星団(8/9)

興奮した和哉の目線の先に、笠井も「8」のかたちのオリオン座を見つけた。

塗料の濃い五つの星が、横一列の星の周りで煌めいている。

「この前ね、プラネタリウムに行ったの……ちょうどこんな天体図だったわ」

見上げた姿勢で、香苗が息子を代弁した。

今日まで何時間もこの店にいたのに、星空を意識しなかったのが笠井には不思議に思え、もしかしたら、どこかの職人が絵を描き加えたのではないかと、ありもしない想像をする。

「いろんな季節の星ね……」と香苗。

カシオペア座のWがガラス窓から差し込む陽射しとシンクロし、心を奪われた和哉が他の星座も追いかけていく。

「あそこに、僕のおうし座があるよっ!」

五月生まれの自分の星座を見つけて、いっそう気負った声をあげた。

「ほんとね。牛の角と前足だわ」

「プレアデス星団だ!!」

牡牛の輪郭をなぞる母親の隣りで、息子が難しい名を滑舌よく叫ぶ。

「プレア、デス?」

しどろもどろに笠井が問いかけると、正面に向き直った香苗が口元を弛めた。

「プレアデス星団の日本語名は昂(すばる)よ。歌にもあるでしょ? 和哉はね、星座が気に入って、怪獣の名前を記憶するみたいにカタカナで覚えてるの」

それから、ティーカップに手を伸ばし、「暗記はわたしの指示じゃないわよ」と舌を出した。

2ヵ月前の息子はウルトラマンの人形をテーブルに乗せ、バルタン星人、レッドキング……と、父親にとって懐かしい怪獣の名前を連呼していた。頭上の宇宙の中に、M78星雲もあると信じているにちがいない。

「プレアデス星団っていうのはね……昂は、牡牛座にある星の集団なのよ。肉眼では六個の星がかたまって見えるけど、実際には百個以上の集まりなんだって」

昂がひとつの星の名前ではなく、星団の名称であること、地球から400光年の距離にあること――香苗はプラネタリウムで得た知識をひととおり披露して、再び天井を仰いだ。

和哉が「いち、に、さん……」と指を折って、星を数えていく。

肉眼で見えない光も、たとえば、視力の優れた動物の目には映るのだろうか。あるいは、人間の身体が進化して、望遠鏡がなくても見つけられる日が来るのだろうか。

笠井は部活動の帰りに畦道で見た夜空を思い出す。あの頃、すべてのものが見える気がした。何もかもが明るく輝いていた。

そして、ふと、東が居酒屋で言った「いまは小さな星で十分」のセリフを思い出し、片側の頬でひっそり笑った。

「あなた、どうかした?」

「いや……いろんな星があるんだなって」

「この前会ったときより元気そうだから安心したわ。和哉がいるのといないのとでは大違いなのね」

出来の悪い子を見守る感じの香苗の眼差しに、笠井はいつもの苦笑いを浮かべる。

パレードにも邪魔されず、父親と母親と息子の三人は星空を眺め続けた。

「……そう言えば、三井さんに連絡できるかもしれないぞ」

落ち着いた口ぶりで切り出した笠井に、香苗は目を丸くした。

「この前、東に会ってさ。あいつが、いまの三井さんの居場所を知ってるんだ」



(9/9へ続く)

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