第2話 ごくありふれたファミレスのレジ係(2)

 それから僕達は、海浜公園のあるほうへ歩き出した。途中でこれは夢にしてはリアルすぎるということに気付いた。町並みが現実のものと寸分変わらなかったからだ。でも、たまにはこういうこともあるさと自分に言い聞かせた。


「君はどこから来た?」

 夢の中の相手にそんな質問は変だが、僕はここが現実という設定で過ごすことにした。夢だと意識すると白けてしまうからだ。

「どこからって、少し前までいた場所のこと?」

「当たり前だろう」

「私がキズキ・ヨーコの前に使っていたキャラクターは、少し前まで他の宇宙で活動してたけど、私自身はどこにも行かなくて、ずっと同じところにいるの。あなただってそう」

「何を言っているのか、さっぱりわからない」

「それなら少しヒントをあげる。ホログラフィック原理って知ってる?」

「ホログラフィーならわかるけど、原理なんか知らない」

「ブラックホールのエントロピーが体積ではなく表面積に比例することから、空間そのものは幻で、宇宙は境界の表面に刻まれた情報のホログラムという考えなんだけど、もう少し簡単に言うと、宇宙全体が二次元平面に保存された情報の投影であるという考え。もっと簡単に言うと、宇宙が3D映像だってこと」


「僕も映像なのか」

「あなたの手も足も脳みそもみんなヴァーチャルな映像だけど、あなたは違う。映像を描く立場。自分目線でイメージを作り出し、それを現実ということにしてるの。映像の元となるのは情報。全ての本質は情報にあり、エネルギーと物質は副次的なものにすぎないの。だけど、あなたは情報ではなく、情報を処理するSOC(システムオンチップ)的存在」

 最近では、パソコンやスマートフォンのCPU(中央処理装置)のことをSOCと呼ぶ。演算の主力であることは変わりないが、以前は他の半導体で行っていた画像処理や入出力などの機能を内蔵するようになっているからだ。


「情報を3D映像にしたとすると、ゲームみたいなものか」

「そう。あれがあると説明がわかりやすいね。ないところに行くと説明が大変で大変で」

 彼女は僕を見つめると、

「鶏が先か卵が先かって命題があるじゃない? みんな宇宙に生命が発生したと思っているけど、実は逆で、最初から生命があって、それが集団で宇宙を描き出しているの。生物は、そのひとつひとつの生命が操っているキャラクター映像なの」

「そんな馬鹿な話があるか?」

「あなたの反応は常識に基づくものだけど、常識なんて時代とともにどんどん変わっていって、天動説だって昔は常識だったじゃないの。今の素粒子学なんか、四つの力とか、ゲージ粒子とか、いろいろと面倒くさい説明をつけて、辻褄を合わせてるけど、実際に観測できないから、本当にあってるかどうかなんてわからない。

 恒星から飛び散った一部が惑星となって、恒星の周りを回り、その一つ地球に生物が発生し、いろんな偶然がうまく積み重なって、都合よく人間が活動できる環境が整うなんてことが本当に起きたと思える?」

「まあ、奇跡に近いことは認めるよ」

 一説によると、地球に生物が偶然発生する確率は、海の中に腕時計の各部品を投げ込み、水流だけで組み立てられる確率と同じという。都市伝説の類かもしれないが、限りなくゼロに近いのは確かだろう。


「進化した生物の脳内パルス信号がまとまって、意識を持つようになって、自我が生まれ、人間の社会ができたの?

 それよりも、意識と感覚を持つ知性が、自分にふさわしい生物のイメージを投影し、それを自分だと思って、共同で活動の舞台となる宇宙も描いていると考えたほうがいろいろなことが説明つくと思うけど。

 生まれ変わりの現象だって、今の常識じゃ説明できないでしょう?

 意識が脳内の活動だとしたら、ある生き物が死ねば、その時点で意識は消滅するはず。だけど前世の記憶を持つ子供の話は世界中で報告されているじゃない」

 前世を語る子供の証言を調べたところ、どうしても偶然の一致で説明できないことがあるのは、よくしられたことだ。

「心の持ちようが身体だけじゃなく、引き寄せの法則みたいに運命にまで影響するのも、現実そのものが自分で描き出したイメージだから」

 笑うと健康にいいとか、スポーツのイメージトレーニングとか、努力すると成功するとかも、古典的物理モデルでは説明が難しい。


「あなたは今のこの状況が夢だと思ってるけど、その夢だって、自分がいる場所と自分を描いたものだよね。夢の舞台は、目の前の光景だけしか存在しないけど、現実も似たようなもので、共通のデータをもとに個々が目の前の映像だけ立体化しているの」

「現実も夢の一種ね……」

 僕は立ち止まり、夜空を見上げた。そのとき、オレンジ色の円盤が小刻みに上下しながら、西の方角に飛んでいたのを目撃した。


「UFOか」

 UFOを見ても冷静でいられるくらい、彼女の存在は奇妙だった。UFOを見た人間など百万人以上いるに違いない。だけど、キズキ・ヨーコみたいな存在に出会った者はほとんどいないだろう。

「あれも私が描いたイメージ」

「なんだ。本物かと思った」

 もう本物でも偽物でもどうでもよかった。

「本物だよ。だって他のUFOも、人間がイメージしたものが投影されただけだから」

「なんだ。結局、UFOなんてインチキか」

「インチキじゃなくて創造物。地球も宇宙も分子も生物も全部、あなたたちが創造したの。正確にはあなたたちの集合意識。最近は宇宙人やUFOにも手を出してる」


 バス停のところにバスが停まった。客が何人か降りてきた。その中に知り合いがいた。

彼女といるところを見られてはまずい。僕は夢であることも忘れて、本気で焦った。

 それで、「先に公園に行ってて」と、彼女に言った。

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