第10話 少年、己を認める

「そんな虚言、俺は絶対に認めないぞ!」


 全員が立膝を付いているのに対し、一人だけ大声を上げて否定したものがいた。

 その男は現国王の息子で、長男であり、王太子だった。

 いつの間に王の間に入ってきたのかは知らないが、俺に指を指して喚いていた。


「父上!どうしてこんな青年に頭を下げているのですか!」


 王太子は声を荒げて、国王に抗議する。

 国王は頭を上げて、言った。


「馬鹿者!この青年は勇者様だぞ!」

「しかし、その確証がどこにあるのですか!どう見ても、昔の伝承と姿が似ているだけの青年じゃないですか!それにあれは五十年前の話です!今だったら、もういい年ですよ!」

「た、確かに……」


 国王が押され始めた。

 おいおい、そこで押され始めてはいけないだろう。

 現国王が息子に意見されて心を動かすなんて、そんなことがまかり通れば王太子を誑かして、国王に取り入れればこの国を好きに出来るなんて輩が、現れてしまうかもしれない。

 別にこの国がどうなろうと知ったことではないが、一応俺の一番弟子が働いている場所なのだ、その環境を悪くするわけにいかない。


 俺は、自分のことをどうやって認めてもらおうかと考えていると、ふいに目の前にいたリドールが言った。


「師匠、もしかして不老不死の魔法を完成させたのですか?」


 その一言で、国王と言い合いをしていた王太子の言葉が止まる。

 俺は口元を緩めると、その問いに答える。


「ああ、俺が眠る前に完成させて使った」

「だから青年のままなのですね」


 リドールは俺の前に手を出した。


「師匠、おはようございます」


 おお、まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかった。


「あ、ああ、おはよう」


 俺が手を握り返そうとした時だった。


「認めない!認めないぞ!」


 と言って王太子が腰に付けていた剣を抜刀した。

 それを見た国王が、近衛に抑えるように命じた。しかし、遅かった。

 普段から剣の修行をしている成長盛りな者と、王を守るために常にそばについている近衛たちとは、少しだが身体能力に差があったのだ。

 剣を振り上げ俺に迫ってくる。


 一体何が認めないのだろうか?

 俺は誰かに認められるために、姿を現したわけではないのだが……いや少なくとも国王がそう認識するために、自ら姿を現したから間違いではないのか。


「師匠!」


 リドールが前に出て魔法で止めようとする。

 しかし、剣で魔法を切り捨てていく王太子。

 俺はそれを見て素直に評価した。


 魔法と剣を同時に使うやつがいるのを、俺以外で初めて見たからだ。


 魔法と剣の同時使用する職業は魔法剣士と呼ばれ、普段から体を鍛えて、魔法もそれなりの腕前でないとなることすら出来ない。

 普段から魔法の研究をしている魔法使いに、突然剣を渡して練習させてもできないのは当たり前だし、逆に、剣しかやってきてないやつに、突然魔法を使えと言っても無理な話である。


 魔法を打ち消すには、基本的に魔法をつかうしかない。

 つまりは王太子は、自身の剣に魔法を付与したことになる。

 それは魔法と剣を両立した者となり、魔法剣士となる。


 まあ、これも俺が昔読んだ本の中にあった物だが。


「リードル、回復魔法を用意しておけ」


 俺はそう言ってリードルを後ろに引っ張り逃がして、前に出る。

 リードルは突然引っ張られたことに体制を崩しかけたが、飛行魔法にて空中で体制を立て直し、俺の命令を素直に聞いて後ろで詠唱を開始する。


「偽物め!このまま切られて死ね!」


 俺はその言葉を聞いて笑った。

 俺以外に、魔法剣士としてできる奴を初めて見たから?

 もちろんそれもある。

 しかし俺が考えていることは、もっと違うところにある。

 それは『今まであったことのない新しいやつと戦える』と言う感情である。


 俺は腰にあった短剣を即座に抜刀し、構える。

 王太子は俺の方に近づくと、剣に火魔法を付与して攻撃した。どうやら得意魔法は火属性のようだ。

 短剣でそれを受け流し、回避する。

 相手は一瞬体制を崩すが、地面を強くけり空中を一回転しながら降り立ち、またすぐに剣を持ち直す。


「ほう、剣の腕は良いな。流石は王太子だ」

「偽物に褒められてもうれしくない!」


 そう言って王太子は激怒しながら、再度俺に剣を振る。

 俺はそれを全て剣だけで受け流していく。

 

 剣戟が鳴り、その繰り返しが10回ぐらい続いたあと、王太子が剣を持ったまま止まって、俺に言った。


「貴様、さっきから防御しかしてないが、まさか攻撃できないのか?」


 王太子は口元を歪め笑う、やっぱりこいつは偽物だと。

 俺はその様子を見て答える。


「いや?俺が攻撃しない理由は、お前に怪我を負わせてしまったら国王に申し訳ないからだが?」

「くッ!貴様!どこまでもなめやがって!」


 長男は持っていた剣を上に掲げ、手を上に出して詠唱を始める。


「我が剣よ、すべての闇を払い光を与える聖霊よ、我に力を顕現差せよ!召喚付与、魔を払いし聖剣エクスカリバー


 エクスカリバー。

 それは光の聖霊が自分の力を込めて作った聖霊の剣で、その力は魔のものを打ち払う効果があると言われている。

 精霊に認められたものしか使えず、それに反せば全ての魔力を抜かれて死んでしまうこともある。

 少なくともこの時代では、だが。


 本当のことを言うと、その剣は俺が精霊王と共に作ったもので、それを光の大聖霊に貸し与えたのだ。

 この世界にいる聖霊たちは、実は言うと俺の魔力を元に精霊王が召喚したモノである。

 それがいつの間にか、魔法と魔力を扱い、人を支え助けてくれる、聖霊と呼ばれるようになっていた。


「やめるのだ!」


 国王が王太子に向かって声を上げる。

 しかし、その言葉を無視して振り上げた。


「死ね!偽物!」


 長男はそのまま真っ直ぐ聖剣を振り下ろした。

 剣から光を実体と持った斬撃が飛んでくる。


「危ない!」


 メイドの一人が叫ぶ。

 しかし、その斬撃が当たることはなかった。


 俺は剣を納刀して、手を前に出して魔導書を開ける。

 魔導書は宙に浮かび、勝手にページが開かれる。

 それと同時に俺は魔法を出す。


究極防御アルティメットディフェンダー


 その一言だけで、周りに白く透明の障壁が完成する。


「そんなもの打ち砕いてくれるわ!」


 斬撃を2、3個増やして飛ばしてくる。

 一個目の斬撃が障壁にぶつかり、飛び散った。




 障壁が。




「な!」


 リドールが驚きの声を上げる。

 てっきり障壁で全部止めるつもりだと思っていたのだろう。

 王太子はそのまま当たると確信してか、笑っていた。


「は!なめた真似をしているからこうなるんだ!」


 斬撃は俺に当たり、周りにその爆発で粉塵が巻き起こる。

 国王は顔面蒼白で、近衛は態勢が崩れた国王を支えている。

 メイドたちは国王のそばに近寄る。


「あはは、やったぞ、これで偽物は消えた」


 王太子は狂ったように笑っていた。

 しかし、その優越感はいつまでも続かなかった。


「おいおい、いつから勝負がついたと思っているんだ?」


 王太子の後ろ、つまり爆心地から声が聞こえる。

 もちろんその声の主は、攻撃をまともに喰らったはずなのに無傷で立っている俺だ。


「き、貴様!一体なぜ!」


「ああ?そんなの簡単だよ」


 俺は長男に自分の手を見せる。

 そこには放った斬撃が、小さくなり俺の二本指で掴まれていた。


「な!?」


 俺はそのままその斬撃を、割った。

 ちなみに障壁をわざと小さくして壊したのは、斬撃と言う魔法を少し楽しみたかっただけと言う理由である。

 俺が居た頃は、俺に斬撃を飛ばせる奴なんて居なかったし、斬撃自体を使える者が居なかった。


「こうした、分かった?」

「く、くそがぁぁぁぁぁぁ!なめやがってぇぇぇぇぇ!」


 王太子が剣を適当に振り回す。

 おお、怖い。これじゃ狂人だ。

 こんな奴が次期国王なんて……この国の将来が少し不安だし、今のままだと国王の公務も務まらないな。


 俺は再び短剣を抜く。魔力を流さず、そのまま短剣として使用する。

 俺は狂っている王太子に向かって一気に走りこみ、懐に潜り込む。

 他人からしたら、瞬き一瞬の出来事に見えるだろう。

 案の定、王太子も反応できていなかった。


「え?貴様、一体どうやって―――」

「―――ただ走っただけさ」


 そのまま王太子の横腹に向かって、短剣を横に薙ぎ払う。

 もちろん剣の刃を事前に魔力で覆って潰してあり、それで切った程度では痛みで気絶するだけだ。

 王太子はそのまま剣をもろに受け吹き飛び、壁に激突して気絶した。

 俺はそのまま短剣を納刀すると収納する、もちろん魔導書も。


 王の間には静かになる。

 誰だったろうか、その誰かが声を発する。


「……す、すごい」


 その一言で、周りの空気が一気に現実に引き戻され、それぞれが動き出す。


「お、おい!あのダメ息子を自室に連れていけ!」


 国王が一人の近衛に命じて、玉座に戻る。

 メイドたちが複数人、王太子と共にせわしく出て言った。多分、王太子の治療と看病をするためだろう。

 リドールはあまりのことに止まっていた。


「おい、リドール、大丈夫か?」


 俺が声をかけると硬直が解けて、慌てて俺の方を向いた。


「だ、大丈夫です、しかし、今のは一体‥‥」

「ただ剣術を応用しただけだ」

「そ、そうですか」


 リドールは国王の隣に戻る。

 戻った後もさっきの戦いが忘れられないのか、目が空中を凝視していた。

 回復魔法を用意させたのに、そのことをすっかり忘れているようだ。


 少しやりすぎたかな?

 戦いになると、いつも血が騒ぐんだよな……


 俺もしかしなくても戦闘狂だな。

 流石に否定できない。


「ゆ、勇者様、ご無礼をお許しください」


 国王が頭を下げる。


「いやいや、頭をお上げください、私も正体を肯定するためとは言え、王太子に少しやりすぎてしまったので、それでおあいこです」


 国王は頭を上げて「そう言ってもらえると助かる」と言って話を始めた。


「あやつは昔から勇者様を憧れて育ってきたのです。なので人一倍正義感が強く……だから今回も、勇者様が偽物だと騒ぎ立てて……」

「ああ、多分そんなところだろうと思っていましたよ」

「そうでしたか……息子のことは後で処遇を考えることにします。それで話が変わりますが、勇者様はいつまでここにいらっしゃるつもりで?」


 ああ、俺がいなくなったら学園の生徒としている以上、この国の戦力が減るわけだしな。今更現れた勇者を逃がしたくない気持ちも分かる。

 聞いてくるのは当たり前か、しかし俺にも見てみたいことがあるのであまり長い出来ない。


「そうだな、せめてあと4年はいるつもりだ」

「4年、ですか」

「ああ、それでちょうど学校が終わるころだろう」

「そういえば、我が国が誇る魔法学園に入学していたのですね。しかし、習うことなんて何もないでしょう?」

「ああそうだな、確かに無い」


 俺は言い切った。

 国王は、じゃあなぜ?と言う顔をしている。

 俺は話を続ける。


「しかし、俺がここを出て言ったら魔王が復活した今、一体誰があの生徒たちを育てる?リドールか?歳をとった魔法使いにやらせるなど無理だぞ?」

「ああ、確かにそうですな」


 俺はここで名案を思い付き、実行する。


「そうだろ?だから一つ、お願いがある」


 国王は近衛に紙を持ってくるように言う。

 多分俺の言ったことを記録して、残すためだろう。

 近衛が急いで紙とペンを持ってきた。


「それでそのお願いとは?」

「偵察部隊を一つ、貸してほしい」

「はぁ、それぐらいならいいですが、一体何をするつもりで?」

「ああ、一応言っておくか、他言無用だぞ」


 国王は近衛に誰にも言わないようにと言って命じた。

 俺はそれを確認し口を開く。



「魔王および魔族、魔物側の動きが知りたい。危ない任務になるが、それでもやる価値はある」



 国王は頷くと、早速第一偵察部隊を呼ぶよう近衛騎士に命じた。







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