第16話『未来記念日』

わたしと智史が付き合い始めて一ヶ月が過ぎようとしていた。


初夏を思わせる日差しが窓から差し込んでいる。教室にはわたしと智史、真一と七海がいる。


「毎日いつも一緒でよく飽きないね?夏希はどんだけ神谷君が好きなのよ?」


七海が呆れたように言った。


「本当だよ、お前ら見てると俺は悲しくなるんだぞ!」


真一も同じように声を上げた。


「どうしてよ?」


わたしは真一に質問した。


「お前、俺がどんな思いで‥」


「ふ〜ん、よく言うよ、わたしが何も知らないとでも思ってるの?」


「何がだよ!」


「あれ〜、言ってもいいのかな?」


「何だよ、言えよ!」


「七海と付き合ってるの知ってるんだからね、しかも、七海にも抱きしめてくれって言ったらしいね?」


「な、夏希!何でそれ?」


「夏希様をなめるなよ!七海にも同じ手使うなんて!」


「ごめんね都司君、わたしが話しちゃったんだよね‥」


七海がすまなさそうに声を出した。


「遠野‥何で言うかなそれ‥」


「だって、都司君のこと色々聞いてたらさ‥つい‥夏希は勘がいいからさ」


「まあ、バレちゃしょうがない!ああそうだよ!遠野と付き合ってるよ、悪いのか?」


真一は悪びれることもなく開き直って声を上げた。


「ねえ智史、これってどう思う?」


わたしがそう言って智史を見ると智史はクスクス笑っている。


「何だよ智史!何が可笑しいんだよ?」


真一が大きな声を出した。


「いや‥真一は打たれ強いなって思ってさ」


「どういう意味だよ?」


「俺だったら夏希に振られた時点でもう何も手につかなくなるな、お前は偉いよ!どこでも生きていけるぞ!」


「智史‥人をゴキブリみたいに言うなよ、俺だって悩んでたんだぞ、でも同じ振られた者同士で遠野を慰めてたらさ‥何ていうか‥好きになっちゃったんだよ」


真一が言い訳がましく言った。


「都司君!何それ?、の間違いでしょ!」


七海が少し膨れた顔をして言った。


「ハハハ‥そうとも言うかな、遠野、細かいことは気にするなよ‥」


「細かくない!大事なとこそれ!」


七海が更に顔を膨らませて声を荒げた。


「わかったよ‥わかりました、俺が慰めてもらって、遠野を好きになって、俺のこと可哀想だと思ったら抱きしめてくれって頼みました!これでいいんだろ‥」


真一が観念した様子で渋々声を上げた。


「素直でよろしい!」


七海が笑いながらオッケーサインを出した。

真一は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。


「よかったね真一、七海とならうまくいくよ!」


わたしはそう言って七海と顔を見合わせて笑った。



部活が終わってわたしは智史と一緒に夕暮れの川沿いの土手道を駅からわたしの家に向かって歩いていた。


「真一が七海とね‥ちょっと驚いたな」


「ああ、あいつの行動にはいつも驚かされるよ」


「そうだね、でも、わたし達も真一を見習わないとね」


「見習う?」


「そうだよ、真一はいつも前を向いてる」


「前をか‥」


「わたし達も過去に捉われないで前を向いていきたいな」


「過去に捉われない‥か」


「うん、わたしも智史も、まだどっかで過去を気にしてる。わたしは智史の夢を壊したこと、智史を裏切ったこと」


「夏希、それは違うって何度も言ってるだろ」


「智史はわたしを信じられなかったことを心の中でまだ責めてる」


「夏希‥」


「確かに中学の時にわたしと智史は初めて出会って、お互いに惹かれたんだって思う、あの頃があるから今がある、けどね、わたしと智史は今を、これからを生きていくんだよ、過去の思い出も大事だけど未来はもっと大事だって思うんだ」


「夏希の言うとおりだな、俺もどっかで夏希に遠慮してた、早く昔を取り戻さなくっちゃって、でも、俺達はもうあの頃に戻らなくてもいいのかもな‥あの頃よりもっと成長してるし、きっともっと分かり合えている気がする」


「うん‥智史、わたしもそう思う。だから‥未来を、これからを考えて一緒に歩いていこうよ」


「ああ、そうだな、夏希との未来か‥どんな未来が待ってるのかな?」


「きっと幸せで素敵な未来だよ‥わたしはそう信じてる」


「俺も信じる‥夏希と一緒ならそう思える」


「じゃあ、今日は記念日だね?」


「記念日?」


「そう、未来記念日!」


「未来記念日?」


「うん、わたしと智史が未来に向けて一緒に歩き出した記念日!」


「そうだな、忘れないようにしなくちゃな」


「大丈夫、忘れられないようにしてあげる」


わたしはそう言って背伸びをして智史にキスをした。


智史は唇に指を当てて驚いていた。


「夏希‥」


「ファーストキスをした記念日!この日と一緒なら忘れないでしょ?」


「俺、絶対に忘れない!」


そう言った智史の笑顔は今まで見た笑顔の中で一番素敵な笑顔をしていた。


「忘れたら許さないからね!」


わたしは智史に腕を絡めて土手沿いの街並みに沈んでいく綺麗な茜色の夕陽を見ていた。

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