひ、住まわせてください!!」


私は藤堂さんの手を握り、絶叫した。


それから知ったのだが、この藤堂さん、なかなかやり手で、私の他にも孤独な若者を集めては別の家に住まわせており、他に3人ほど住人がいた。


「妃美ちゃんさー、もうちょっと見た目構った方が良いと思うよー」


そう言いながら勝手に部屋に入りびたり爪の手入れをしていくこの厚かましい女は名前を三条明美と言い、私と同じ三年前にキャバクラをばっくれて藤堂さんに拾われたらしい。


「なーに言ってんの、そこが妃美ちゃんの妃美ちゃんらしいところじゃない。ね、妃美ちゃん」


そういう30代の無精髭、半纏を着た男は、むんとバランスボールの上でバランスを取りながら言い返した。

こいつは屋永井昭、独身者。何してたかは知らないが、自称永遠の少年兼旅人。食いっぱぐれていたところを同じく藤堂さんに拾われている。


最後の一人はなんと小学生で、この子は藤堂さんの家にいる。多分偽名だが藤堂平八と名乗り、なんだか理由ありきということでそれは聞いたことは無い。


私は藤堂さんと競って読んでいる歴史本に没頭しているところであり、吹っ切れた今は超絶ぶっきらぼうとなり、くるーりと椅子を回転させて、椅子の背もたれに顔を乗せて「うるさいんですけどー」と文句を言い、また前に向きなおった。


ここに来てから、藤堂さんに与えられた本をひたすら読んではノートに感想を書き、栄養満点の藤堂さんの奥さん、千穂菜さんの料理を食しては山を歩き、創作小説を書いてはサイトに載せて反応を楽しむ日々を送っている。

「あーあ、つまんない女が来ちゃったなあ」

明美さんが呟き、ことんと頭をテーブルに乗せた。おっとっと!と屋永井さんが後ろにバランスを崩し、「はっ!!」と言って両足で着地して、見てた?と反応を求めるが両者反応せず。柴犬のジョンがかりかりと戸を外から引っ掻きだし、それを勝手に部屋に入れるので、「ちょっと!足拭いて下さいよ!」と苦言を呈すと「えー、いいじゃん。俺の実家ばんばん入ってたよ」といらない情報を聞かせてくる。


ジョンは屋永井さんにマーキングして、「おう、ジョン、お前もか」と屋永井さんは一人ウケている。げー、と明美さんと私。

「外でやれよー」と言ってから、よっこらせ、あたし帰るわ、と明美さんが立ち上がった。

途端明美さんに襲い掛かるジョン。


「ごらあ!!」


ジョンを明美さんがしばき、ご飯よーと千穂菜さんが呼びに来たので、その場は一旦閉廷。


さて、午後から手伝ってくれ、と藤堂さんが言うので、やんややんやと家の前に集まり、広い日本家屋から藤堂さんが出てきたところで、でかい4WDに乗り込み、伊丹に向かった。


ここはまっすぐに行けば伊丹に出られるとある田舎である。


「どこへ行くんですか?」

明美さんが聞けば、「合法じゃないんだ、行けばわかる」と物騒な答え。わっと驚いて、えー、なになに、と話し合う我々を尻目に、車はあれよあれよと伊丹空港に着いた。


空港を逸れ、森の中を走る。

林を抜けたところで、ゴシック調の古い館が見えてきた。

壁は黒、十字架が掲げられているから、協会か?

「協会ですか?」と聞けば、「いや、とある資産家の趣味さ」と答える藤堂さん。そのまま門を抜けて入り、車を降りると、何やら叫び声が聞こえてきた。

花咲き誇る庭で待っていると、「離せよ!離せ!」とどうやら若い男の声。

え、なになに、と見ていると、まだ高校生ぐらいの茶髪の男の子が黒服の男に腕を掴まれて屋敷の玄関から出てきた。


「そんなことでは先が思いやられますよ」と、黒服は容赦なく抑えつけている。非常に痛そうだ。

「こんなのってねえよ、なんでだよ!!」と男の子が叫ぶ。


「こいつですか」と藤堂さん。「ええ、お願いします、見た通りのじゃじゃ馬です」と黒服。


「みんな手伝って」と藤堂さんが言い、男の子を皆で抑えつけて車に乗り込み、そのまま元来た道をひた走る。

最早涙目の男の子は、明美さんに「大丈夫、名前は?」と色々尋問され、ハンカチで顔や肩をしきりに明美さんは拭いている。

「どういうことですか」と聞けば、「だから、合法じゃないんだ」と藤堂さん。どうやらまた住人が増えることになりそうだ。


帰宅すれば、「まあまあ、青田君、久しぶりねえ」と千穂菜さんが喜んで手を取り、よしよしと慰めた。青田君とやらはぼろぼろと涙を零し始め、千穂菜さんの母性にやられている。


「まあ早い話が」

藤堂さんが車の開閉を確かめながら言った。

「人を一人消したのさ」


私達は、みんなそうだ。

藤堂さんにより、消されている。しかしこんな少年まで売られてくるとは、この子は一体何をしでかしたのか。

藤堂さんによれば、青田君は劣等生で、父親の勧める高校に入れなかったとのことで、勘当されたらしい。

なんだか耳の痛い話だ。


千穂菜さんは、また息子が増えたと喜んでいる。その傍で平八君が千穂菜さんの服をぎゅっと握り、青田君を睨みつけている。暗いその顔にくらくらしてきて、私はうえっとえづいてその場を離れた。


さて、その後部屋にてホームシックに陥り、私が高校落ちたとき、両親は優しかったよなあと泣いてから、でも最後は金の問題で修復不可能な関係に陥ったことも思い出し、父親に思いっきりビンタされた頬を押さえてしばらく動けなかった。

机の隅で、部屋の外が暗くなるまで三角座りをして佇んでいたら、まもなく千穂菜さんが呼びに来た。

「食事の準備が出来ましたよー」


ここは、なんとも歪な空間だ。何処にも行けない者ばかり集まってはこうして幸せに過ごしている。

えい、えい、と平八君とwiiでテニス対戦をする屋永井さんと青田君に構う明美さんを見ながら、私は藤堂さんと本の感想を言い合い、盛り上がっていた。実に趣味が合うのだ。


前に聞いたことがある。

「どうして私に声を掛けたんですか?」

藤堂さんは、「あの図書館で、君だけが唯一本をきちんと読んでいる職員だったからさ」と言ってから、「あと、千穂菜が君が痩せているのを心配して、家に連れて来いと言ったから」と少し言いにくそうに話した。


結局藤堂さんも、千穂菜さんに拾われたのだ。

この家は藤堂さんの家ではない、千穂菜さんの持ち家である。

千穂菜さんの正体は、依然として知れない。

「一つ確かなのは」

藤堂さんが言った。

「とんでもなく金を千穂菜が持ってるってことさ」


さあ、ご飯にしましょう。


今日も千穂菜さんの宴が始まる。


一人ぼっちたちの、独りぼっちによる、独りぼっちのパーティータイムだ。


石焼窯で焼かれたピザ、熱々のシチュー、とろけるバターにサクサクのパン。


「さあ、召し上がれ、私の子供達」


頂きまーすと声を上げ、私達はがっつきだした。


「なんだよ」


青田君が真っ青になって呟いた。


「なんなんだよここは」


最初だけよ、その内慣れるわ。

明美さんが優しくその髪を撫でながら耳元で呟いた。

青田君は、白目を剥いて倒れてしまった!

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