21話「ズィーガー」


『くくく……追い詰めたぞタケル! 今度こそ死ぬが良い!!』


 ズィーガー・ブリュンヒルデが吠えた。魔導ディスプレイに映る端麗な顔には勝利が浮かんでいた。

 実際タケルは主戦場のワイバーン飛び交う空域を引き離されていた。完全に3対1の図式が出来上がっていた。さらにズィーガーと2騎のワイバーンによる連携は鋭さを増し、タケルのタケミカヅチにダメージを与え始めていた。


『これで終わりだ!』


 左右を完全にワイバーンに塞がれ、それまで温存していたワイバーンによる火炎弾攻撃と爆裂魔法による弾幕でタケミカヅチの逃げ道は完膚なきまでに無くなった。さらに正面からはとどめの魔導砲だ。

 魔導騎士鎧装の放つ魔導砲は高威力だ。魔導防壁の薄くなった今のタケミカヅチに直撃すれば少なくとも撃墜は免れない。


 ズィーガーはったと確信した。まるで吸い込まれるように異形の魔導鎧装に飛んでいく魔導弾。仮に上か下に逃げた所でワイバーンによる集中砲火が待っている。そういう陣形なのだ。後ろは論外だ。ズィーガーは詰めの甘い騎士では無い。

 すでに前に出ている。仮にこの魔導弾が避けられたところで、それ以上の回避行動は不可能だ。落ち着いて仕留めれば良い。もっともこの一撃を避けられるとも思っていなかったが。


 だから。


 目の前で。


 高魔力の。


 結晶である。


 魔導弾が真っ二つに分かれた。


 その事実を脳が認識するのに、数秒の時間が掛かった。

 そしてそれは決定的な隙だった。


 これは、しばらく後で、ズィーガーが記憶を何度も思い出してまとめた状況である。


 追い詰められたタケルのタケミカヅチは、上にも、下にも、後ろにも逃げなかった。

 奴はそのまま前に出たのである。弾丸の様な勢いで。

 もちろんそれでは魔導弾を避けることなど出来はしない。破れかぶれの自殺でしかなかったはずだ。

 だが。

 奴はその見慣れぬ形の剣……反りのある片刃の紅き刃で。

 魔導弾を叩っ切ったのだ。

 それは神速にして正確無比な剣撃であった。ズィーガーが師事した帝國の有名な剣士すら見惚れるであろう完璧で美しい剣撃だった。

 どうやって抜いたのか、一度腰の鞘に収めたその刃を、一動作で抜いて切り上げたのである。

 脳裏に焼き付いたその姿は、これまでに見たことも無い剣技であった。

 一瞬、魔導鎧装に登録した、魔力を消費して放つ剣技だと思ったが、それは違うとズィーガーの騎士としての本能が否定した。

 あれは……、騎士として身につけた技だ。恐らく幼き頃から気が遠くなるほど繰り返してきた技に違いない。

 そして魔導弾を切り裂いた奴の魔導鎧装は、そのままズィーガーに肉薄し、切り上げた刃を切り返して、ズィーガーの魔導騎士鎧装を袈裟斬りにした。その鋭い剣撃は魔導防壁をあっさりと抜いて、魔導鎧装にめり込んだのだ。

 その太陽の様な輝きを持つ刃は、ズィーガーの操縦席を切り裂き、彼の目の前でギリギリ停止した。タケルが刃を振り抜かなかったのか、魔導防壁が仕事をしたのかまでは不明だが、まさに紙一重、間一髪ズィーガーの身体を切り裂くことは無かった。


 操縦席の全面装甲が剥がれ、外の風が流れ込んでくる。

 肉眼で、ズィーガーは夕日に染まった異形の魔導鎧装を見た。


「……お、覚えていろぉおおお! タケルぅぅぅうううううううう!!」


 落下していく魔導騎士鎧装でズィーガーは叫んでいた。


 ◆


「ふう……ギリギリだったぜ」


 タケルは落下していく蒼き魔導鎧装を見ながら額の汗を拭った。

 ズィーガー自体の動きも少し良くなっていたが、何よりそれに随伴する二機のワイバーンが厄介すぎた。今もその二機が破片をまき散らしながら落下していく蒼き魔導騎士鎧装を追って急降下していた。


 だが、やらせない。

 タケルはズィーガーにとどめを刺すべく、急降下を開始しようとしたときだった。


『まずい! このままじゃ崖に突っ込むぞ!』

『回頭しろ! 回頭だ!』

『馬鹿! 速度を落とせ!』

『退避! 右舷要員は至急退避ぃ!!』


 魔導無線に飛び込んでくる阿鼻叫喚恩叫び声、視線をあげれば、切り立った岩山にアマテラスがその巨体をぶつけかけていたのだ。

 現在のアマテラスは自転車の全速……または原チャリ程度の速度しかでていない。だが、それでもそのスピード突っ込んだら小破ですむとは思えなかった。


「左だ! 左の推進ファンを全力逆回転させろ!」

『タケル!?』

「急な面舵で、空母がコマみたいに船首が右を向いたんだ! 左のファンを逆回転! アマテラスの元からの推進装置は真っ直ぐ! 慌てて取舵したら今度こそ制御不能になるぞ!」

『わかった!』


 敵上空を避けるために、岩山ギリギリまでアマテラスを寄せて抜けようとしていたのが裏目に出た。

 急増の推進装置増設と、その訓練時間が圧倒的に足りなかった。

 アマテラスの重心を中心に、ドリフトしているようなものだ。ゲーム初心者に峠攻めのドリフトさせるような無茶である。普通に考えてパニックで逆ハンドルとブレーキを踏んでガードレールの外である。


「させねぇっての!」


 タケミカヅチは大量の蒸気を噴き出して、一気にアマテラスに近づく。後部甲板上で、整備班長のゴルゴンが左推進ファンを手動で逆ギアに切り替えていた。

 一度ギアが外され空転し、ゆっくりと速度を落とし、ファンの回転が緩やかになったところで、ギアを入れ替える。すると縦に並んだファンは悲鳴を上げるように逆回転を始めた。


「間に合わねぇ!」


 タケルは咄嗟にタケミカヅチをアマテラスの左舷後方にやり、甲板の縁を掴む。


「根性みせろぉ! タケミカヅチぃいいい!!」


 タケルが出力ペダルを蹴っ飛ばすと、凄まじい勢いでタケミカヅチの背面噴射口から爆発したと錯覚するような大量の水蒸気が吹き出す。アマテラスのケツ・・を無理矢理右に押し込もうと言うのだ。

 額に血管浮かせてペダルを、レバーを押し込む。


「うおらあああああああああああ!!」


【スキル:咆哮白煙】を発動しました。


「……え?」


 タケルが疑問を抱く間もなく、それまでを圧倒的に凌駕する爆発的な推進力がタケルとタケミカヅチを襲った。後ろからハンマーでぶん殴られたような衝撃と同時に、アマテラスの巨体がじわりと動いた。


『いける……! 蒸気タービン全開!』

『もう目一杯ですよ!』

『うるせぇ! ぶっ壊れてもかまわん! 直結してでも出力を上げろ』

『うわああ! 了解! どうなっても知りませんよ!?』

『このままじゃアマテラスが先にぶっ壊れるんだぞ!?』

『負荷計測カット! 温度測定カット! 圧力弁測定カット! アマテラスの魔力供給パイプを手動で無理矢理つなげろ!!』

『ぎゃああ! 7番圧力弁が吹っ飛んだぁ!』

『慌てるんじゃねぇ! 6番と8番のバルブを閉めろ! 阿呆! 走れ! 手動で締めるんだよ! 爆発だけはさせるなよ!?』

『了解!!』


 いつワイバーンの火炎弾が降り注ぐかもわからない危険な甲板上を走り回る整備スタッフ達。

 状況はまったくわからなかったが、タケルも急に出力の増したタケミカヅチの蒸気推進の力を借りて、全力でアマテラスを押した。


 迫る岩肌。白い蒸気を吹き上げるタケミカヅチと、蒸気タービン。

 アマテラス右舷を僅かに、かりんとうを崩すが如く岩肌を削り、まさにギリギリで抜けきった。今頃艦内は衝撃で大変な事になってるだろう。


『すぐに艦内の被害を調べろ! タケル! 外からの被害状況を知らせてくれ!』


 ジングン艦長だった。


「……すまん無理だ」

『なに?』

「魔力切れだ。今俺の状況は……」


 アマテラスの左舷甲板の端に、片手でぶら下がっているタケミカヅチだった。魔力が切れたのだ。


「落ちなくて良かったぜ……」


 タケミカヅチの状況に気付いた整備員達が、ロープを担いで集まってくる。タケルは操縦席の前面を開き、降ろしてもらったロープに掴まった。


「逃がしたか」


 甲板に上がったタケルは、森の一角、白い煙を上げる箇所を見つめた。

 ここで仕留められなかったのは痛い。きっとあの野郎、次は……本物になってる。


「……ま、しゃーないか!」


 細かいことは気にしない!

 それが山賀猛の本質であった。


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