第6話『決戦は昼休み』

部活を終えて家に帰るとすぐに母に話しを切り出した。


「お母さん、明日のお弁当はわたしが作る‥」


母が驚いた顔をして言った。


「どうしたのいきなり?夏希がお弁当‥本当に?作れるの?」


「‥作れないよ、だから困ってるんじゃない」


「困ってる?」


母が怪訝そう顔をして言った。


「智史に‥お弁当作ってあげたいんだ」


「智史って‥あの神谷智史君?」


わたしは頷いた。


「智史と同じクラスになって‥」


「へ〜っ、智史君ね‥夏希は中学の頃、智史君と仲よかったもんね、仲いいっていうか‥お母さん、夏希と智史君って付き合ってるのかと思ってた、高校も一緒になったのに入学したら急に智史君のこと言わなくなったから、てっきり勘違いだったのかって思ってた」


「勘違いだよ‥智史と付き合ったことなんてないよ」


「それじゃあ、何でお弁当なの?」


「話の流れっていうか‥」


わたしは仕方なく七海とのことを母に話した。


「七海ちゃんがね〜、夏希に勝ち目はないね」


「お母さん!」


‥母に話しをしたことを悔んだ。


「さて、どうしようかな?でもね夏希が智史君を想う気持ちが誰にも負けなければ勝てるかもよ」


「お母さん‥」


「お弁当ってね、作った人の想いが味に伝わるの、だからね、夏希の智史君への想いがそのまま伝わるんだよね、お母さん智史君はとってもいい子だと思うから応援してあげる」


「ありがとう‥お母さん」


母の言葉にわたしは感謝した。

智史に本当に伝わるのだろうか、わたしの想いが‥


「明日は早起きしてね、大変だよ」


「うん、わかった、わたし頑張るよ!」



次の日、わたしは母に早朝から叩き起こされた。


「夏希!いつまで寝てるの?」


「‥おはよう、お母さん‥」


わたしは眠くて目を擦りながら言った。


「今何時?」


「午前四時よ」


「四時!?そんなに早起きしなくても‥」


「夏希、悠長なこと言って、七海ちゃんに負けてもいいの?智史君取られちゃうよ、それでもいい?」


わたしは母の言葉に慌ててベッドから飛び起きた。


智史は‥智史だけは絶対に譲れない!


それから母の助言を受けながら試行錯誤を繰り返して何とかお弁当を完成させた。


「よし!これで完成」


「よく頑張ったわ!智史君もきっと喜んでくれると思うわよ」


母がわたしを褒めてくれた。


そうだといいけど‥智史は喜んでくれるのだろうか‥それよりわたしの作ったお弁当なんか食べてくれるのだろうか‥


駅から学校へ向かう途中で七海に声を掛けられた。


「おはよう夏希!」


「おはよう七海」


「どうやら不戦勝は無さそうね」


七海がわたしのお弁当の入った手提げ袋が二つあるのを見て言った。


「正々堂々と勝負が出来るってことね」


「七海、何で?」


「夏希が神谷君をどう思っているか‥これでわかったから」


「わたしは‥」


「大丈夫、夏希との友情は何も変わらないから、夏希もわたしと神谷君が付き合うことになっても変わらないでね」


七海はいつものように笑顔で長い髪をかきあげながら言った。


七海は本気だ‥智史のことが本気なんだ。

わたしだって‥本気なんだから。



昼休みになって七海が昨日と同じように席にやってきた。


「さて!いよいよ決戦だね!」


「‥七海、大げさだよ」


「神谷君!いっぱい食べてね!」


そう言って七海は手提げ袋からお弁当の包みを取り出した。


バスケットの容器にはタマゴサンドが、もう一つのタッパの容器にはビーフシチュー、更にもう一つの容器にはブロッコリーとトマトのサラダが綺麗に納められていた。


七海‥すごい。

智史も驚いている。


そりゃそうだ‥お弁当と言うより、どこかのお店のランチボックスみたいだ‥

わたしは自分の作ったお弁当が出しづらくなってしまった。


「さあ、神谷君どうぞ、お手拭きで手を拭いて食べてね!」


「すごいね‥これ遠野が?」


「そうだよ、丹精込めて作ってきたからね」


「じゃあ、せっかくだから‥遠慮無くいただきます」


そう言って智史はタマゴサンドを口に入れた。


「うまい!すごいな遠野って」


智史が感動した様子で声を上げた。


「本当に?良かった!」


智史はタマゴサンドを美味しそうに食べている。


「ビーフシチューも食べてみて、神谷君の大好きなニンジンを柔らかく煮込んできたからね!」


「へ〜っ、いただきます!」


智史がスプーンでビーフシチューを口にした。


「いや‥美味しい!お店の味みたいだ、ニンジンも柔らかいし、甘くてとっても美味しいよ!」


「へへへ、そうでしょ〜」


七海はしてやったりの顔をしてわたしを見ている。ダメだ、七海には勝てないな‥

智史は七海の作ったお弁当を全部綺麗に平らげた。


「遠野、ありがとう、ご馳走様でした。本当美味しかったよ!」


「どういたしまして、こんなのでよかったらいつでも言って、毎日でも作ってあげるから!」


「それはさ悪いから‥でもありがとう、その気持ちだけで十分だよ」


智史はハニカミながら七海に答えた。


「次は夏希の番だよ」


七海がわたしに促した。

わたしのお弁当‥困ったな‥

仕方なく手提げからお弁当を出して智史の机の上に置いた。


「多分‥美味しくないよ、でも一生懸命作ったから」


そう言ってお箸を智史に渡した。


智史がお弁当の蓋を開けて中身をマジマジと見ている。


ご飯と、肉じゃが、きんぴら、ほうれん草の胡麻和え、母と相談して智史の為に考えた献立だった。地味な彩りのお弁当だ‥


「いただきます」


智史はそう言って一口肉じゃがのニンジンを口にした。次はきんぴら‥ごぼうとニンジンをささがきにして和えたものだ。


智史は箸を置くと、


「ごちそうさま‥」


と言ってわたしのお弁当に蓋をした。

‥やっぱり美味しくないか、そりゃそうだ。

始めて作ったお弁当‥智史の口に合う筈がない。


「夏希‥このお弁当、持って帰ってもいいかな?容器は明日返すから」


「無理しなくてもいいよ、美味しくないんでしょ?」


「‥せっかくだから貰っていくよ」


智史はそう言うとお弁当を包んで手提げにしまった。


わたしは情けなくなって席を立って教室を出て行った。

七海が相手じゃ、勝ち目はないな‥



放課後、七海に呼び止められた。


「勝負はどっちが勝ったのかな?」


「‥」


「夏希には悪いけどわたしの勝ちかな」


「そうだね‥七海の勝ちだね」


「ねえ、わたし、正式に神谷君にアプローチしてもいいよね?」


「‥いいも悪いもないよ、わたしは関係ないんだから」


「じゃあ、邪魔はしないでね、約束だよ」


「わかった‥」


わたしはそう答えて教室を出て部活に向かった。



家に帰ると母が待ち構えたように結果を聞いてきた。


「どうだった?智史君食べてくれた?」


「‥全然、七海のは完食、わたしのは一口だけだったよ」


「そうなの?初めてにしては出来過ぎなくらい美味しかったけどな‥でお弁当箱は?」


「せっかくだから持って帰るって‥」


「そう‥なら智史君食べてくれるよ」


そんなことある筈ない‥

わたしは智史から嫌われているんだ‥

わたしの全てが嫌いなんだ‥母の前だけど涙が溢れてきた。


「夏希‥どうしたの?何があったの?」


「何でもないよ‥ごめん、お母さんありがとう」


わたしはそう言って下を向いたまま自分の部屋に向かった。

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