第15話『それでもわたしは君が好き!』

翌朝は学校へ向かう足取りが重かった。

出来れば休んでしまいたかった。


駅で智史に会うのが辛くて、いつもより遅く家を出た。


昨夜は一晩中散々泣きはらして、身体中の水分が涙で全て流れ出てしまったような気がした。


教室に入ると智史は既に席に座っていた。


「おはよう‥」


わたしは蚊の鳴くような小さな声で智史に挨拶をした。


「おはよう夏希」


智史の声はどこか吹っ切れてスッキリした感じがした。


智史の顔を見ることが出来ない‥


ダメだ、智史のことがやっぱり好きだ。

でも‥智史は親友の‥七海の彼氏なんだ。


わたしにはもう流す涙さえ残っていないんだ。



昼休み七海がわたしの席にやって来て言った。


「どうしたの夏希?元気ないね‥」


「大丈夫、ちょっと気分が悪くて」


「そうなんだ、夏希さ、わたし達は今までと変わらない親友だからね!」


七海、わかってるよ、恨みっこなしだったよね‥


「うん‥わかってるよ」


七海への返事はまるで自分に言い聞かせるようだった。


「わたし、ちょっと行くとこあるから」


そう言って七海は教室を出ていった。


智史も席にいない、お昼は七海と智史は一緒にどこかで食べるんだな‥


わたしは食欲が無くて、席に座って俯いてボンヤリとしていた。



放課後も部活に行く気がしなかった。


「どうしたんだ夏希?具合が悪いのか?」


真一が心配そうに言った。


「うん‥大丈夫、部活行こうよ」


そう言って真一と一緒に部室に向かったけど、何をしたのかよく覚えていない。


部活が終わっても、ボンヤリとして部室の椅子に腰掛けていた。


着替えを済ませた真一が部室に入って来て言った。


「夏希、悪いけど今日は一人で帰ってくれないか?」


「真一‥どうしたの?」


「ちょっとヤボ用があってね」


「そうなんだ‥」


仕方なく一人で部室を出ると校門に向かって歩き始めた。


下を向いて歩きながら、一人になりたかったからちょうどいい‥


そう思った瞬間、隣に人の気配を感じて顔を上げ視線を向けた。


智史‥智史が隣を歩いていた。


わたしが智史の顔を見ても智史はわたしの方を見ない‥


わざとスピードを落としてゆっくりと歩くと、智史もわたしに合わせて歩くスピードを落とした。


「智史‥」


「一緒に帰ろうよ、夏希」


智史はわたしの顔を見て、あの頃と変わらない優しい笑顔で言った。


「‥」


「いつ以来かな?夏希と二人で一緒に帰るのって‥」


「何で?智史‥七海に悪いから、わたしは一人で帰るよ」


そう智史に答えた。


「俺は夏希と一緒に帰りたいんだ‥」


「智史‥」


「昨日、ようやくわかったんだ‥自分の本当の答えが」


「智史の本当の答え?」


「ああ、屋上で俺を抱きしめてくれって頼んだだろ?」


「‥」


「夏希は出来ないって言ったよな?」


「だって‥」


「俺はあの時、夏希に抱きしめられてたら、こんな気持ちになれなかったと思う」


「どういうこと?わたしは智史を受け入れなかったんだよ」


「俺の知ってる夏希だったらそうするよ」


「智史‥」


「俺は自分が情けなくなった、一番信じていた筈なのに‥それなのに夏希を信じてあげられなかった‥本当にすまない」


「謝るのはわたしの方だよ、わたしは智史を‥智史を裏切ったんだよ」


「それは違うんだ、夏希は俺を裏切ってなんかいないんだよ」


智史は首を横に振って言った。


「でも‥わたしはあんなことして‥」


「夏希は心底から俺を裏切ったのか?」


わたしは首を横に振って答えた。


「わたしはそんなこと絶対にしないよ‥」


「だろう?‥もし夏希が俺の立場だったら、夏希は話も聞かず俺を避けて無視したりしたかな?」


「‥そんなこと出来ないよ、智史を無視するなんて絶対に出来ないよ」


「そうなんだ‥だから逆なんだ、俺が夏希を裏切ったんだよ、あの時、夏希とちゃんと向き合わなかった俺が悪いんだよ」


「智史‥」


「昨日、夏希に抱きしめられなかったことでハッキリわかったんだ‥俺がどんなに夏希のことが好きなのか、夏希と心が離れてしまうことがこんなにも辛いことなのかって、俺は中学で最初に出会った時から夏希のことがずっと好きだった、夏希以外、他の誰かを好きになんかなれない、これからは何があっても夏希を信じる、そして決して離れない、だから、だからもう一度、俺を見て欲しいんだ」


「‥智史」


ずっと待っていた‥

もう諦めていた智史の言葉に涙が溢れてきた。


昨日ですべての涙を出し尽くしたと思っていたのに、もう空っぽだと思ったのに‥

まだ、こんなに涙が溢れてくるんだ‥


すぐに言葉が出てこなかった、嬉しくて、嬉しくて‥

こんなに嬉しい涙なら、いくら流したって構わない、もう止まらなくったっていい、わたしは溢れる涙を拭うことはしなかった。


「泣くなよ、夏希は笑顔が一番だよ、せっかくの美人が台無しだぞ」


智史があの時と同じようにわたしの頭を撫でながら優しい言葉を掛けてくれる。


「智史‥わたしも智史と初めて会ったときからずっと好きだったよ、智史が似合うって言ったからショートカットにした、大嫌いなニンジンも食べられるようになった、音楽だって、洋服だって‥智史が好きなものは全部好きになった、智史が‥智史が大好きだから」


「夏希、ありがとう‥」


「ようやく言えた、わたしの想いを全部、智史がわたしを許してくれなくても‥それでもわたしは智史が好きだから、智史が全部好きだから」


「じゃあ、俺と付き合ってくれるのか?」


「うん、ただし条件があるけどいいかな?」


「条件?何だい」


智史が少し不安そうな表情でわたしを見た。


「わたしを今すぐ思いっきり抱きしめて!」


「夏希‥そんなことか」


智史がわたしをしっかりと抱きしめてくれた。


智史の息遣いがこんなに近くに‥

心臓がドキドキして、めまいがして倒れそうだ‥


「夏希‥俺、これから絶対に夏希を離さないから‥」


「うん!離されたら困る、けど離したってしがみついて離れないからね!」


「ああ、そのくらいで頼むよ」


そう言って智史が腕に力を込めたのがわかった。


わたしも負けない位の力を入れて智史を受け止めた。



智史と二人っきりで学校から帰るのはあの日以来、二度目だ。


「七海への返事はどうしたの?」


「夏希がずっと好きだって話した」


「七海は何て言ってた?」


「何となくわかってたって‥」


「そう‥」


「夏希もきっと同じだよって言ってたよ」


「‥七海には話してたから」


「真一も同じことを言ってたよ」


智史が頷きながら言った。


「そうだよ、智史は知らないと思うけど、高校の合格発表の日に真一からちゃんと告白されたんだ、わたしがいたから高校に合格出来たって、付き合って欲しい、そしてもう一度よくやったって抱きしめてくれって‥」


「そうだったんだ‥」


「合格したのは真一の実力だよって、わたしは真一の気持ちには応えられない、智史がずっと好きだからって‥智史と付き合うことは出来ないかもしれない、それでもわたしは智史が好きだからって返事をしたんだ」


「そんなことがあったんだ‥」


「高校に入ってから智史の誤解を解きたいって思ってたけど、クラスも違うし‥話す機会さえ無くなってしまった」


「‥」


「でもね‥智史を諦めることはなかった」


「そっか‥真一が夏希のことを頼むって‥」


「よく言うよ、こんなにややこしくしたのは真一にも責任あるんだからね」


「真一を恨むなよ、あいつだって相当悩んで夏希を諦めたんだから」


「わたしも相当悩んだんだからね、もう智史を諦める寸前だったよ、いや昨日でもう諦めたんだ」


「ごめん‥それは俺が悪いんだよ」


「ううん、ちゃんと神様はわたしを、智史を見ていてくれた‥もうお互いに自分を責めるのはやめようよ」


「ああ、そうだな、今までの分まで取り返すからな」


「じゃあ、まずは手をつないで帰りたいな」


「うん、ようやく始まったんだな俺達」


「そうだよ、始まったばっかりだよ!」


わたしがそう答えると、智史がわたしの手を

取って歩き出した。


智史の手はとっても優しくて暖かい‥

ようやく想いが届いた。

初恋が叶った‥こんにちは初恋!

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