第4話『変わる君、変わらない私』
朝、教室に入ると智史は既に席に座っていた。
わたしも席に座って、
「智史、おはよう」
と挨拶をした。
智史は下を向いたまま、
「おはよう」
と短い言葉を返したくれただけだった。
カバンから教科書とノートを取り出して机の中にしまっていると、
「夏希!おはよう、神谷君!おはよう」
七海が長いサラサラの髪を手で梳かしながらとびっきりの笑顔をしてやってきた。
「七海、おはよう‥」
「あれ?夏希テンション低いな?どうかしたの?」
「‥」
返事に困っていると、
「遠野、おはよう」
智史が七海に挨拶を返した。
「ねえ神谷君聞いてくれる?朝から最悪なんだけど!」
「何が最悪なんだい?」
智史が顔を上げて七海に質問した。
「何がって‥昨日お風呂でしっかりトリートメントしたのに‥朝起きたら枝毛がひどいの」
七海はサラサラの髪をいじりながら枝毛を気にする素振りをした。
「そりゃ一大事だね、女の子にとって髪は命だよね」
「わかってくれる?!このサラサラヘアーを維持するのって凄く大変なんだよね」
「そうなんだ?男にはその苦労はわからないよね」
智史は七海に同情するように言った。
「あ~あ、夏希はいいな、わたしも夏希みたいに思い切って髪を切っちゃおうかな!」
夏希が本心とは思えない口ぶりで言った。
「遠野にはその長いサラサラの髪が似合ってるよ」
智史が七海にそう言うと、
「神谷君!本当?本当にそう思う?」
七海が大きな瞳を更に見開いて言った。
「本当、本当にそう思うよ」
「わあ~、嬉しいな!夏希、今の聞いた?神谷君わたしの髪を褒めてくれたよ!」
七海の言葉に悲しい気持ちになった‥智史の好みはショートカットじゃなかったの?
「良かったね七海‥サラサラの長い髪って男子の憧れだよね‥」
わたしは精一杯の言葉を絞り出して七海に答えた。
智史と目が合うと、
「そうだな、憧れるよな〜」
そう言ってわたしから視線を外した。
智史の言葉にわたしはいたたまれなくなって席を立って教室を出ていった。
智史の記憶の中からわたしは既に消えてしまっているのかもしれない‥
ここにいる智史は、もうあの頃の智史じゃない、智史は変わってしまったんだ。
トイレに駆け込むと一雫の涙が頬を伝わるのが分かった。
智史‥もうどうしようもないの?
わたしはずっと智史が‥智史だけが好きなのに‥わたしは何も変わっていない。
授業が始まっても智史のことばかりが気になって仕方がない。
智史は黒板に集中していて決してわたしの方を見ようとはしない‥
時間だけがただ黙って過ぎていく、智史と一緒のクラスで同じ空気を吸っているのに‥
こんなに気が重いなんて‥
こんなことでいい筈がない。
わたしは自分に言い聞かせた。
ちゃんと智史と向き合わなくちゃいけないんだ。
午後のホームルームでクラスの委員の選出をすることになった。
そう言えば智史と中学の時に美化委員を一緒にしたっけな‥
美化委員なんて楽なのかと思ったら、当番制で掃除道具の点検や清掃後の教室の確認等、結構仕事が多くて智史と一緒に校内を走りまわった記憶が蘇ってきた。
本当、わたしはいつも智史と一緒だったんだな‥
先生が、
「希望があれば手を挙げて下さい」
と言った。
体育祭委員に真一が手を挙げた。
真一らしいな‥
「美化委員を希望する人?」
先生の言葉に誰も手を挙げる人はいなかった。
「誰もいないのですか?」
仕方なくわたしは手を挙げた。
「はい、菊森さん、神谷君、ありがとう。二人にお願いします」
先生の言葉に驚いて隣の智史を見た。
智史が挙げた手を下ろすところだった。
智史‥これって偶然なの?
でも智史と一緒だ、それだけで嬉しかった。
智史と話せるキッカケになるかも知れない‥そう思った。
ホームルームが終わって智史に話し掛けた。
「智史、美化委員よろしくね」
「ああ、よろしく‥」
智史が部活に行く支度をしながら答えた。
「中学みたいに学校を走りまわったりするのかな?」
「さあね‥夏希、俺部活があるから、じゃあね」
そう言うと智史は席を立ってそそくさと教室を出ていってしまった。
智史‥わたしは諦められないよ、智史を諦めるなんて出来ないよ。
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