第14話『さよなら初恋』

次の日の朝、智史は何事もなかったようにホームでわたしを待っていていた。


今日はもう待っていないと思っていた‥


昨日の放課後に七海は智史に告白した筈だ。

智史は返事をどうしたんだろう?


「おはよう‥夏希」


「おはよう智史」


挨拶をした後、智史は言葉が続かず黙っていた。


そのまま一言も会話がないまま急行に乗って学校のある駅のホームを降りて改札に向かうと七海の姿は無かった。


智史はそれがわかっていたように七海を探すこともなく改札を出ていった。


わたしは駅前のロータリーを智史の後をついてただ黙って歩いていた。


今日の智史は歩くスピードが早い、わたしはついて行くのに必死になった。


これが智史の出した答えなんだ‥

何故だかわからないけどそう確信した。


教室に入ると七海は既に登校して自分の席に座っていた。表情は穏やかな顔をしている。



昼休みになって、七海がわたしの肩を叩いてわたしを教室の外に連れ出した。


「昨日、ちゃんと告白したよ」


「‥」


「返事は今日の放課後にくれるって」


「そう‥」


「神谷君、きちんとわたしの話を聞いてくれた。俺のどこが好きなのって?」


「‥」


「陸上部で走っているところを吹奏楽部の音楽室の窓から見てたこと、勇気をもらったことも話したよ」


「‥そう」


「ちょっと驚いてたけど、俺みたいなのでいいのって、嬉しそうな顔をしてくれたんだよね」


「良かったね‥七海」


「夏希はどうするの?」


「わたしは‥何もしないよ」


「そっか‥わたしとの約束覚えてるよね?」


「うん、覚えてるよ、どんな結果になっても恨みっこなし、わたしと七海はこれからも親友だよね?」


「そうだよ、どうなってもこれからもよろしくね!」


そう言うと七海は教室に戻っていった。


わたしは午後の授業が終わると智史に声を掛けられた。


「夏希、ちょっといいかな?」


「うん‥」


智史の表情からどんな話なのかわたしには想像がついた。


智史はわたしを校舎の屋上に連れていった。


放課後の屋上は穏やかな陽気で溢れて心地よい風が吹いていた。


「話したいことがあるんだ」


「わかってるよ‥答えが見つかったんだよね?」


「よくわかったな?」


智史はそう言って少し驚いた顔をした。


「智史のことは何でもわかるよ‥」


わたしはそう言って智史の顔を見つめた。


「昨日、遠野から告白されたんだ」


「‥」


「俺のこと好きだって、本気だから付き合って欲しいって言われた」


「うん‥七海から聞いてたから知ってるよ」


わたしは答えた。


「遠野って男子から人気あるし、俺、生まれて初めて女の子から告白されて、正直な気持ちすごく嬉しかった。彼女に俺のことどうして好きになったのかって聞いたら、音楽室の窓から俺が走ってるのを見て勇気をもらってたって、遠野は吹奏楽部でかなり苦しんでたみたい‥俺に救われたって」


「それも七海から聞いて知ってた、あんな可愛いくて性格いい子はいないよ」


「そうだな、色々話してみると素直でとってもいい子だよな、これから返事をするんだ」


「智史の答えは出たんでしょ?」


「うん、つき合ってみようと思ってる」


「そう‥良かったね、七海をよろしく‥頼むね‥」


わたしは精一杯の祝福の言葉を智史に贈った。


「ああ、任せてよ‥夏希の親友だもんな」


「うん‥七海も喜ぶよ」


わたしは涙が溢れそうになるのを必死にこらえて答えた。


「夏希は喜んでくれるのか?」


「もちろん、智史と七海はお似合いだよ‥」


「そっか‥夏希は喜んでくれるのか」


「当たり前だよ、中学の時から友達の智史が親友の七海と付き合うんだからね!」


もう目一杯だった。


智史、もういいからやめて‥お願いだから‥

智史の出した答えをただ受け入れるしかなかった。


わたしは用意していた最後の言葉を切り出した。


「智史‥智史はわたしがいなくても生きていけるんだね?本当によかった‥わたしはずっと智史に負い目を感じてた、智史に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。智史の夢を奪ったこと、智史を裏切ったこと、でも‥わたしはこれでやっとそれを気にしないで生きていける、本当にごめんなさい。ずっと許さなくてもいい、憎んでもいいから覚えていて、わたしみたいなバカな子がいたって‥」


わたしは精一杯の強がりを言って智史に頭を下げてその場を離れようとした。


「なあ、夏希‥」


智史がわたしを呼び止めた。


「何?」


「頼みがあるんだ」


「頼みって?」


「自分にケジメを付けたいんだ。俺を抱きしめてくれないか?」


智史‥


「抱きしめてくれるか?」


「それは出来ないよ‥」


わたしは首を横に振った。


「そっか‥出来ないか」


智史は空を見上げて遠い目をしてそう言った。


「智史、わたしは‥」


「もういい、夏希の気持ちはわかったよ」


「智史‥」


「呼び止めて悪かったな‥俺は行くよ」


そう言って智史は屋上から出ていった。


本当は智史を抱きしめたかった‥誰にも取られたくないって叫びたかった。


でも‥わたしはあの日に決めたんだ、ちゃんと付き合う人以外には絶対にあんなことはしないって‥


今ここで智史を抱きしめたって、わたしが智史と付き合える訳じゃない‥


智史は七海の彼氏になるんだから‥

わたしの手の届かない人になるんだ。

だから‥そんなことは出来ない。


自然に涙が溢れてきた。

わたしはその場にうずくまって泣いた。

止まらない‥涙が止まらない。


こんなにも悲しい気持ちになったのは生まれて初めてだ‥


「智史‥智史‥さよなら」


言葉にして言ってみたけれど‥

忘れられないよ智史‥


わたしは智史と出会ったことを忘れない、智史に恋していたことを死ぬまで覚えている。


終わったんだ‥わたしの初恋、さよなら初恋‥さよなら智史‥

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