第5話『嫉妬』

今日も朝から穏やかな風が吹いている。


こんなにも晴れやかな天気なのに、わたしの気分は薄曇り‥いや、分厚い雲が立ち込めていて今にも泣き出しそうだ。


駅から学校へ向かって歩いていると七海の元気な声と共に肩をポンと叩かれた。


「夏希、おはよう!」


「おはよう七海、今日も天気がいいね」


「本当、気持ちのいい朝だよね」


そう言っていつものように長い髪をかきあげた。


「ねえ夏希さ、神谷君って好きな食べ物って何かな?」


「さあ‥ニンジンとか‥」


「何それ?ニンジンって、ウサギじゃないんだから‥わたし、真面目に聞いてるんだけど?」


わたしは真面目に答えたたつもりだったけど、確かにニンジンが好きって‥変に思うよね。


「ああ、そうだよね‥智史に直接聞いてみたら?それより何でそんなこと聞くの?」


「うん‥お弁当とか作ってあげようかなって思ってね」


「お弁当?」


「うん、昨日の昼休みに話しをしたら、ご両親が共働きでいつもお弁当を外で買うって言ってたから‥何だか可哀想で、陸上部の練習あるから、ちゃんと栄養とか考えてバランス良く食べなくちゃいけないと思うんだよね」


「そうだね‥」


そう言えば智史の両親は共働きだったな、中学は給食があったから‥


「夏希と神谷君ってさ‥」


「わたしと智史?」


「うん、喧嘩でもしてるの?」


「‥何で?」


「神谷君に夏希の中学時代のこと聞いたら、あまり話したがらなかったから‥都司君に聞いてくれって」


「そう‥」


「でもね、夏希も神谷君も名前で呼びあってるし‥もっと仲が良いのかと思った」


「そうだね‥何でだろうね」


とぼけてそう答えた。


「夏希って神谷君と何かあったんじゃないの?」


‥七海は何でそんなことを聞くんだ?


「都司君に聞いても歯切れが悪いんだよね‥二人に聞いてくれって」


「別に何もないよ‥」


七海にそう嘘をついて答えた。


「ふ〜ん、じゃあ、神谷君のこと本気になっても良いよね?」


「七海‥」


「これマジだからね‥」


七海に本当のことを言うべきか迷った。

でもそうすると、あのことを話さなければならなくなってしまう。


「いいんじゃない、七海が誰を好きになったって、わたしがとやかく言える筋合いじゃないよ」


「そうなんだ、わかった‥じゃそう言うことで、今の言葉忘れないでね」


七海はそう言うとまた長い髪をかきあげて、いつもの表情に戻って笑顔を見せた。


教室に入ると智史と真一が二人で話しをしていた。

わたしと七海を見ると話しをやめてそれぞれ席に戻っていった。


何の話していたんだろう‥


「おはよう智史」


わたしは智史に挨拶をした。


「おはよう‥」


智史は相変わらずわたしを見ない。


七海が智史の席にやって来て言った。


「おはよう神谷君、今日のお昼一緒に食べない?」


「お昼‥二人で?」


智史が少し驚いた顔をして言った。


「嫌?」


「そうじゃないけど‥」


「じゃあ夏希も一緒だったらいい?」


七海がわたしをチラッと見て言った。


七海‥どういうつもりなんだ?

智史がわたしを見た‥


「あのさ‥」


智史が返答に困っていた。


「夏希はどうかな?」


今度は七海がわたしに訊いた。


「わたしは‥智史が良ければ‥」


七海にそう答えた。


「だって‥神谷君どうする?」


「いいよ‥わかったよ」


智史が頷いて返事をした。

智史‥


「じゃあ決まり、お昼よろしくね!」


そう言って七海は席に戻っていった。


わたしは智史の顔を見た。

智史もわたしの方を見てお手上げのポーズをした。


七海は何か魂胆があるに違いない。


午前の授業が終わるチャイムが鳴ると、七海がお弁当を持ってわたしと智史の席にやって来た。


「さてと、お昼にしようよ、ここの机借りるよ!」


そう言って智史の前の席に座った。


智史の前の男子は七海が席を借りると言うので嬉しそうに席を譲ってしまった。


美人は得だな‥改めてそう思った。


「神谷君、一緒に食べようよ!夏希もね!」


七海が机を反対に向けて智史の机にくっ付けた。


‥七海は何を考えてるんだ?


智史はカバンからコンビニのレジ袋の包みを取り出していた。


智史‥本当に外で買ってくるんだ‥

毎日コンビニのお弁当じゃあ、確かにあまり身体には良くないと思った。


「神谷君って、夏希とどういうつながりなの?」


七海が智史に質問した。


「どうって‥友達だよ」


「ふ〜ん、友達ね?」


「夏希は?」


七海は同じ質問をわたしにした。


「友達だよ‥」


「やっぱり友達なんだ?」


「そうだよ‥」


そう答えてわたしは智史の顔を見た。


「そう、友達なんだ‥」


智史は少しだけ笑顔を見せて言った。


「わかった、友達だったらみんなでご飯食べようよ」


そう言って七海はお弁当を食べ始めた。


「神谷君さ、好きな食べ物って何かな?」


「えっ?何だろう」


「まさかニンジンとか言わないよね?」


「えっ、ニンジン?好きかな‥どうしてわかったの?」


智史が不思議そうに七海に質問した。


「わたし、神谷君にお弁当作ってくるから、食べたいものあったら言ってよ」


「お弁当?遠野‥そんなの悪いから」


「作ったらダメ?遠慮しなくていいからね」


「いや‥本当にいいからさ」


智史は少し困った様子で答えた。


「夏希は神谷君に作ってあげたことないの?」


「えっ、わたし?‥ないよ」


「そう、じゃあ作ってみる?」


「はあ?わたしが‥何で?」


「どっちが美味しいか、神谷君に決めてもらおうよ!」


「七海!何言ってんの、何でそんなことすしなきゃいけないの?」


「夏希とわたしの勝負」


「勝負?」


「明日のお昼のお弁当を作ってくる、そうしようよ」


「だから七海ね、智史が困ってるよ」


そう言ってわたしは智史の顔を見た。


「遠野、夏希は料理なんてしたことないからさ‥」


智史がわたしの顔を見ながら言った。


「ふ〜ん、神谷君って夏希のこと、何でもよく知ってるんだね?」


「いや、それはさ、普通は作れないよ」


「そうかな?わたし料理得意なんだよね!別に夏希が作らなくてもわたしは作ってくるからね!」


「‥」


「神谷君、いいよね?」


「それは構わないけど‥」


智史が渋々承諾した。


「じゃあ、決まりね!」


‥七海、何がしたいんだ‥


わたしは放課後、七海を呼び止めて昼休みの件を問いただした。


「七海、昼のお弁当の件はどういうつもりなの?」


「どうって‥わたしと夏希の勝負でしょ」


「勝負って‥何でわたしと七海が勝負しないといけないの?」


「わたしが神谷君と夏希の仲に嫉妬してるからかな‥」


「嫉妬?」


「みんな何か隠してる、夏希も神谷君も都司君も‥」


「七海‥」


「今朝も言ったけど、わたし、神谷君のことマジだからね、だからハッキリさせたいの、夏希はこのクラスになって、明らかに変だよ‥それって神谷君が原因としか思えない。夏希と神谷君に中学の頃、何があったか知らないけど、わたしは神谷君に好意を持ってるから夏希を無視して神谷君にアプローチする訳にはいかない、正々堂々と勝負したいんだよね」


「勝負って、わたしは智史とは‥」


「何もない?神谷君見ててもそんな筈ないよ‥彼も夏希を意識してる、理由はわからないけど夏希を意識して避けてる」


「それは七海の思い過ごしだよ、智史はわたしなんか何とも思ってないよ」


「それはわたしにはわからない、わたしは神谷君を振り向かせてみせる、ただそれだけ」


「七海‥」


「わたしは夏希とは親友だよ、それは変わらない、でもね恋愛は別、好きな人は譲れない、それがわたしの考え方」


「‥」


わたしだってそうだよ‥七海、智史だけは譲れないんだ。


「神谷君、本当にニンジンが好きみたいね、冗談じゃなかったんだ、わたし負けないから、じゃあ帰るね!バイバイ夏希」


そう言って七海は教室を出ていった。


智史にお弁当を作る、出来るのかな?わたしなんかに‥

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