第3話『あの日にかえりたい』

智史と初めて出会ったのは、中学の入学式の日だった。


式の前に教室に一旦集められた時、智史と同じクラスで席が隣になった。


「お前ショートカットにした方が似合ってるよ!」


「えっ、わたし?いきなり何言ってるの?」


「絶対似合うから一度やってみなよ、俺、神谷智史、よろしくな」


「わたし‥わたしは菊森夏希、よろしく‥」


それが智史と交わした最初の会話だった。


それから席が隣ということもあって、智史は何かにつけてわたしに話しかけてきた。

あの頃のわたしはまだ髪を長く伸ばしていた。


わたしはニンジンが嫌いで給食に出ると毎回残しているのを見た智史が言った。


「菊森、お前ニンジンダメなの?」


「うん‥だって美味しくないんだもん」


「そうかな?俺は好きなんだよな、特にカレーに入ってるニンジンって甘くて美味しいって思うけどな」


「絶対無理‥」


「そっか、じゃあ仕方ないな‥こんなに美味しいのにな」


智史はそう言って少し残念そうな顔をした。


「わたし、食べてみる!」


わたしは無理してカレーと一緒にニンジンを口に入れた。


正直、美味しいとは思わなかったけど、智史が好きだというニンジンを食べてみたくなったからだった‥


既にその時、わたしは智史がかなり気になる存在になっていた。


それから給食でニンジンが出ても残さず食べるようになった。

家でも食べられるようになって、母親がビックリしていたのを思い出す。


中一の夏休み、学校のプール教室の前日、わたしは長く伸ばしていた髪をバッサリ切った。


母親からは何度も本当に良いのかって聞かれたけど、美容院で思い切ってカットしてもらった。夏休みが終わるまでに少しは伸びるだろうと考えたのと、何より智史が絶対に似合うと言ったから、どうしてもやってみたかった。


鏡に映ったショートカットのわたしは正直恥ずかしかったけど、次の日のプール教室で会った智史の驚いた顔は今でも忘れられない。


「‥菊森、それすごい似合ってる、おまえ‥可愛いんだなやっぱり」


「へへへ、神谷が可愛いなんて!お世辞言っても何も出ないからね!」


「いや、お世辞なんかじゃないよ、本当に似合ってるって思うんだ、菊森は絶対に可愛いって!」


智史の言葉にわたしは嬉しくてガッツポーズをして飛び上がりたいくらいだった。


その夏休みから、わたしと智史は名前で呼び合うようになった。

中一だからまだ付き合うとかそういうレベルじゃなかったけど‥明らかにお互いを異性として意識してたんだと思う。


中学二年になっても智史と同じクラスになって、本当に嬉しかった。


その時から真一が同じクラスになって智史と仲良くなったから、自然とわたしも仲良くなった。

この頃からわたしと智史はクラスで冷やかされるようになった。


確かに周りから見ると、仲が良すぎて、本当に付き合ってるんじゃないかって疑われていたかもしれない。


でも、わたしはお互いの気持ちはわかっていたけど、智史は陸上部で頑張って都大会に出られるくらいの力を付けていたから、智史のためにそういうことは考えないようにしていた。


部活が終わってみんなで帰る時に智史と一緒にいられれば良かった、もうそれだけで幸せだったんだ。

智史も多分同じ気持ちだったと思う。


わたしも智史も、もう少し成長して大人になったら自然と付き合うことになるって、そう思っていたんだと思う。

毎日が幸せで、学校へ行くのが楽しくて仕方がなかった。


中三になって、親が携帯を買ってくれたので、すぐにラインを始めて、お互いの好きな音楽や洋服、小説、漫画、もちろん勉強も、ありとあらゆる情報を二人で共有していった。

そして智史が好きなものは、わたしも自然に好きになっていった。


智史が駅伝の強豪校を受験したいということもこの頃わかった。

最初はすごく寂しかったけど、智史を信じる気持ちに少しも不安なんてなかったから、わたしは智史の夢が叶うように一緒になって応援していた。


智史と過ごした中学の三年間はわたしにとって掛け替えの無い大切な時間だった。

あの日までは‥


お互いにこれ以上ないくらいの信頼で結ばれていると思っていたのに‥


その信頼をわたしは裏切ったんだ。

出来ることなら‥あの日に帰ってやり直したい。


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