第7話『本当の勝負』

翌日の朝、学校に着くと七海は既に登校してわたしの席に座って智史と楽しそうに話しをしていた。


「おはよう‥七海、おはよう、智史」


わたしは小さな声で挨拶をした。


「おはよう夏希!席借りてたよ」


七海はそう言って座っていたわたしの席から立ち上がった。


七海は朝からとても元気だ‥

そりゃそうだ、自分の好きな人に会って話が出来るんだから楽しいに決まってる。


わたしだって中学の頃は同じだった‥智史の隣をいつも独占して、智史と話しをすることが楽しくて仕方なかったんだ‥


「いいよ、どうぞ使って‥」


そう言って机にカバンを掛けると、わたしは教室を出ようとした。


「夏希座って、わたしは戻るから」


七海は自分の席に戻っていった。


「おはよう夏希‥」


わたしが席に座ると智史が挨拶を返した。


「夏希これ‥」


そう言って智史が昨日のお弁当の手提げ袋を差し出した。


「迷惑だったよね‥ごめんね」


余計なことをしたと思って智史に謝った。


「そんなことないよ、ありがとう」


智史が頭を下げてお礼の言葉を言った。


今日の智史はいつもと違ってあの頃みたいに優しいくて穏やかな口調だ。

さっきまで七海と話をしていたからかな‥


「夏希さ‥」


「何?」


「その‥料理なんて出来るんだ?」


「七海みたいにうまく出来ないよ」


「そっか?‥俺は‥」


「何?」


「いや、何でもないよ」


そう言って智史は前を向いた。


智史、わたしは智史の為だから一生懸命作ったんだよ‥でも、ダメだったね‥



昼休み、七海に席を譲って一年生の時に同じクラスだった女子の友達とお弁当を食べることにした。

その席で七海の行動が話題になっていた。


「ねえ、七海ってすごいよね、神谷君に猛烈アタックしてるよね」


友達が楽しそうにお昼を食べている七海と智史を横目で見ながら言った。


「そうそう、神谷君ってカッコいいもんね」


もう一人の友達が頷きながら答えた。


「でも七海も可愛いから、あの二人お似合いだよね、夏希はどう思う?」


「どうって‥そうだよね」


わたしは友達の言葉に適当な返事をした。


「夏希は都司君がいるから関係ないか」


友達はそう言って笑った。


「ところで、夏希は都司君と付き合わないの?」


もう一人の友達がわたしに質問した。


「真一はそんなんじゃないよ、本当に何でもないんだよ」


わたしはそう答えた。



部活が終わって真一と一緒に駅まで歩いていた。


「夏希‥智史のことなんだけど‥」


「智史がどうかしたの?」


「お前、智史と何かあったんだろ?何があったんだよ?」


「別に‥何もないよ」


「夏希は智史が好きなんだろ?俺がちゃんと告白した時、そう言ったよな、それなのに何で智史とあんなにギクシャクしてるんだよ?」


「‥」


「智史に聞いてもあいつ答えないし、智史と同じクラスになって俺はまた、中学の頃みたいに仲のいい夏希と智史を見なきゃいけないのかって、俺が辛くなるのかと思ったら、夏希が辛そうだもんな?お前ら二人さ、一体何があったんだよ?」


それは真一には言えないよ、真一にも関係することだから‥


「別に‥本当に何もないよ」


そう答えるしかなかった。


「嘘つくなよ、遠野が智史を狙ってるぞ、あいつ本気みたいだし、智史を遠野に取られてもいいのかよ?」


「わたしは智史がずっと好きだよ」


「だったらさ‥俺は、お前が辛い顔するの見たくないから」


「ありがとう真一、でも、七海が智史を好きになるのは仕方がないよ、もちろん智史が七海を好きになってもね」


「どうしたんだよ夏希、あんなに智史を想っていたのに、智史だって夏希のことを想っていると思うぞ」


「中学の頃はそうだったかもしれない、けど今は多分違うんだ‥わたしは智史をずっと好きだけど、智史はもうわたしのこと好きじゃないと思うよ」


「夏希‥俺は今でも夏希が‥」


「真一、ごめんね、何度言われてもわたしは智史が好きだから‥真一の想いには応えられないよ」


「夏希‥だったら」


「真一、これはわたしと智史の問題なんだ、悪いけどそっとしておいてよ」


そう言うと真一に手を振ってわたしは一人で歩き出した。


わたしはどうしたらいいんだろう‥


家に帰ると智史から返されたお弁当箱が入った手提げ袋を母に差し出すと自分の部屋に入ってベッドに座ってボンヤリと窓の外を見ていた。


七海はいずれ智史に告白する‥

智史は七海をどう思っているんだろう‥


「夏希、入るわよ」


母がノックをして扉を開けた。


「お母さん‥どうしたの?」


「夏希、智史君と何があったの?」


「別に‥何もないよ」


「嘘ついてるわね?あんなに智史君のこと好きだったのにね、もう好きじゃないの?」


「‥ずっと好きだよ‥」


「それだったら、何で智史君にその想いを伝えないの?もう高校生なんだし、お付き合いしてもお母さん反対しないけど」


「わたしは智史に嫌われてるんだよ」


「そうかな?」


「そうだよ‥わたしは智史を裏切ったんだ」


「どう裏切ったの?」


「それは言えないよ‥」


「言えないか‥」


「うん‥」


「智史君も悩んでるみたいだよ」


「智史が悩んでる?」


母がエプロンのポケットから封筒を取り出した。


お弁当の手提げ袋に入ってたよ、悪いけど読ませてもらったから‥


智史からの手紙?

智史がわたしに‥何が書いてあるの?

母はわたしに封筒を手渡すと部屋を出て行った。


わたしは慌てて封筒に入った便箋を取り出して目を通した。

便箋には懐かしい智史の整った文字が並んでいた。


夏希へ


お弁当ありがとう‥

夏希に料理の才能があるなんて知らなかった‥夏希のことで俺が知らないことなんてあるんだな‥今まで食べたどんな物よりも美味しいと思った。

一口食べて、すぐに食べるのが勿体無くて、家に帰って大事に食べたんだ。

夏希と同じクラスになって嬉しい筈なのに‥ずっとあのことを忘れられず気にしている。

俺は自分がよくわからない‥どうしていいかわからない‥

あの頃は毎日が楽しかった。

夏希のことだけを想ってたあの頃に戻りたい‥

本当に美味しかったよ‥夏希のお弁当、

ありがとう‥


智史


わたしは智史の手紙を読んで涙が溢れてきた。


智史‥智史‥ごめんね。

わたしが‥わたしがいけないんだ‥

わたしだけが苦しんでたんじゃないんだ、智史も苦しんで悩んでいたんだ‥

わたしはバカだ‥そんなことも気づかなかったなんて。


便箋を封筒にしまうと涙を拭って部屋を出てリビングに降りて行った。


リビングでは母が夕食の準備をしていた。


「お母さん‥」


「夏希‥」


「聞いて欲しいんだ‥」


母は黙って頷いた。


わたしは母にあのことを話す決心をした。


話が終わると母はため息をついて言った。


「そう、そんなことがあったの‥それは夏希が軽率だったわね」


「‥ごめんなさい」


「でもね、あんなに智史君と仲が良くって、想い合っていたのに‥話してもわかってくれなかったのかな?」


「仲が良くて、想い合って、信頼していたからこそ許せないんだよ智史は‥」


「そうだけど、夏希はこのままでいいの?」


「良くないよ‥全然良くないよ!」


また涙が溢れてきた。


「じゃあ、全力で頑張らなきゃいけないんじゃない?」


「お母さん‥」


「少なくとも、お弁当で智史君に夏希の想いは届いたと思うわよ‥あとは夏希次第だよ」


「お母さん‥ありがとう、わたし頑張ってみる」


わたしは気がついた。

七海のことは関係ないんだ‥

これはわたしと智史、二人の気持ちの問題なんだ、わたしは智史を想う気持ちはずっと変わってない、だから‥本当の勝負は七海とじゃない自分との戦いなんだ。

メソメソしてる場合じゃないんだ。

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