第3話 中世の世界観は正しかった(1)

 僕は遅れて公園に着いた。かなり大きな公園で、テニスコートや野球のグラウンドまである。夜なので人はいない。彼女も一応人の姿なので、彼女もいないということだ。その代わり奇妙な物体というか、立体映像があった。

 そこにあったのは、一辺が二メートルほどの立方体だった。その中を無数の輝く粒子が飛び回っている。

「もう着いたの? 早かったね」

 いきなり立方体に話しかけられて驚いた。

「それが君の正体?」

「勘違いしないで。これが私の姿そのものじゃなくて、説明に使うため、わかりやすいように適当に選んだだけだから。とりあえず、これを私とします」

「SOC的存在というやつか。むしろPC的存在だな」

 基板に搭載されている現実のSOCはどれも平たいが、記憶装置やメインメモリまでワンチップに含まれ、パソコンと同様の機能があるなら立方体でかまわない。

「物わかりいいね」

「丸顔と思っていたけど、本当は四角いんだな」

 僕は冗談を言った。冗談を言う余裕があったわけではなく、冗談でも言わなければやりきれなかったからだ。

 彼女は僕の冗談を無視して、

「まだどこの宇宙にも参加していません。この状態でも思考や感情があるから、計算能力の15パーセントくらい使ってます」

 そう言うと、立方体の下から15パーセントくらいが赤く染まった。

 立方体の一つの面からレーザー光線のようなものが出て、一メートル先の空間に銀河系がいくつもある映像が浮かんだ。

「ではあなたがたの宇宙に参加します。宇宙の計算に協力するため、20パーセントを提供します。参加者が増えれば、宇宙はより発展します」

 赤色の部分が増えた。

「SOCの計算能力の35パーセントを使って、宇宙というイベントに参加した状態ということだな」

「おっしゃる通りです」

 声はさっきまでと同じだったが、返事が機械的になった。人間の姿をとることはあっても、もともと異質な存在なのだろう。

 それからすぐに銀河系の映像は消えた。代わりに白い小さな球が動き回っている。 

「テレビのオカルト特集でオーブと呼ばれるものです」

「オーブって魂じゃないのか」

 僕は、オカルト番組はインチキかやらせだと思っていた。だけど、この状況はオカルトすらまともに思えるほど異常だった。

「この宇宙に参加した証拠というか、何か目印がないとまずいでしょう。消すこともできるけど。それでは変身!」

 オーブは、次第に人間の形をとっていく。最終的に半透明のキズキ・ヨーコを映しだした。

「これがいわゆる幽霊です。画像データを立体映像にするんだけど、能力によって濃さが違ったり、足がなかったり、顔がくずれたりします。喉もないけど過去の声紋データから声を合成できます。計算量はごくわずかで済むので、幽霊は計算力に余裕があります」 

 幽霊は僕に握手を求めてきた。僕は応じたが、さすがに幽霊の手は握れない。

「ちょっと待った。ホログラフィは光がいるし、声を出すなら空気振動が必要だ。物理的にどう説明つけるつもりだ?」

「物理法則は法律です。法律が破られる場合もあります。細かく言うと、物理法則で計算したデータを修正してしまうのです。幽霊が椅子を倒すイメージを強く描くと、その動きが数値化され、幽霊の思いが物理法則を破るだけの強さを持っていれば、椅子の空間座標データが変更され、椅子が倒れることもあるのです」

「なるほどね。政治家が圧力をかければ、法律も関係ないのと同じだ」

「それでは人間になります」

 彼女がそう言うと、幽霊の映像は突然リアルになった。生身の人間に変身したようだ。握手してみると、感触があった。

「肉体のデータはすごく多いので、これだけでCPU負荷プラス30パーセント。一応、細胞ひとつひとつ処理してるから、計算量が半端ありません」

 立方体は半分以上赤くなった。

「まだ大分残っているじゃないか」

 無知な僕はそう言った。

「操作するキャラだけじゃなくて、周囲の環境との調整や運命、その他いろんなことに計算が必要だからいつもぎりぎりです」

 9割方が赤くなった。

「ところが……」

 高校生くらいのキズキ・ヨーコは、どんどん若返って幼稚園くらいになった。

「これなら体が小さいから、負荷は半分の15パーセント。15%も余分に使えるから、子供は元気がよくていろんな可能性があるんです」

 それからまた急に年をとり出し、腰の曲がったしわくちゃの老婆になった。同時に立方体は全て赤く染まった。

「おばあさんって体が縮んでるけど、細胞が老化してるから、計算量がすごいの。これで約50%。年をとると計算負荷が上がるから、オーバーキャパシティになると、キャラの維持ができずに、死んでしまいます」

「漫画で老人を描くのと若者を描くのと子供を描くので、どれが早く描けるかみたいなものだな」

 我ながら秀逸な比喩だった。だけど、

「う~ん、ちょっと違うかな」だと。

 

 次は細胞の拡大した図が投影された。

「写真だとわかりづらいから図でいくね。これが通常細胞です」

 ぐにゃぐにゃした微生物のようなものがたくさんある。

「これがガン細胞」

 通常細胞に較べて、中のぐにゃぐにゃは少ない。

「ガン細胞のほうが計算が少なくて済むから、計算能力が足りなくなると、ガンになるんです。DNAの複製ミスでできた手抜き細胞がガンです。老化やストレスでも計算資源を消費しますから、ガンになりやすくなります」

「肉体がSOCによるシュミレーションだから、笑うと健康にいいみたいに、精神の持ち方が体に影響するんだな」


  彼女は、自分を説明するためと言っていたが、おそらく誰にでも当てはまるのだろう。人間、それ以下の生物も、実体は計算したり、感じたり、意識したりするSOC的知性で、幻想としての宇宙に参加し、宇宙の運行の演算の一部を受け持ち、能力の限界まで、自分だと思っている生物の身体や周辺環境のデータ処理を行い、経験の蓄積や老化に伴うデータ量の増加に耐えきれず、死を迎え、また新しい体でやり直す。


 もうそんな説明はどうでもいいから、彼女のことが知りたかった。それで、

「君は何歳だ。どこの学校に通ってる? もしかして宇宙人か。何が目的だ」と聞いた。

「私はこの宇宙に来て二週間。だけど十八年前にとある家庭に生まれたように、その家族の記憶を修正済みです。 

 いわゆるあなたがたのいう宇宙人ではなく、ある目的があってこの宇宙に参加しました。今は一般人の場合の説明をしていますが、実は計算能力がとてつもなく高くて」

 立方体は、公園全体を占めるほど巨大化した。

「この一億倍くらいの大きさだと思ってください」

 彼女がそう言うと、一辺二メートルに戻った。

「僕達のいう宇宙人って何だ。他の惑星からUFOに乗って来てる目のつり上がった生き物でいいのか?」

 僕はオカルトは信じなかったけど、UFOの類は半分信じていた。その理由はこの広大な宇宙のなかで、地球だけに文明が発達したとは思えなかったからだ。

「今、地球に来ているUFOと中の宇宙人は、あなたがた地球人が創造したものです」

「さっきもそんなこと言っていたな」

「いきなり宇宙人は難しいから、まず宇宙の創造について説明します」

 そう言ったくせに、キズキ・ヨーコと立方体の姿が消えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る