第6話 教師の質と大賢者の弟子

 私は主様と別れた後、学院の案内チラシに載っていた募集場所に向かった。

 生徒たちが試験を行っている場所は、学院の東側の方にある第一耐魔法用体育館と呼ばれる場所だが、教職員採用試験の集合場所は学院長室の隣にある準備室だった。


 中に入ると、長机を挟んだ奥の方に少し高級感のある椅子があり、その向かい側に木椅子が二つ置かれていた。

 どうやら私以外にももう一人、教員として面接を受けるようで、対面式の集団面接と予想できる。


 私は二つあるうちの右側へと座って、試験開始を待つ。

 一応、この学園に来る道すがら主様と回答の打ち合わせをしてきたので、予想外の問題が無い限り対応できると思う。

 落ちることは考えていないが、もし落ちた場合は学園の前にあった空き家を借りて、適当な店を開く予定だ。


 考え事をしていたら、試験開始時間のギリギリに勢いよく扉が開いた。

 慌てた様子の女性が一人入ってくる。

 どうやら寝坊したようで、頭に寝癖がしっかりと残っていた。

 多分、採用試験の受験者だろう。

 新任の採用試験とは言え、時間ギリギリに来るのはどうなのだろうか。


「はぁ、はぁ……。間に合ったぁ……」


 彼女はそう言って私の方を一瞥すると、開いていた隣の椅子に座る。


「すいません、あなたもここの教師になるために来たのですか?」

「……ええ、そうですが?」

 

 私は出会ったばかりの女性の第一声に、少しだけイラつきを感じた。

 初対面の人間に挨拶もなく突然喋りかけてくるのはどうだろうか。

 挨拶は人として最大のコミュニケーションであり、大事だろう。

 話しかけてくるのなら、私の思いすぎかもしれないが、最初は挨拶から始めるというのがマナーだと言える。

 人に教養と魔法を教える教師となるには、些かマナーが足りないように思えた。


「どういうものが専門ですか?」


 魔法で得意な属性は何かと聞いているのだろう。


「私は火属性ですかね、他も基本属性は一通り使えますが」


 嘘だ。私は一部を除いてほぼ全ての属性を使える。

 得意とか属性によって偏っているものは無い。

 しいて言えばオールラウンダーだ。

 ここに来る前に、主様より今の世界だと全ての属性を使える方が不自然だと言われて、誰もが知っている火属性にしておいたのだった。


「奇遇ですね!私も火属性が得意なんですよ!でもほかの魔法が全然で…」

「でしたら火魔法担当の教師を?」


 確かにこの女性から感じる魔力量は常人より多少は多く、魔法使いとしては中級クラスになるだろう。

 火属性は魔力の消費量が比較的多いので、納得がいく。


「ええ、そうです。あなたは?」

「私は普通に算術とかですかね」


 魔法も使える分、教えることは出来るので、そちらの採用試験を受ければよかったのだろう。

 だが主様のクラスの教師になれば、教えることなんて何もない。

 むしろ程度が低いので、主様に落胆されるかもしれない。

 それならばいっその事、魔法分野ではなく教養分野の教師になり、基礎的な知識事項を教える方に回った方が良いと考えたからだった。


「そしたら文化科なんですね」

「そうなりますね」


 ちなみに文化科とは歴史や算術などを教えることで、魔法などの体を動かす系は運動科となっている。

 文科系もおろそかにはできない教科なので、こちらのほうなら主様にも落胆されることは無いと思ったのだ。


「あの……さっきから気になっていたんですけど、どうしてメイド服を着てるんですか?」

「ああ、これは私の仕事着なので」


 主様と離れていようと、メイドであることには変わりない。

 何かあれば即座に対応できるように、常にこのメイド服型の戦闘服を身にまとっているのだ。


「ということは、どこかの貴族さまの?」

「ええ、まあ……」


 今でいう教師の方は、副業扱いになるのだろうか。

 まあ収入があればなんでもいいが。

 主様は貴族という訳ではないが、位を付けるのであればそれぐらいにはなるだろう。


「いいなぁ、待遇いいんだろうなぁ」


 まあ、私が仕えているのが伝説の勇者と知ったら驚くだろうな。

 このような女性が、主様のお眼鏡にかなうはずがないと思うが。


 私たち二人が話に盛り上がっていると、校長室へと繋がっている扉が開いて二人の男が入ってくる。

 鑑定すると、片方はこの学校の校長で、もう片方は人事を担当している人らしい。


「お待たせしました。もう来ていたんですね、早いことです」


 校長先生がそう言った。


「そんなことはありません」

「いやいや、謙遜をなさらず。それでは面接を始めさせていただきます」

「宜しくお願い致します」

「お願いします」


 校長が席に座ると、人事担当はその後ろに立ち、面接が始まった。

 簡単な質問から、自身が得意とする魔法、技術分野まで幅広く質問された。

 それを回答していくと、人事担当が手元に持っている用紙へと書き込んでいく。


「ふむ、二人ともこちらが求めていた実力をお持ちのようだ。わが校にふさわしい教師と言えます。二人とも合格です」


 そして結果は、なんとどちらも合格だった。


「どうしてどちらも合格なのですか?」

「ああ、それはですね。実はありがたいことながら、生徒数が多すぎて講師の方が現状圧倒的に足りていないんですよ」


 この面接までに何人もの教師候補が採用試験に臨んだようだが、どれも力不足であり突き返したとのこと。


「じゃあ、この面接は……」

「講師として十分な判断能力、発言力があるかどうか見定めるためです」

「そうでしたか」


 ということらしい。

 この試験を受けようとして、受験を申し出て来た時点ではほぼ合格しているようなモノらしい。

 しかし、実際に話してみないと教職員として相応しい人格を持っているかが分からない為、面接試験を実施しているとのことだった。


 正直、遅れてきた女性と同じような扱いをされるのが癪に障るが、合格して学園の教師になると言うのは成功したので良しとしよう。


 この後、校長が自分だけ部屋にくるように言って、部屋を出ていった。

 先ほどの女性の方は、人事担当に連れていかれた。


 そして少しだけ時間をおいてから、校長室に入った。


「面接、お疲れ様でした」

「はい、今日からよろしくお願いします」

「ああ、よろしく、もう少し待っていてくれ。そこのソファーに座っていて構わないよ」


 私は部屋の角の方に向かい、立って待つ。

 多分、今は生徒の試験を行っている最中だろう。

 主様が頑張っているのに、私だけが休んでいるわけにはいかない。


「……座って待っていても構わないのだが?」

「いえ、大丈夫です」

「そうですか……変わった方だ」


 私は校長の言葉を聞き流しながら、思考を開始する。


 主様は、多分問題なく合格するだろう。

 しかし、その合格の仕方が普通とは違うと愚考する。理由は単純、主様は好奇心には付き従う人だから。


 主様はこの学校に、興味をもって入学しようとしている。

 それは魔法に対しての好奇心であり、その障害となることは絶対超えていく人だ。

 つまりは他の人ができないようなことをして、圧倒的な実力差を見せつけてから合格してくるだろう。

 確か合格の定員数は現在の半分ぐらいだったと思うので、真剣に魔法を受けたいと思っている子には少々可哀想なことになるだろうが……。

 知ったことではないか。


「あっちも終わったようだね」


 校長先生が窓の外を見て言う。

 校長室からは生徒候補が試験を受けている会場が丸見えなので、こっちに来る人影でも見たのだろう。

 私は主様が余計なことをしていないのを祈った。



 



 ------------








「それでここに集まってもらった話なんだが」


 校長が話を切り出す。

 俺は言われたままに、校長の向かい側に用意された椅子に座って話を聞く。


「今回の合格おめでとう。本来ならクラスに行って自己紹介してもらってるんだが、今回は入学試験というよりは、もはや魔法の発表会となってしまっていたのでな。私から少しだけ話をさせてもらおうと思う」


 なんだ、そんなことか。

 ついてっきり、やり過ぎて怒られるのかと思っていたのだが。


「まず最初に二人とも、同じクラスとなる。Sクラスだ」


 へぇ、まあどうでもいいな。

 因みに、この学校のクラス分けは、魔法の威力や速度などを基準に数値化し、それを順位分け、SからEまでの六つのクラスができるようになっている。

 Eが一番下であり、Aが最強クラスで、Sが規格外とされている。


「担任はクロエ先生だ。文化科の先生となるので、魔法関係は副担任が務める」


 担任がクロエになった、まあどうでも……え?クロエが担任?


「副担任はリーズ先生と言う。火属性の魔法が得意なんだそうだ」


 俺は校長の話を聞き流しかけて、慌てて拾った言葉に驚く。

 クロエが担任になったことにではない。

 この学校が、入って来たばかりの新任に担任を任せることに、だ。


 普通、担任とはそれなりの経験と知識を持った者が行うことであり、教師になったばかりの新任の先生が任されることなんてない。

 それがまかり通るのであれば、魔法分野の教師は世界中に数万人以上居ることになる。

 

「どうして私が?」


 クロエは俺と同じく疑問に思い、聞き返していた。

 どうやら、本人も聞かされていなかったらしい。


「実は、先ほどクロエ先生には伝えた通り、この学校には教師の数が圧倒的に足りていない。孫節された学校だからか、それなりのレベルの教師を雇うのには条件が高すぎたのだ。王国からも宮廷魔法師を派遣してもらい、なんとか他のクラスの担任は何とか決まっていたのだが、どうしてもSクラスだけ足りなかった。そのクラスは他とは魔法学習のレベルが違うからね。そこで適任な教師を募集した所、たまたまいい腕を持った二人に出会ったので即採用という訳だ」

「なるほど……」

「どうか、お受けしてもらえないでしょうか」


 校長先生が頭を下げる。まあ、当然だろうな。

 クロエほどの実力者が教えるのだ。頭を下げるぐらいはやってもらわないと、俺が納得できない。


「……分かりました。頭をお上げください。その役目、お受けしましょう」

「そうか!ありがとう!これでやっと学院として新学期を始められるよ」


 一体、今まではどうやってクラス保って、学校運営してきたんだよ。

 ああ、この学院、今年から表立って運営されるんだっけ。


 こうして俺のクラスの担任はクロエに決まった。


「さて、話を変えるが、君たち二人をここに呼んだのには理由がある」

「というと?」


 クロエに対する説明が終わり、俺とリフィアが校長室に連れてこられた理由を話し始める。


「まずはリフィアさん。最初に申し訳ないと謝っておきたい。すまない」


 そう言って、校長はリフィアに対して、再び頭を下げた。

 リフィアは何が起きているのか理解ができずに、必死に頭を上げてくださいと伝えた。


「実は、リフィアさんに関しては、試験を受けなくても元々合格者として学院に通ってもらう予定だったんだ」

「はい!?」


 リフィアは校長の言葉に、驚く。


「リフィアさんの師匠、つまりは大賢者リードル様とは面識があってね。今回のリフィアさんの入学に関しては事前に調整をされたんだよ」

「師匠がそんなことを?」


 なるほど、本来であれば試験会場に行かなくても、学院には通うことが既に決まっていたのか。


「本来であれば、リードル様に直接伝えてもらう予定だったが、それを伝えるのを失念していた。申し訳ない」

「……分かりました。しかし謝る必要はありません。本来であれば試験を受けて入学するのが一般的です。私がどれだけ有名な人の弟子であろうと、エコ贔屓するのは間違っていますから」


 俺は彼女のことを改めて評価しなおす。

 まさか、ここまでしっかりとした考えを持っている人物だとは思っていなかった。

 自分の師匠の名前を借りずに、入試を受けたのも知らなかったとはいえ、知っていたとしてもしっかりと入試を受けていただろう。

 バレたのだって、来ていたローブの紋章でバレたようなものだ。

 本人が意図的にバラしたわけじゃない。


「……リードル様の言った通り、しっかりとした方だ。改めてだが、入学おめでとう。私としてもあなたのような立派な考えを持つ人を我が校に迎え入れることができてうれしい限りですよ」

「い、いえ、私はそんな立派な人ではありません……」


 リフィアは少し戸惑ったのか、口ごもった言い方で返答した。


「そんなことは無いですよ。自身の考えをしっかりと言える人間は立派です。さて次に、ジンくんだったかな。君の事だが……」


 校長はそう言って、何かを考えこむように黙った。


「どうしました?」

「……君は一体何者なんだ?」

「と、言いますと?」


 校長はそう言って、俺の方を見る。


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