第2話『深い溝』

始業式の後、教室でホームルームが終わると、真一が隣の智史の席にやって来て言った。


「智史、今日はさすがに陸上部も無いだろう?久しぶりに一緒に帰ろうぜ」


真一の言葉に智史はすこし困った顔をして、


「いや、真一あのさ‥」


と歯切れの悪い返事をした。


「わたしも混ぜてもらっていいかな?」


七海も智史の席にやって来て真一の提案に乗ろうとしている。


「遠野、もちろんだよ、夏希も一緒に帰ろうぜ」


真一の言葉にわたしは複雑だった。


智史と目が合うと、彼は一呼吸置いて仕方がなさそうな表情をして頷いた。


わたし達四人は教室を出ると、昇降口に向かって廊下を歩き始めた。


「ねえ、神谷君って陸上部だよね?」


七海が智史に聞いた。


「ああ、そうだけど」


「陸上って、何の競技してるの?」


「中距離だけど」


「ふ~ん、中距離なんだ‥」


七海は中距離がどんな競技なのか知っているのか知らないのか、そう答えた。


「智史は中学の時、都大会に出ていいとこまでいったんだよ」


真一がまるで自分のことを自慢するように七海に言った。


「都大会?!神谷君って凄いんだね!」


「そうでもないよ‥」


智史は謙遜してそう答えた。


「都大会出るって凄いよね!夏希もそう思うよね?」


七海がわたしに同意を求めるように聞いた。


「えっ、そ、そうだね‥」


「どうしたの夏希?何か変だよ」


「そんなことないよ!」


わたしは焦って声を上げた。


七海‥陸上の話はして欲しくなかった。

智史はわたしの方を見ない‥

仕方がないんだ‥


学校の校門を出ると、七海が歩きながら小声で言った。


「ねえ夏希、神谷君ってカッコイイよね、中学の時はどんな感じだったの?」


「どんなって‥」


カッコよくて優しくて‥それは昔から変わらないよ。


「彼女とかいたの?」


「いや‥いなかった思うよ」


「へ〜っ、彼って好きな人とかいるのかな?」


‥多分わたしのことが好きだよ‥いや、もう今は好きだった‥かな?


「まさか‥夏希のこととか?無いよね〜夏希は都司君とべったりだから、入り込む余地なんて無いもんね」


七海は何も知らない‥中学の頃、わたしと智史がどんな関係だったのか、真一なんか比べ物にならないくらい仲がよくて、お互い信頼し合って‥そして想い合っていたんだ。


わたしがあんなことをしなければ‥

ずっとあのままだったのに‥


「そっか、彼女いないんならわたし頑張っちゃおうかな、夏希どう思う?」


「えっ?どうかな‥」


よりによって七海が智史を‥

わたしが智史を好きなんだから手を出さないでよ、そう言いたい気持だった。


「この一年、楽しくなりそうだね!」


七海が嬉しそうに言った。


わたしはそんな七海を見て、ますます複雑な気持ちになった。


駅に着くまで智史が話し掛けてくることはなかった。

こんな思いをするなら、同じクラスになんてならなければ良かった‥そう思った。


駅に着くと、わたしと真一、智史は同じ方向で七海は反対方向の電車だ。


「都司君、夏希、じゃあね!神谷君!これからよろしくね!」


そう言って七海は反対のホームへ向かう階段を昇っていった。

向かいのホームから七海が手を振って、やって来た電車に乗り込んでいった。


「智史、遠野ってすげえ可愛いだろ?」


「そうだね‥」


「一年の時もスゲー人気あったんだぜ、智史に興味ありって感じだったな」


真一が智史に軽く肘打ちをしながら言った。


「そうかな?」


「そうだよ、智史はカッコいいからな」


「そんなことないよ」


「相変わらずだな智史は‥それじゃあ、いつまでたっても彼女なんて出来ないぜ!」


「真一こそ、相変わらず厳しいな」


「智史だから言ってるんだぜ、夏希もそう思うよな?」


「‥」


「どうしたんだよ夏希?」


「別に‥」


「お前、さっきからほとんど智史と喋ってないじゃん?」


「そんなこと無いよ‥ねっ智史‥」


焦って思わず智史に同意を求めた。


「そうだよ、真一と夏希が仲が良すぎるから、話すの悪いと思って遠慮してたんだよ」


智史‥それを言わないでよ。

真一とは本当に何でもないんだから‥


「夏希と仲がいい?中学時代の智史と夏希には負けるよ!お前ら二人、本当に仲良かったもんな、みんな付き合ってるって勘違いしてたからな」


「それは逆だろ、その言葉そっくりそのまま真一に返すよ」


智史が真一に言った。

智史‥だからそれは誤解なんだって‥


「ハハハ、本当に中学の時に戻ったみたいだな、あの頃と会話、変わらないじゃん!進歩ないな俺達」


「そうだな‥」


智史が答えた。


ホームに入って来た電車に三人で乗り込むと車内は空いていて、わたしは智史の隣に座った。


電車が揺れる度、智史に身体が触れてわたしは硬直して下を向いた。

こんなに近くに智史を感じるのは久しぶりだ‥けど、智史の顔をまともに見ることすら出来ない。


智史のことをこんなにも好きなのに、声も掛けられないなんて‥

わたしはなんてバカだったんだろう。


「夏希は変わらないな‥」


智史が正面を向いたまま呟いた。


「わたし、変わらないかな?」


「ああ、真一とは上手くやってるようだな‥」


「智史‥」


「いいんだよ、無理するな‥俺は邪魔だよな」


そう言うと智史は立ち上がって扉の前に移動した。


智史ごめんね‥

でも違うんだ、わたしは智史が好きなんだから。


智史は黙って窓から流れる車窓を見ていた。

駅に着いて電車から降りると、


「じゃあね、俺行くわ」


智史はそう言って、一人ホームを足早に歩いていってしまった。


「どうしたんだ智史の奴?何か変わったな、あいつ」


真一が訝しそうな顔して言った。


わたしは淋しい気持ちで智史の背中をただ黙って見送るしかなかった。





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