かなみちゃんの恋
ムラカワアオイ
第1話
鏡を見る。私はきれいな女だと、よく言われる。しかし、39歳、独り身。仕事はヘルパー。今日も自分大好き人間な私は、原付にまたがり、サイドミラーを見ては、自分の美しさに感謝する。神様、ありがとう。私の名は、鈴木かなみ。かなみ、かなみ、かなみちゃんなのである。事務所に到着し、同僚たちを見ると、何と、不細工な女達が多いことか。改めて、そう思う金曜日なのである。さて、仕事。会社の車に乗り込み、アクセルを踏む。いたって快調だ。私が運転するとこんな軽トラでも高級スポーツカーに見えてしまう。面倒ではあるが仕事の電話をしなければならない。ファンデーションをぬりながら。
『ヘルパーの鈴木です。今日は初めて、お邪魔致しますので、よろしくお願い致します』
この利用者さんは変わった男だと聞いている。私と同い年であるらしい。どこをどのように変わっているのだろうか。それが今日の私の最大のテーマなのである。250円の煙草を吸う。私にとっては、美味しい煙草である。皆は「まずい」と言うのだが。何故だろうか。信号待ちをしていると、神社が見えた。十字を切る、私。唇をなめながら。私は女神なのだ。スマホに目をやる。ユーチューブで自ら、作詞作曲した、「奇跡のエースのソング」のプロモーションビデオを見る。私はどこでもいつでもきれいだ。美しい女だ。しかし、初恋は実らないものであった。そうこうすると、利用者、関根さんの家に着いた。チャイムを押す。関根さんは、「よろしく、よろしく」と握手を求めてきた。顔は、きれいな男だとは思わない。ただ、関根さんは、おすもうさん並に太っていた。
「ご飯を炊いてください。ポットにお湯を入れてください。今日は焼うどんにしましょう」
と一瞬、私の美貌に酔っているのかとは思ったが、彼は良い人っぽい。焼うどんか。
「具の無い焼うどんが僕は好きなんです。それでお願いします」
と関根さんは言う。ただ、お金がないだけなんだろうよ。と咄嗟に思った。私は頭の良い女なのだ。
「鈴木さんは彼氏とか、旦那さんとかいらっしゃるんですか」
何故、こんな低レベルな質問に私は答えなければならないのであろうか。からかってみた。
「私の彼氏は私です」
「そうなんですね」
関根さんは、一瞬、曇った顔を見せるがすぐに煙草臭い、笑顔になった。私は皆の笑顔のために働き尽くしているきれいな女だ。
うどんをレンジに入れて温める。レンジがぐるぐると回るのを見ると、何て私は可憐なのであろうか、才色兼備な女なのであろうかと、鼻くそをほじった。その鼻くそも、美しいものなのだ。この世で一番きれいな鼻くそ。関根さんも鼻くそをほじりながら仏壇にお経をあげているのだ。罰が当たるぞ。と、のほほんと私は思った。私には美学がある。私は美しすぎる美女だ。それこそが私の美学なのである。髪を切りたくなった。一瞬、美容院の香りがしたのであった。私が美しい証拠である。関根さんはスキンヘッドである。焼うどんが出来上がった。ワインが飲みたい。料理用ワインが私の部屋には、わんさかと、転がっている。何か良いことがありそうだ。そう、想い、自らのBカップのおっぱいに触れる私なのである。関根さんが言った。
「鈴木さんっておきれいですね」
当たり前のことだ。しかし、期待に応えなければならない過酷な現実があるのである。
「私、不細工ですよ」
そう言うと、ああ、無情、関根さんが泣き出した。何故だかヴァギナが濡れた。それに私の腕時計が動かなくなり、壊れてしまった。関根さんに壊れた腕時計をプレゼントするとしよう。
「関根さん。涙を拭いて。これ、私からのプレゼントです」
私は、この世で一番、良い香りがする、壊れた腕時計を、関根さんにプレゼントした。すると、関根さんは、もっと泣き出し、号泣し始めた。なんということだ。
「ありがとうございます。鈴木さんの、理想のタイプの男性は有名人でいうと誰なのですか」
なんと答えようか。その前に関根さんの口が、また、開いた。全く煙たい男だ。
「僕と鈴木さん、イニシャルが同じですね。僕、関根和也です。鈴木さんの理想のタイプの男性ってどんな人なんですか」
「サッカーが上手くて、顔がきれいな人です」
咄嗟に笑顔に変わる、関根さん。
「僕もサッカーは好きですよ。サッカーが出来る人はかっこいいですよね。僕、お金持ちなんです。お金だけはたくさん持っているのです。僕、ダイエットして、サッカーを頑張って顔をきれいに整形します。だから僕と結婚して下さい。お願いします。僕の年収は5千万です」
はっ。なんなのだ。この男。初対面でこれか。昔、盗んだバイクで走り出し、私は警察に捕まったことがある。服役した過去もビューティフルだ。美しき我が人生だ。
「私、犯罪者なんです。人様のバイクを盗み、逮捕されました。だから、結婚は申し訳ございませんが、どうあがいても、無理です。ごめんなさい」
関根さんは、一気に顔色を変え、寝不足だけど美しい私にこう言うのだ。
「お前、馬鹿野郎。バイクなんぞ、盗みやがって、こら、えっ、指詰めろ」
げっ。この人、裏社会人か。私は、おすもうさんがバラエティ番組でロックを歌っている、幻覚を何故だか見た。そして、関根さんは、電話に向かう。
『おい、木の実、道具、持ってこい。一分で俺の家に来いよ』
エンジン音がけたたましく鳴りはじめた。そして、いかにも裏社会人だと思われる、黒いスーツに赤いネクタイの男が、一言も発せずに、私の左指を詰めた。痛いのは痛いが、私は自分に酔っているので、麻酔が利いたように痛みがやわらいだ。
「姉ちゃん。お前、サッカーが上手くて顔がきれいな男が好きなんだろ」
と関根さんは私に駆け寄る。「はい、好きです」と全くビビらなく答える私は美しく頼もしい。しかし、これは嘘なのだ。
私の名前は鈴木かなみ。私はサッカーに興味はなく、私自身に興味がある。好きな男性のタイプは、私と全く同じ顔を持っている、とても美しい、とても美しすぎる男性になった私そのものなのである。そう、ペニスが付いている私という男だ。私に小指はないけれど。
かなみちゃんの恋 ムラカワアオイ @semaoka3
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