それでもわたしは君が好き!
神木 ひとき
第1話『あの頃のまま』
穏やかな春の陽気に包まれた朝だった。
カーテン越しに柔らかな光が室内に降り注いでいる。
いよいよ今日から新学期が始まる‥
ベッドから起き上がると部屋を出て、一階のリビングに降りていった。
リビングに入ると、母がテーブルの食器を片付けているところだった。
「おはよう夏希」
「おはようお母さん、お父さんはもう出掛けたの?」
「ええ、たった今ね、夏希も今日から二年生だね、一年って経つの早いわね」
「そうだね‥それより朝食をお願い」
「いつものトーストと目玉焼きでいいわよね?」
「うん、それでいいよ」
そう答えると、母はキッチンに立って支度をし始めた。
「ねえ夏希、また七海ちゃんと同じクラスになれたらいいわね」
テーブルに朝食のお皿を置いた母が言った。
七海ちゃんは
わたしとは全てが正反対、頭が良くて、優しくて、吹奏楽部に所属している。
サラサラの長いストレートヘアーがトレードマークの男子から人気があるとても可愛い女の子だ。
「そうだね、一緒になれたらいいな」
母が用意してくれたトーストと目玉焼きを食べながらそう答えた。
朝食を食べ終わると洗面所で顔を洗って歯磨きをした。
鏡を見ると少し寝癖がついている。
「もう!」
いつものようにスタイリング剤を手に取ると髪にスプレーしてブラシでとかした。
「これでよし!」
二階の部屋に戻って制服に着替えると、再び一階に降りて玄関に向かった。
「お母さん、行ってくるね!」
そう言って玄関を出た。
駅に向かう途中、川沿いの桜並木は満開でとても綺麗だった。
今日もきっといいことがある!そう信じて桜並木の下をゆっくりと歩いた。
駅に着いて階段を昇ると、ホームには電車を待つ大勢の人が列を作っていた。
列の最後尾に立って電車を待つことにした。
何気なく隣の列を見ると、彼が並んでいるのが分かった。
「‥」
わたしは気付かれないように彼の並んでいる隣の列の最後尾に移動した。
出会った頃、わたしより少しだけ高い位の身長だったのに、今はわたしより遥かに高くなって180センチ位ある。
スポーツ刈りだった髪型もすっかり髪が伸びて流行りの髪型にしている。
彼のカッコ良さは変わらない。
いや、あの頃より更にカッコいい‥
ホームに入ってきた電車に彼と同じ扉から乗り込んだ。
列の最後尾に並んでいたので吊革にはつかまれなかった。
仕方なく電車の揺れに身を任せた。
彼は吊革につかまって窓の外を見ていた。
乗った電車は急行なので一駅で学校のある駅に到着する。
改札を出ると、駅前のロータリーを抜けて学校へ向かって彼の後を足早に付いていった。
彼は背が高いこともあるけど、陸上部だから歩くのが速い。
一生懸命に彼のスピードに合わせて歩いたので、校門へ着く頃には息が切れそうになった。
まったく、あの頃みたいにもう少しゆっくり歩いてくれてもいいのに‥
文句の一つも言ってやりたかった。
昇降口で新しいクラス分けが書かれた用紙を職員が配布していて、わたしはそれを受け取ると自分の名前を探した。
二年五組だ‥彼は何組だ?
「おはよう夏希!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、七海がサラサラの髪をなびかせて、クラス分けの用紙を持って立っていた。
「夏希と同じ五組だよ、また一年同じクラスだよ、よろしくね!」
そっか‥
七海と一緒なんだ‥
「うん、よろしくね!」
そう返事をすると手にした用紙を見るために再び視線を落として彼が何組なのかを探し始めた。
「どうしたの?
真一のことはどうでもいいんだ‥
彼が何組なのか気になるんだよ!
都司と言うのは中学が同じでサッカー部に所属している
わたしは七海に返事をせず、クラス分けの用紙を凝視していた。
「夏希‥誰を探してるの?」
誰って‥智史‥
「別に、他に誰が一緒かなって思ってさ‥」
と答えた。
「そんなのクラスに行けばわかるよ、もう行こうよ!」
七海は昇降口の中へわたしの手を引っ張って行こうとした。
「‥もう!」
わたしは用紙を見るのを諦めて渋々昇降口の中に入っていった。
校舎の三階に二年五組の教室はあった。
教室に入ると机に名札が置かれていたので、自分の名前が書かれた机を一列目から順番に探していった。
あった‥後ろから二番目の席だ。
とりあえず椅子に座って教室を見まわした。
「えっ!」
驚いて思わず椅子からずり落ちそうになってしまった。
智史‥同じクラスでしかも隣の席!
心臓がバクバクしている!
彼もこちらを向いたので目が合ってしまった。
「夏希と同じクラスだったんだ‥久々だね‥」
彼がわたしに向かって言った。
「へへへ‥そうだね、智史、本当に久々だね」
その後の言葉が続かなかった‥
彼、智史とは中学の三年間ずっと同じクラスでだった。
中学に入学した時に席が隣ですぐに仲良くなった。
誰とでも分け隔てなく話す明るい性格と、陸上部で都大会に出場する頑張り屋で、わたしはすぐに智史に惹かれたんだ。
でも‥
「おっ智史!同じクラスか!」
真一が声を上げて教室に入ってきた。
「真一!夏希も一緒だし、まるで中学の時みたいだな」
智史が真一を見て声を上げた。
「そうだな!高校に入ったら智史だけ別なクラスになって一緒にも帰らなくなったしな、俺ら寂しかったんだぜ、なあ夏希?」
「そ、そうだね‥」
わたしは真一に言葉を濁して答えた。
‥真一は知らない、どうして智史がわたし達と帰らなくなったのかを‥
「随分仲がいいんだね?」
七海が会話に割り込んできた。
「あれ、遠野は智史を知らなかったっけ?」
真一が七海に少し驚いた顔をして聞いた。
「顔は知ってるけど、夏希と都司君の中学からの友達だったなんて‥夏希からそんなの聞いたこと無かったから」
「そうだね‥」
「まあ、クラスが違うと疎遠になっちゃうからな‥でも同じクラスになったんだから、また一緒に帰ろうぜ」
真一が智史の肩を叩いて言った。
「そ、そうだな‥けど陸上部は終わるの遅いから‥」
智史が歯切れが悪そうに答えた。
「わたしは遠野七海、夏希の親友なんだ、よろしくね!」
「俺、神谷智史、よろしくね」
智史が七海の自己紹介に応えた。
始業式が行われる体育館へ向かう途中に七海が小声で話し掛けてきた。
「神谷君のこと、今まで何で話してくれなかったの?」
「ん‥別に理由なんて無いよ」
わたしも小声で答えた。
「前に話したよね?陸上部に背が高くてカッコいい、気になる男子がいるって、まさか夏希の中学の友達だったとはね〜」
「‥」
そんなことあったな‥智史のことだと思ったけど、紹介してって言われたら面倒だから黙ってたんだよね。
「神谷君のこと色々教えてよね?」
「‥えっ、ああ‥そうだね」
わたしは更に小さな声で答えた。
体育館での始業式が終わると、教室でホームルームがあって今日の日程は全て終わりだ。
教室に戻ると真一が言った。
「夏希!今日は部活無いから久々に智史と一緒に帰ろうぜ」
「うん‥」
智史と一緒に帰る‥
智史は何て言うんだろう?
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