第11話『まぶしい陸上部』

午後の授業が終わって部活に行く準備をしていると、


「夏希、部活行こうぜ!」


真一がいつものように声を掛けてきた。


「うん、わかった」


返事をして席を立とうとすると、七海がそれを遮るようにわたしの腕を掴んだ。


「夏希、ちょっと話があるんだ‥悪いんだけど少し時間もらえるかな?」


七海が思い詰めた顔をして言うので、


「わかったよ‥」


そう返事をした。


「夏希!どうした、行かないのか?」


真一が教室の扉の前でこちらを振り返って言った。


「真一!先に行ってよ、ちょっと遅れる」


真一は一瞬怪訝そうな顔をしたけれど、七海がわたしの傍にいるのを見て、


「ああ、わかった、先に行ってるよ」


そう言って教室を出ていった。


七海と教室で二人っきりになって向かい合って椅子に座った。


「今日の神谷君と夏希って仲よさそうに会話してるよね?」


「そうかな‥まあ、普通に会話はしてるのかな」


「神谷君、急に夏希を避けなくなった‥彼から話し掛けてるし、今朝も本当に彼の方から夏希を誘ったんだと思う」


「それがどうかしたの?」


「前にも言ったけど、わたしは神谷君のことマジだからね、夏希に嫉妬してるって言ったよね?」


「それは聞いたけど‥」


「神谷君、何があったんだろう?」


それはわたしが知りたいよ‥

でも、智史はわたしを許した訳じゃない‥

七海にわたしと智史はどう映っているんだろう?


「七海が嫉妬する程のことなのかな?」


七海は少しだけ考える素振りをして答えた。


「二人には他の誰も知らない秘密があるように思える」


さすが七海だな‥勘が鋭い。


「七海はどうして智史を好きになったの?」


わたしは七海に質問した。


七海は真剣な顔をして答えた。


「神谷君がいたから、わたしは頑張れたんだよ」


「頑張れた?」


「そうだよ、わたし、高校に入ってから吹奏楽を始めたんだ。吹奏楽部に入部したけど、まわりのみんなは中学からの経験者ばかりで、わたしは楽器なんて触ったことさえなかったから、おまけにトロンボーンがかっこいいと思って選択したから、最初は満足に音さえ出せなかった。だから、みんなが帰った後に一人残って必死に練習してたんだ。そんなことを毎日繰り返してたある日、それでもなかなか上手くいかなくて、もう吹奏楽部なんて辞めようかなって音楽室の窓から何気なく外を見てたんだよね、そしたらグラントを黙々と一人走ってる男の子がいたんだよね、とっても苦しそうな顔してるんだけど、歯を食しばって絶対に諦めないで最後まで走り切って、そのままグランドに倒れこんでしばらく起き上がらなかったんだ。わたしはハッとした。わたしよりもっと頑張ってる人がいるんだって、彼のその姿を見て勇気をもらったんだ、わたしも彼に負けないように頑張るんだって‥」


「それが智史だったんだ?」


「そう、その日から彼の姿を音楽室の窓から探すのが日課になった。彼を応援しながらトロンボーンの練習を必死に頑張った。彼に負けないようにって‥秋になる頃にはようやくみんなと同じことが出来るようになって、部長からすごく褒められたんだ」


「そっか‥そんなことが」


「神谷君と廊下ですれ違った時なんて、ものすごく嬉しくて、その日一日がとっても幸せな気分になれたんだよね、だから始業式のクラス替え用紙で同じクラスの欄に神谷君の名前を見つけた時は嬉しくて神様に感謝した‥でもまさか、夏希の中学の友達‥ううん、夏希が好きな人とだとは思ってもみなかったよ」


そう言うと七海は教室の窓からグランドに視線を向けた。


外を見ると陸上部がグランドを走っているのが見えた。


智史が走っている‥

わたしも智史を見ると胸が熱くなる。

七海の智史に対する想いが痛いほどわかる気がした。


本来なら七海を応援してあげたい‥

でもわたしは智史が好きなんだ、それはどうあっても変わらない。


「夏希も神谷君のことが好きなんでしょ?」


七海がわたしに質問した。


わたしはどう答えようか迷った。


「‥」


「わたしは夏希に遠慮しないからね」


「七海‥」


「だから夏希もわたしに遠慮しないでよね」


「遠慮なんてしないよ」


わたしはそう答えた。


「それがさっきの質問の答え‥そう思っていいのかな?」


「どう思うかは七海に任せるよ、智史はあることがあってわたしを許せないでいる‥」


「あること?」


「七海には今は話せない‥」


「それが神谷君が夏希を避けてた理由、二人だけの秘密なんだね?」


「そういうこと‥」


「そっか、それじゃあ、わたしには少し部があるってことかな?」


「そうかもね‥」


「夏希、正々堂々と悔いなく、お互い頑張ろうね!」


「うん‥そうだね」


わたしは頷いて答えた。


「どっちが勝っても負けても恨みっこなし!それでいいよね?もっとも二人とも玉砕ってこともあるから、そしたら二人で慰め合おうね!」


七海がいつものように長い髪をかきあげながら笑った。


「じゃあ、握手!これからの夏希とわたしのお互いの健闘を祈って」


そう言って七海が右手を差し出した。


わたしも右手を差し出して七海の手をしっかり握った。


いよいよこれから始まるんだ‥これは七海との勝負じゃない。

わたし自身との勝負なんだ。


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