第9話『美化委員会』
今日はこの前に決まった美化委員会がある日だった。
午後の授業が終わると智史に声を掛けた。
「今日の美化委員会だけど、智史は行くのかな?陸上部が忙しかったら、わたし一人で行くから‥」
「大丈夫だよ、俺も行くよ」
智史が優しい口調で言った。
わたしは頷くと智史と一緒に教室を出て、並んで美化委員がある教室まで廊下を並んで歩いていた。
こんな風に高校の校舎を智史と並んで歩くのが夢だったんだ‥
「なあ、夏希」
智史が不意に声を上げた。
「何?」
「いつの間に料理なんて覚えたんだよ?」
「いつの間にって‥」
「真一に‥作ってたのか?」
智史がボソッと言った。
智史の言葉に落ち込みそうになったけど、気を取り直して智史の顔をしっかりと見つめて答えた。
「生まれて初めて作ったんだよ‥」
「えっ!本当に?」
智史はとても驚いた顔をしていた。
「本当だよ‥智史のために一生懸命にね」
「夏希‥」
「智史、わたしは真一のためにお弁当を作ろうなんて思ったこと無いよ」
「そっか‥」
智史は短い返事をした。
「智史、わたしは智史からの手紙を読んでとっても嬉しかった。でも智史をどれだけ苦しめていたのか改めてわかったんだ。わたしの智史に対する気持ちは、あのお弁当に全力で一つ残らず込めたつもり、今のわたしに出来る精一杯をね、でもそれを一方的に押し付けるつもりはない、わたしは智史に何を言われても、どんな風に思われたって仕方がない‥今みたいにわたしへの気持ちをストレートにぶつけて欲しいだけ」
「夏希‥おまえ」
「さて、美化委員会ってどんな仕事なんだろうね?」
「‥どんな仕事でもやるしかないだろ?」
「そうだね、智史がいるから大丈夫だよ」
「それは俺の台詞だよ、中学の時だって夏希がいたから上手くいったんじゃないか!」
「そうかもね〜だったらわたしのお陰かな」
「夏希!自分でよく言うよ!」
智史がそう言って笑った。
その後すぐに智史はハッとして表情を曇らせた。
ほんの一瞬でもあの頃みたいに話すことが出来た。
憎まれ口でも、嫌味でも何でもいい‥智史と話しが出来れば‥
今のわたしはその方がよっぽどいいと思った。
美化委員会が行われる教室に入ると、既に何人かの生徒が集まっていた。
「二年五組の神谷と菊森です」
智史がそう言って空いている席に座った。
わたしも智史の隣に座った。
美化委員は中学の時のように教室の清掃道具の管理と廊下や昇降口、中庭等の共用部の定期清掃を担当するのが仕事だと説明があった。
二年五組の分担は週に一度の中庭の清掃に決まった。
「中学の時の方が大変だったな」
智史が言った。
「そうかもね」
わたしは智史に答えた。
美化委員会が終わって教室を出ると智史が言った。
「俺が夏希の弁当をまた食べたいって言ったらさ‥」
「‥いくらでも作ってあげるけど、味の保証は出来ないよ、うちのお母さんが言ってたよ、最初にしては出来過ぎだって、ビギナーズラックだよ」
そう言ってわたしは笑った。
「そうかな?あんなに美味しいお弁当は今まで食べたことないよ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ、でも七海のお弁当には勝てないよ」
「俺は夏希の方が‥」
「それは智史の胸にしまっておいた方がいいよ」
「夏希‥」
「七海も智史のために一生懸命に作ったんだと思うよ」
「そうだな」
「七海にわたしの中学の頃のこと聞かれたんでしょ?」
「ああ、でも答えなかったよ」
「どうして?」
「だって‥俺は夏希を客観的に見たことがなかったから、答えようがないよ」
「いいんだよ、思ったことを何でも話して」
「そんなこと言えないよ、俺はあの頃、夏希だけを想って生きてたから‥」
「そっか‥今は違うんだよね」
「手紙にも書いたけど‥わからないよ」
「わたしは変わってないよ、真一とは本当に何でもないんだ。でもそれを言ってもね‥」
「夏希‥その話はしたくない」
「そうだよね‥部活頑張ってね!」
わたしは智史に手を振って一人で廊下を歩き出した。
「夏希!」
智史の言葉にわたしは振り返った。
「俺は、俺は変わったのかな?」
わたしは少し考えて、間を置いて返事をした。
「変わってないと思うよ、だからわたしを許せないんだよ、それは仕方がないと思うよ」
わたしはまた智史に背を向けて廊下を歩き出した。
智史とこんなに話をしたのはいつ以来だろう?わたしは智史とあの頃のように戻りたいけれど、もうそんな日は永遠に来ないのかもしれない‥
少しだけ西に傾いた日差しが校舎の窓から差し込んだ穏やかな放課後の廊下を部室に向かって歩きながらそう思った。
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