第8話 彼女がこの宇宙に来た目的(2)
彼女が反応しないので、僕は完全にあきらめた。すると随分気が楽になった。感覚は失われたが、苦痛ではなく、むしろリラックスできて気持ちよかった。そこが暗闇だということさえ忘れ、茫洋とした意識だけが存在している。体は眠り、夢を見ているけど、夢の映像が現れていないような状態だ。
眠りから覚めると、空き地で寝ていた。まだ午前中だった。
起きあがると、服についた土を払い、牛丼チェーン店に向かった。
カウンターの客達は、何事もなかったように、黙々と食べている。僕も並盛りを注文し、普通に食べた。
結局、全部夢だったようだ。
それからしばらくいつもの日々をすごした。
翌週。信じられないニュースが飛び込んできた。
朝起きて、テレビを点けると、いつもの情報番組が緊急特番に変わっている。
大きなテロップで、
ワシントン上空を大量の未確認飛行物体の大群が飛行。米軍機が出動する事態に。
UFOは見慣れた(?)アダムスキー型だったが、どれも肉眼ではっきりとわかるほど大きく、オレンジ色と金色の二種類がある。それが空を塞ぐほどたくさん空中に停止していて、人類を恫喝しているようだ。
市民はパニックを起こし、大半は避難したようだが、UFOに近づこうとする野次馬も大勢いた。
世界中が大騒ぎなのに、僕はそれほど驚かなかった。キズキ・ヨーコから地球侵略のことを聞いていたからだ。
現地時間の夕方、UFOのうちの一機が着陸し、なかから銀色の服を着た人のような姿の生物が出てきた。
身長は人間くらいで、髪はなく、大きな目がつり上がり、僕らが思い描いたような宇宙人だった。キズキ・ヨーコに言わせれば、僕らが思い描いたからそのような姿になったということだ。
宇宙人は、いきなり英語を話しだした。僕でも聞き取れる非ネィティブ的発音だった。
我々は、他の惑星からやってきた。地球の代表と交渉したいという。
アメリカ政府関係者が応対に当たると、アメリカの代表ではなく、地球の代表を出せと文句を言ってきた。それで、国連とNASAの職員が応対に当たった。
内容は非公開で、世界中で様々な憶測が流れ飛んだ。
翌日、日本政府から僕に、至急ワシントンに向かって欲しいという要請があった。政府も具体的な内容は知らされておらず、宇宙人側からそう要求されたということしかわからなかった。
とても断れるような雰囲気ではなく、僕は引き受けざるを得なかった。
すぐに専用機で飛んだ。
機内には、数名の政府関係者や有識者の他に、若いキャビンアテンダントの女性がいて、
「お客様、シートベルトはしっかりとおしめください」
などとしきりに僕に話しかけてくる。
そんなこと言われなくても、とっくにやっている。
「どういう事情で君がここにいるんだ?」
僕はキズキ・ヨーコにそう尋ねた。
「後付の事実として、私は航空会社に就職したことになっています。山形生まれで小さい頃から飛行機が好きで、趣味はキャンドル集めです」
「こんなときにCAなんか必要ないだろう」
「こんなときだからこそCAが必要なのです」
空港に到着すると、一緒に来た日本人達は用済みになり、僕は国連の職員らしき外国人達と一緒に面会の場所に向かった。
防弾ガラスのはめられたいかつい大型車が停まったのは、IZAKAYAという日本風居酒屋の前だった。
「ここは中国人が経営している。一度も日本にいったことがないのが自慢だそうだ」
通訳のジミーがそう教えてくれた。それで看板が日式居酒屋になっているのだ。
僕とソラス(宇宙人の名前)との面会は、二人きりという条件だった。店は貸し切りにして、同行した国連職員は店の前で突っ立っていることになった。
中国人経営者は年輩の男性で、「イラッシャイマセ」と挨拶すると、下手な英語で僕を二階に案内した。といっても階段を上りきる前に自分はすぐに下に戻った。
二階全体が広い座敷で、宇宙人が畳の上であぐらをかいていた。
「失礼します」
僕は日本語で挨拶した。
ソラスは年齢不詳で、器用に箸を使ってモツ鍋を食べていた。体の大きさは人間サイズで、顔が大きいので、中に本物の人間がいるみたいだ。
彼は僕に気づくと、
「ヨーコから君のことは聞いたよ」
英語はうまくないが、日本語の発音は完璧だった。
「僕に何のようだ?」
「一緒にモツでもどうかと思ってね」
そう言って宇宙人は笑った。屈託のない笑いだった。
「もう宇宙人の振りしなくてもいいよ。あなたはどこから来た?」
性別不明だが、一応男性ということにする。彼もキズキ・ヨーコと同じ類で、他の宇宙から来たのだろう。
「答えようがない」
「名もなき宇宙なのか」
「名前は発音が難しく、しかもかなり長い。それに、この宇宙との位置関係がないので、説明が難しい」
ある宇宙の東の百兆光年先に別の宇宙があるといった物理的な関係はないようだ。
「とりあえず、この場は宇宙人ソラスという設定でお願いします」
「僕に何をしろと言うのだ?」
「どうするのか決めて欲しい」
「何を」
「どういう経緯で人類が我々に従うことになるのかをだ」
「侵略計画?」
「手っ取り早くいえばそうだが、そちらの都合もあるから、話し合いをしてるんだろう」
「人類が宇宙人にすすんで従うなんてありえないから、凄い兵器で強制的に侵略するしかない」
「そんなことをしたら、地球環境が壊滅的なことになる」
「クリーンな武器とかないのか?」
「人類と戦争ということになれば、間違いなく生態系を破壊してしまう。」
ソラスは箸で、動物の内臓をつつきながら、深刻なことを言う。
僕はいいアイデアを思いついた。
「そうだ。実際に戦わなくても威嚇すればいい」
「巨大ビルをひとつやふたつ程度破壊しても人類は驚かない」
「それなら……」と僕は切り出し、これから何を言おうか考えた。ソラスがじっと見つめるので、慌てて、
「キズキヨーコに頼んで、海を純金に変えて、陸地の温度をあげていけば、海の上に避難するはずだ。その間に陸地を支配して、従う人間だけ上陸させる。魚がとれないから、全人類分の古代ローマ料理を用意して、金の皿に盛りつける」
と、出鱈目なことを言ってしまった。
「よし。それで行こう」といってソラスは立ち上がった。
すると、急に部屋の温度が暑くなった。
急に真夏になったような暑さだ。ソラスの決断早すぎ。
「こんな暑さで鍋なんか食べられるか」
と僕は文句を言い、モツ鍋にほとんど手をつけないまま階下に降りた。少し食べた記憶はあるが、どんな味だったか思い出せない。
一階n厨房では、経営者が、「火事だ。火事になるよ」といって、急な気温の上昇に慌てている。
僕はすぐに外に出た。国連の職員ともあろうものが、スーツを脱いで、ワイシャツの前をはだけている。
それから、僕は市内のホテルに泊まった。
その日のうちに、緊急記者会見が行われた。日本政府関係者も国連職員も僕のことなど忘れているのか、事前に連絡がなく、僕はホテルのテレビで偶然観て、初めてそのことを知った。
宇宙人が地球に住むため、有害となる細菌を殺菌するための処置をする必要があり、当分の間、すべての人々は陸地を出て、海に避難してくださいという内容だった。
みんな本気にしていなかったが、それから本当に毎日一度ずつ気温が上がっていき、人類の半分くらいは黄金と化した海上に避難した。
陸に上がれず、魚がとれないのに食べるものには困らなかった。だけど、ローマ料理ばかりで飽きてきた。
ほとんどの人間が少なからず精神がおかしくなったが、それなりに楽しそうだった。毎日温度が上がるので、陸上の温度は摂氏百度を超え、森林は燃え、環境は以前に増して破壊された。
これでは話が違う。
僕はキズキヨーコを探した。文句を言うためだ。
向こうも僕の行動を観察していたようで、探し始めて数分もしないうちに、彼女は見つかった。
彼女は、木製の屋台でアイスクリームを売っていた。最初に会ったときのファミレスの制服姿だった。
アイスクリームはバニラしかなく、ひとつ一ドルだった。外国人が何人か屋台のそばで立ったまま食べていた。
彼女は僕に気づくと、
「ローマ料理ばかりで飽きたでしょう。口直しにおひとういかがですか」
と声をかけてきた。
「話が違うだろう。何が環境破壊から地球を救うだ。これじゃ生物絶滅だ。騙したのか?」
早速文句を言ったが、僕なんか騙しても何のメリットもない。
「そっちで決めておいて、なんで私のせいにするの? ソラスと話合ったのあなたでしょ」
「そうだけど、このままじゃまずい。どうにかしてくれ」
「どうにかじゃわからない。具体的にお願いします」
「陸地の温度と海を元通りにしてくれ」
「わかったわよ」
そう言ったとき、彼女は機嫌が悪そうだった。
金の海は、あのときと同じように本物の海に変わった。
人間とローマ料理は海に沈んだ。
だけど、彼女と屋台だけ海の上に浮かんでいる。
僕は屋台の細い柱をつかみ、
「なんてことしてくれるんだ。お前達全員宇宙から出てけ」と怒鳴った。
「わかった。もう出ていくよ」
彼女がそう言うと、屋台と彼女の姿が消えた。
ということは、
僕がおぼれることになる。
「後生だから助けてくれ」
そう叫ぶと僕の体は寮の部屋にいた。
全部、夢だったのだろうか。
テレビを点けると砂嵐だ。
窓から外を見ると人がいない。
事実だったようだ。
ほとんどの人間が溺れ死んで、人間が作った建物は残っている。多くの工場や発電所などは自動で動いているのだろう。
原発や化学工場などが、いたるところで爆発する。
これから起こる。環境破壊は想像を絶するものになる。
僕のせいだろうか。
「キズキヨーコ、いたら答えてくれ」
いくら呼んでも返事がなかった。
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