第8話『青春のリグレット』

わたしがショートカットにしたのは智史が絶対似合うと言ったからだ。


ニンジンが苦手で食べられなかったけど、智史が好きだって言ったから必死に克服した。


好きな音楽も洋服も‥とにかくありとあらゆる智史の好みを聞き出して‥


あの頃のわたしは智史に好かれたくて全力だったんだ‥


中三の三学期が始まったある日の放課後、智史に校舎の裏に呼び出された。

もしかして告白なのかなって思った。


「夏希、俺、推薦の合格通知が届いたよ!」


「えっ、本当に!?」


「ああ!行きたかった駅伝強豪の高校のセレクション受けただろ?是非来てくれって!」


「智史、やったね!おめでとう!」


「ありがとう!夏希に真っ先に報告したくて‥さっき学校に連絡があったんだ」


「良かったね」


「うん!」


智史は嬉しそうな顔をした後、すぐに表情を曇らせた。


「どうしたの?」


「ああ、でも‥これで夏希と同じ高校には行けないんだと思ってさ‥」


「仕方ないよ、智史の夢が叶ったんだから!」


「夏希‥俺さ‥ずっと夏希がさ‥」


「うん‥」


ドキドキしながら智史の次の言葉を待った。


「あれ!二人してこんなとこでコソコソ何してるのかな?」


偶然通りかかったのは同じクラスの木村と言う男子で、いつも嫌味なことばかり言って嫌われている奴だった。


「別に、何もしてないよ‥」


智史が応えた。


「ふ~ん、菊森と神谷はやっぱり出来ていたのか?」


「何よ、あんたには関係ないでしょ!」


「そうなんだ‥関係ないか‥都司が聞いたらさぞ嘆くだろうな?都司も菊森のことが大好きだからな!」


「やめてよ、真一は関係ないんだからね!」


「夏希、ほっとけよ、こんな奴無視したらいいんだよ」


智史がそう言ってわたしの手を引っ張ってその場を離れようとした。


わたしはせっかく智史と二人っきりの場を邪魔されたことでかなり腹が立っていた。

こいつさえここに来なければ智史から‥


「ふ〜ん無視かい?まあいいや、都司やクラスのみんなにバラしてやるからな!」


その言葉に頭にきたわたしは、木村の方へ歩みを進めると軽く突き飛ばした。


「そんなこと絶対しないでよね!」


「お前‥ふざけるなよ!」


木村が思い切り平手でわたしの頬を叩いた。


「痛っ!」


叩かれた勢いでわたしは地面に倒れこんでしまった。


「夏希!」


その瞬間、智史が木村を蹴り飛ばした。

彼は顔面から地面に倒れこんで、起き上がると顔から血が出ていて、どうやらどこかにぶつけて額を切ってしまったようだ。


「痛て!何をするんだよ!血が出てるじゃないか!痛いよ!」


木村は救急車で病院に運ばれ、幸い大事には至らなかったけど、額の傷口を三針縫う処置を受けた。


木村の父親がPTAの会長だったこともあって、この件は大きな問題になってしまった。


学校はわたしや智史から事情を聞いて寛大な処分を求めたが、木村の父親は頑として譲らず、智史は3日間の自宅謹慎になってしまった。


このことは智史が推薦合格通知を受けていた高校にも知れることになり智史の推薦合格は取り消されてしまった。


あの時に智史の言うことを聞いてあんな奴を相手にしなければ‥智史は今頃‥

わたしは智史に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


智史の推薦が取消されたその日、わたしは智史に呼び出された。


「夏希が気にすることないからな」


「ごめん智史‥わたしが智史の言うことを聞かなかったばっかりに‥智史の夢を壊してしまったんだ」


「それは違うよ‥俺が悪いんだ、あいつが夏希に手を上げたから、俺、カッとなっちゃって、許せなかったんだ、絶対に許せなかった‥」


「智史‥」


「もう忘れよう、夏希と同じ高校にも行けるし、これで良かったんだよ」


智史が無理してるのはわかっていた‥かえってそれがわたしには辛かった。


わたしはただ、智史の前で泣くしかなかった。


そんな様子を見かねたのか智史はわたしの頭を撫でながら言った。


「泣くなよ、夏希は笑顔が一番だよ、せっかくの美人が台無しだぞ」


智史が少しハニカミながら言った。


「智史ありがとう‥わたし」


「さあ、受験勉強頑張らないと!夏希と同じ高校を受験するからな!」


「智史はわたしより勉強出来るんだから大丈夫だよ」


その日、わたしは智史と初めて二人っきりで学校から帰った。


はっきり口に出して言わなかったけどお互いの気持ちは既に十分伝わっていたと思う。


そんな優しい智史とわたしは同じ高校に通ってきっと付き合うんだろうなって思ってた‥

わたしさえあんなことをしなければ‥



それは都立高校入試の前日のことだった。

帰る支度をして教室を出ようとすると真一に呼び止められた。


「夏希‥お願いがあるんだ」


「お願い‥何?」


「うん、みんながいなくなってから話すよ」


「そう‥」


そう言って真一が下を向いた。

真一らしくないな‥そう思った。


みんなが帰った教室でわたしは真一と二人きりになった。


「何なのお願いって?」


「ああ、明日はいよいよ入試だよな」


「今更?そんなの改めて言わなくたってわかるよ、早く帰って明日に備えた方がいいよ」


真一は何が言いたいんだ?


「そうだよな‥」


「どうしたの?」


「俺‥明日の試験が怖いんだ‥」


「怖い?何言ってるの」


「俺は智史みたいに頭良くないし‥夏希にだって全然敵わない‥正直よっぽど頑張らないと受からないよ」


確かに真一は勉強が得意ではない、本来ならもう少しランクを落としてもいいとは思っていた。


「そんなのやって見なければわからないでしょ!」


わたしは真一を勇気付けようとそう答えた。


「俺‥どうしても夏希と同じ高校に行きたいんだ、だから無理して同じ高校を受験するんだ‥」


「真一‥」


「俺は夏希が好きなんだ‥」


真一の想い‥何となく気付いてはいたけど‥わたしは受け入れられないよ。


「真一、何言ってんの?」


「夏希は俺のこと嫌いか?」


「嫌いじゃないけど‥でも、そんなこと言われても‥わたしは‥」


「夏希、頼みがあるんだ」


「何?」


「嘘でもいい‥お願いだから、俺を抱きしめて、わたしがいるから大丈夫、絶対受かるって言ってくれないか?」


「真一‥何でそんなこと‥そんなこと出来ないよ」


「ダメか‥?」


「ダメだよ、だって‥わたしは智史が‥」


「そっか‥ダメか‥」


そう言うと真一は下を向いたまま教室を出て行こうとした。


わたしは真一の姿を見て気の毒になってしまって仕方なく、


「わかったよ‥真一がそこまで言うなら‥でもわたしは真一のことそんな風には思ってないからね、それはわかってよね」


「わかったよ‥夏希、ありがとう‥」


わたしは真一を抱きしめると、


「真一、わたしがいるから大丈夫!明日の試験は絶対に受かるよ!」


そう言ったその瞬間わたしは愕然とした。


教室の扉の窓越しに智史がわたし達を見ていたからだった‥

智史はすぐに姿が見えなってしまった。


わたしは慌てて真一から離れた。


「ありがとう‥夏希」


真一がすまなそうに言った。


真一は智史に気がつかなかったようだ。

わたしは呆然としてその場に立ち竦んだ。

見られた‥智史に見られてしまった‥


こんなことしなければよかった。すぐに後悔の念が浮かんできた。


携帯に電話やラインをしても智史が応えてくれることは無かった。



次の日、入学試験が終わった高校の正門でわたしは智史を待って声を掛けた。


「智史‥あの」


「夏希‥」


智史はわたしに目を合わせようとしなかった。


「昨日のあれはね‥真一にどうしてもって頼まれてさ、真一が試験に自信無くて落込んでたから‥」


わたしは智史に昨日のことを弁解した。


「真一が夏希のことを好きなのは知ってた‥そんなこと言ったら真一が可哀想だよ、俺のことは気にするな‥推薦取り消しのことを気にして同情してるならやめてくれよ、かえって俺が惨めになるだけからさ‥」


「智史、違うって‥わたしは智史が‥」


「夏希は誰とでもあんなことするのか?本当に好きな奴と以外、あんなこと出来ないだろう?」


「智史、本当に違うって!」


「夏希‥俺は夏希が‥」


「智史!」


「俺のことは気にするな」


そう言うと智史はわたしから逃げるように走り去っていってしまった。


そのことがあってから、わたしと智史が一緒に帰ることは無かった。


智史はわたしを明らかに避けるようになった。わたしは自分のしたことを後悔している‥今もずっと‥


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