24話「エピローグ」


「ちょっ……!? 何よこの服!? ふとももとかおなかとか丸出しじゃないのよ!?」

「服と呼ぶな! 衣装と言え!」

「ふぁ!?」


 文句を言ったのはミコナのはずなのに、予想外に強い口調で言い返されて、逆にミコナが驚いた。

 一体何が彼をここまでこだわらせるのだろう?

 妙な剣幕に押し切られれ結局三人はハデで肌色露出分の高い衣装を着せられる。

 若干ナチ制服風味なのはタケルの趣味だ。


「イエスっ!! 三人とも素晴らしく可愛いぞ! まさに新世界のアイドルに相応しい!」

「タケルがおかしい……」

「ふえぇ……」

「わ、私にはハデ過ぎると思うのだが……」

「ノー!! ホースちゃん最高! タケルグッジョブ! お前天才だろ!?」

「ふはははは! こう見えてもアイドルオタの端くれだからな!」

「友よ!」

「親友よ!」


 がしりと抱き合う男二人に、心底嫌そうな視線を向ける二人。一人は「素晴らしく可愛い……」と繰り返している。

 これはもうどうしようもないと、諦めに似た決意を浮かべる。

 理由は簡単だ。

 隙間から覗くと、ステージ前にはほとんどのアマテラス住民が集まっているのだ。今更やめるとも言えない。


 ステージの回りは、タケル考案の様々な屋台が並んでいた。

 たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、さらにアマテラスの冷蔵機能を生かして作った氷を使い、かき氷の屋台までが並んでいた。砂糖はやや貴重であったが、シロップとして使用されている。

 子供だけで無く大人にまで大人気で、ステージ前はかき氷を手にした観客が多かった。

 つい先日まで、帝國の影に怯え、逃亡の日々を過ごしていたとは思えないほど、明るい笑顔が並んでいた。


「はあ……まったくなんでこんなことになったのかなぁ」

「それは私のセリフだ。私はペガサスの騎士なんだぞ?」

「私だってただの巫女よ」

「……しかしこうなった以上、手を抜くわけにもいかない。練習通りやろうじゃないか」

「さすがホースさんね」


 もっとも一番心配なのがホースさんなんですけどね。とは続けられなかったミコナである。


「シャル……大丈夫?」

「……なんとか」


 ミコナに声を掛けられ、なんとか現実世界に帰ってくるシャル。

 それにしても、見てくれだけなら日本のアイドルグループを凌駕するメンバーだなと、タケルは何度も頷いた。

 俺の目に狂いは無かった!


 タケルは満足げに襟を正すと、ステージへと一人上がる。

 スポットライトが虚空にアマテラスの英雄を浮かび上がらせる。


「レディーエンジェントルメェン!!!」


 たっぷり溜めてから、群衆に言い放つ。

 昼過ぎから始まった戦勝会という名の祭りは、日が落ちて最高潮を向かえていた。

 最小限の当直以外は全員がここに集まっている。また当直の人間も、モニターを介してこのステージを観れるようにしていた。


 アマテラス中の視線が集まっていた。

 アクティブオタクであるタケルにとって、注目は割と気持ちの良いものである。大勢の視線に身震いして、大仰に手を振った。


「皆様お待ちかね! 注目の3人グループ! コノハナサクヤによるコンサートを開始したいと思います!!」

「「「をおおおおおおおお!!!!」」」


 あらかじめ、仕込みをしておいた第2戦闘攻撃飛行隊”シラヌイ”のメンバーが声を揃えて声を上げると、釣られて観客たちにも熱が伝播していく。シラヌイの隊長は真面目だが、スワローの洗脳によって、だいぶヌルくなっていた。

 唯一隊長だけが少し離れた場所で苦笑いだ。


 コンサートの作法などわからなし、大衆演劇に造形があるわけでもないだろう、とにかく騒いで盛り上げるというルールを刷り込むのに時間は掛からなかった。


「ちょっと! コノハナサクヤってなによ!?」

「グループ名だよ」

「初耳よ!」

「そりゃあさっき考えたからなぁ……」


 タケルとしたことがグループ名を考えるのがすっぽ抜けていたのだ。5秒で考えた名前だったが悪くないと思っている。


「ちゃんと自己紹介ではコノハナサクヤのって言えよ」

「唐突過ぎるのよ! もう!」


 舞台袖と内緒話するのはその辺が限界だ。


「まぁ上手くやってくれ……それではコノハナサクヤ! 登場です!!」


 舞台袖で一度ため息を吐いた後、キリリと表情を引き締め、タケルに散々注意された笑顔をまき散らして、手を振りながらステージ中央に立った。

 彼女の右にシャル、左にホースが並ぶ。

 懸念していたシャルは思ったよりも緊張している様子は無い。少し硬いが大丈夫だろう。タケルが舞台袖からガッツポーズを送ると、こくりと頷いたほどだ。


 問題はホースかもしれない。

 舞台袖から出る時はそうでも無かったのだが、舞台中央に出て、観客側を向いた瞬間。熱狂的な大歓声に包まれ、突如地蔵の様に硬くなってしまったのだ。


「うあー、ありゃまずいかなぁ?」


 練習も手順もすっ飛び、ただただ硬直して直立するホース。

 こうなったらミコナとシャルに期待するしか無い。

 タケルは舞台裏の整備員の一人に、指示を出すと、コノハナサクヤの背後に降りていた垂れ幕が開き、待機していた第1戦闘攻撃飛行隊”ライジン”改め、第1軍楽隊”ライジン”が姿を現した。

 これもタケルのごり押しで、現代風バンドである。ドラム担当が死にそうだったが、スワローの暖かい説得で、連日徹夜でなんとか物にした。


 スポットが踊り、演奏がスタートする。


「それでは! 私達の歌を楽しんでね!」


 前奏が始まると同時に第90早期警戒飛行隊”キュウビ”のメンバーがバックダンサーとして飛び出して来た。これは3人には内緒のサプライズだ。

 一瞬目を丸くしていたが、ミコナはパッと笑顔になって一緒になって踊り出した。

 アップテンポの乗りの良い、この世界では聞いた事も無い騒がしい音楽が、キレッキレに響き渡る。

 整備員達渾身のステージ音響はアマテラスを揺らす勢いで大音響に響き渡った。


 そんな中、ホースだけが直立不動である。

 こりゃあダメだと思った瞬間、ギターをかき鳴らしながら、スワローがホースの横に立った。


「なにやってんのホースちゃん! いつもの君らしくないじゃねーの!」


 ニヤリと笑いつつ、ちゃっかりホースの肩に手を回す、その状態でいったいどうやってギターを弾いているのかわからないが、とにかく器用なのは確かだ。


「あれ? これでも反応無し? んじゃキスしちゃおーかなー……んー!」

「……ん? んおあああああ!?」


 あとコンマ数ミリで頬に当たるというタイミングで正気を取り戻したホースが飛び退く。小さくスワローが舌打ちしたのは内緒だ。


「ききききき貴様!? 人前で何をしようとした!?」

「あれ? 人前じゃなかったらOKだった?」

「良いわけないだろう!? 貴様の脳みそはどうなっているのだ!?」

「いやいやー。いつも勇猛で誇り高いホースちゃんが酷い有様だったからさぁ……」

「なんだと!?」

「いまだってほら、やらなきゃならないことが出来てないだろ?」

「……え?」


 ホースは改めて周りを見ると、この世界からはあり得ない程のアップテンポの音楽に合わせてダンスする仲間達。というか部下が参戦していた。


「お前達何やってる!?」


 自分のペガサス隊、女性だけで構成されたペガサスライダーの偵察部隊の面々が、彼女に負けず劣らず露出の高いお揃いの衣装を纏い、見事なダンスを披露しているのだ。


「いやー、隊長を驚かそうと思って」

「驚き過ぎて素に返ったぞ」

「なら良かったですよ。さあ、もう歌が始まりますよ? ここからが隊長の本番です!」

「ん……そうだな。不本意ではあるが一度受けた仕事だ、完遂させてこその騎士だろう」


 特に騎士階級があるわけでも無いが、妙にこだわりのあるホースは息を整え、練習したダンスに合わせた。緊張さえ溶けてしまえば、元々身体能力は高いのだ。肉体が躍動すると、それに回りの人間も引っ張られ、ステージの温度は一気に上昇する。

 そしてコノハナサクヤの歌声がシンクロした。

 

 

 遙か、地平の彼方

 眠りの果て、刻の果て

 三千世界を乗り越え

 あなたに巡り会う


 Beyond the dimension

 そこに愛があるから

 Beyond the dimension

 必ず再び巡り会う


 私だけは、信じてる

 Everlasting love

 この胸に抱いて



 オーケストラや民謡、オペラの様な音楽はあったが、アップテンポのJーPOPなど聞いた事の無い彼らだ。最初は戸惑いもあったが、オタ芸まで仕込まれて歓声を上げる第2戦闘攻撃飛行隊”シラヌイ”の隊員達に引っ張られて、最高潮の盛り上がりを見せた。


 用意出来た曲はこれ一曲だったが、大盛況の内にステージは幕を閉じた。


 そして……。


 ◆


 祭りの後。


 熱気冷めやらぬままに、片付けが始まり、数日掛けて組み上げられたステージが撤収されていく。

 タケルの仕事はもうほとんど無い。

 まだ熱が抜けきらず、夢遊病者のようにふわふわとした足取りで、艦内に戻っていくアマテラス住民達。それを満足げに眺めると、自らも熱を冷ますために、甲板の端へと移動した。チェーンが渡してあるだけの簡易柵をまたいで、足を投げ出し、腰を下ろす。

 今誰かに押されたら奈落の海へと真っ逆さまだ。

 普段はこの柵すらつけてはいない。祭りなので急遽張ったのだ。


「……熱かったなぁー」


 自分がプロデュースした祭りの熱気がまだ冷めやらぬ。

 ただ、墨汁の様な海のうねりを眺めていると、ふっと横に誰かが腰を下ろした。


「喉渇いたでしょ?」


 タケルは差し出されたジュースを受け取る。ミコナだった。舞台衣装の上に薄い上着を羽織っていた。


「ありがとう」


 波の音が聞こえる。

 直接海上を走っているわけでは無いが、広い海原にぽつんと浮かんだボートの様な感覚だった。

 実際は街が丸ごと移動しているのと変わらないのだが。


 どれだけの時間そうしていただろう。

 タケルとミコナはただただ無言で海を……いや、どこでもない何かを眺めていた。

 心地よい時間だった。

 気まずさなど一つも無く、ただ、横にいてくれるだけの時間が幸せだった。


「私達……どうなるのかな?」


 ぽつりと。

 ミコナが呟いた。


 タケルは微動だにせず、小さく答えた。


「どうもならないさ。勝って、この時間を作るんだ」


 再び長い沈黙。


「そう……ね」

「大丈夫だ。俺が作る。平和な時間を」

「うん……ありがとう」


 そっと、ミコナの肩がタケルの肩に触れた。


 必ず、絶対、帝國に勝利して、平和を取り戻す。

 帝國がどれほどの悪なのかわからない。

 だが……。

 タケルはこの時間をまた作りたいのだと、新たに決意した。


「行こう。俺達の戦いは始まったばかりだ」

「うん」


 魔導戦闘空母アマテラスは、水平線の彼方へと、明日へと向かって、前進を開始した。



 —END—


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超ド級! 魔導戦闘空母アマテラス! ~帝國をぶっ飛ばせ!~ 佐々木さざめき @sasaki-sazameki

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