第10話『心のままに』

学校へ向かうホームで電車を待っていると、後ろから不意に肩を叩かれた。


振り返ると智史が少しはにかんだ笑顔をして立っていた。


「夏希、おはよう」


「智史おはよう、今日はいつもより遅いんだね?」


智史から声を掛けられたことに少し戸惑いながら返事をした。


「ああ、遠野に学校に一緒に行こうって誘われて‥あっちの駅の改札で待ち合わせてるんだ」


「そう、七海と待ち合わせ‥」


「勘違いするなよな、遠野がどうしてもって‥お弁当のこともあるし‥」


「別にわたしに遠慮しなくていいよ」


「遠慮なんてしてないよ、でも‥」


「でも?」


「遠野って夏希の親友だし、男子から人気あるんだろ?」


「そうだよ、一年生の時は大変だったよ、わたしに仲介してくれって、色んな男子から頼まれてさ、人気者の親友も楽じゃないよ」


「そりゃ大変だったな‥俺、みんなから恨まれないかな?」


「大丈夫だよ、智史が七海と一緒にいても、誰も文句は言わないよ」


「どういう意味だよ?」


「二人はお似合いだってことだよ、同じクラスの女子達もそう言ってたよ」


「夏希、俺はそんな気は‥」


「じゃあ断れば‥一緒に学校行くの」


「夏希‥」


「わたしが智史と一緒に学校に行ける訳じゃないから‥」


そう言ってわたしは智史から離れようとした。


「行けるよ、学校ぐらい‥」


「えっ?」


智史の言葉に驚いて声を上げた。


「智史‥今‥何て言ったの?」


「いや、あの‥その‥」


「冗談なんでしょ?‥そんな気ないくせに」


「冗談なんかじゃないよ!行けるよ、今日から一緒に行こう」


智史‥


「ダメだよ、七海と約束してるんでしょ?悪いよ」


「何で悪いんだよ、三人で一緒に行けばいいだろ?」


「智史は何もわかってないな‥わたしは遠慮しておくよ」


「夏希‥」


わたしと智史はホームに入線してきた急行の同じ車両に乗って学校へ向かった。


車内は混雑していて、わたしは智史の隣から離れられなくなってしまった。


「智史、駅に着いたら離れて歩いてよね」


「どうして?一緒に歩くからな」


「どうしてって‥そんなの‥」


「夏希は言ったよな、俺は変わってないって‥」


「うん‥」


「俺は知りたくなったんだ‥心のままに夏希と向き合って自分がどっちなのか‥それがどういう答えになっても‥」


「智史‥」


「だから‥一緒に歩く」


「知らないからね‥どうなっても」


「夏希に迷惑は掛けないよ」


智史が笑って答えた。


七海、怒るだろうな‥


急行は一駅で学校のある駅へ到着した。

わたしと智史は電車を降りると一緒に歩いて改札に向かった。


改札で七海が待っていた。

わたしが智史と一緒にいるのを見つけると一瞬表情を曇らせた。


「おはよう!神谷君と、な・つ・き」


七海がわたしの名前を誇張して声を上げた。


やっぱり怒ってるよ‥


「神谷君、夏希と一緒だったんだ‥?」


「ああ、偶然地元の駅で会ってさ、遠野が一緒だからって夏希を誘ったんだ」


「へ〜っ、そうなんだ?」


七海がわたしをジロっと睨んだ。

だから言ったんだ‥

七海はわたしを疑っているに違いない


「夏希を責めないでくれよ、夏希は遠慮するって言ったんだけど、俺が強引に誘ったんだからさ」


智史が七海に向かって言った。


「別に責めてなんかいないよ‥夏希は親友なんだから、もちろん一緒に三人で行こうよ!」


七海は表情を変えて笑顔で髪をかきあげながら言った。


「よし、じゃあみんなで行こう」


智史はそう言うとロータリーを渡って学校へ向かって歩き出した。

一人の時と違ってわたしと七海に合わせてゆっくり歩いてくれている。


「七海、ごめんね‥」


わたしは小声で七海に謝った。


「気にしないで、わたしが抜け駆けしたからバチが当たったんだよ」


七海は小声でそう言って笑った。

良かった‥七海の機嫌は悪くないようだった。


「夏希、ほら大丈夫だったろ?」


智史が小声でわたしに言った。


わたしは舌を出してアカンベをして智史に返した。

智史は気にする様子もなく笑っていた。



教室に入るとわたし達は注目されてしまった。


「何だよ智史!朝から両手に花かよ!羨ましい過ぎるな!」


真一が智史に向かって冷やかすように言葉を掛けた。


智史は臆することもなく、


「そうだな、両手に花だね‥真一は上手いこと言うよな」


そう言って笑いながら席に座った。

わたしも自分の席に座ると、


「夏希、明日も一緒に来ような、ホームで待ってるから」


智史がそう言って前を向いた。


智史はどうしたんだろう?

心のままにって‥わたしは智史の態度の変化に戸惑っていた。


喜んでもいいのか?それとも、わたしのことはもう何でもないから気にしなくなったのか‥わたしはどう捉えていいのかわからなかった。


少なくとも智史は何かが吹っ切れたように見える。七海はいつもと変わらない様子に見えるけど、内心は穏やかじゃないだろうな。


そもそも七海はどうして智史を好きになったんだろう?

智史とどこで接点があったのだろうか?


七海に聞いてみたかったけれど、それを聞くとわたしも智史とのことを話さなければいけなくなってしまう。


もう話してしまってもいいのかもしれない。

わたしは戸惑いながらも智史の態度の変化に期待している自分がいることを認めざるをえなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る