朝焼け、海の街。

桐谷千代

~プロローグ

つい、一ヶ月くらい前の事だ。

早朝、隔日毎に海岸沿いの広場から心地の良い音楽が聴こえてくるようになったのは。

朝の弱い僕には来る眠気に逆らうことが出来なく、到底この音楽を生では拝めないんだろうと思いながら二度目の深い眠りに落ちていった。













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つい、三日前の事だ。

到底叶わないだろうと思っていた生演奏を聴いたのは。

その日の前日は偶然にも以前ハマっていたゲームの新作の発売日で、僕はオールでゲーム攻略をしていた。

時計が午前5時を回った所で眠気が来て、さあ寝ようと欠伸をした時、思い出したのだ。その日はあの音楽が聴ける日であると。

僕の実家は地元では有名な海水浴場の裏路地にあり、少し歩くとその海岸に着く。夏には大賑わいのため、近くの親戚が父の趣味でやっている海の家を手伝いに来てくれる。尤も、僕も偶にそこでバイトをしているのだが。とまあ、そんなことはどうでもいいのだ。

そういう訳で演奏地である海岸の広場へは少し歩けば着く場所にあるので僕は眠い頭を懸命に起こして上着を手に外へ出た。

春の海はなんとも表現出来ない色をしている。

僕個人としては冬の海の色が深い青色で好きなのだが、妹は何かが出そうで怖いと否定してくる。

まだ寒い春の海岸沿いで汐風を浴びながら目的地へ向かう。その場所には既に観客と思しき人々がちらほらと数人見えた。


「おお、仁科(にしな)の。」


広場に着くと既にそこに居たご近所さんの内海のおじさんが僕に声を掛けてきた。というか、こんな所にいるような人は殆ど知り合いだ。


「どうも、おはようございます。内海(うつみ)さん」


「大きくなったなあ!ほれ、数年前はこーんなんだったじゃろ」


そう言い、おじさんは腰のあたりに手を当てる。


「何年前の話ですか。僕もうすぐ21ですよ」


「そうか!早いのー、大学生か?」


「はい。A大に」


と此処からは少し遠い場所にある大学名を出す。


「おお、春休みか?」


「そうです。普段は大学の近くで一人暮らししているので」


「やけ、最近見んかったんやのう」


「はは、元気ですよ」


「なら良かったわ…と、本命の登場や」


おじさんと雑談していると周りが少しどよめき、一人の女の子が広場の真ん中に立った。


「おはよう瑠璃ちゃん。」


彼女に一番に声を掛けたのは、この海岸沿いでも橋の方に家がある佐藤さんだ。話した事は殆ど無いが、ご近所付き合いやら父関連やらで面識はある。


「おはようございます、佐藤さん。いつも聴きに来ていただいてありがとうございます」


「年寄りにはこれくらいしか楽しみがないからの」


「やだ、まだお若いじゃないですか」


綺麗な声だった。

ただの挨拶だったのに、そう思ってしまった。


その子はすぐに背中に背負っていたギターを取り出し、少し音程を合わせ始めた。


「…la------」


声と共に同じ音を弾き、微調整を重ねていく。


「…あ、今日は新しい方がいますね。」


と、聴衆の中心に立ったその子は僕を見てそう言った。

いつの間にか集まった人々はざっと20人はいると思う。まさか、その全員を覚えているというのだろうか。


「お名前は?」


笑顔でその子は僕に問い掛けた。


「仁科…仁科、透(とおる)」


「仁科さん。私は小宮瑠璃(こみやるり)と言います。来て頂いてありがとうございます」


ニコッと。それはそんな効果音が付きそうなくらい綺麗に。彼女は僕に微笑んだ。


「律儀やのう…」


隣にいた内海のおじさんが呟く。恐らく彼女は此処に集るみんなに対してこうなんだろう。

しかし、不覚にも意識してしまった。

彼女、小宮瑠璃という女性の存在を。


「今朝も、皆さん来ていただいてありがとうございます。今日は、3曲だけ。」


彼女は肩にかけるアコースティックギターを持ち、邪魔だと言わんばかりに長い黒髪をバサッと、後ろに振り払った。

刹那、朝焼けに透けた髪は瑠璃色だったと僕は思う。

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朝焼け、海の街。 桐谷千代 @chiyokiriya

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