11話「襲来(うぜえ)」


 長老達とゴルゴン、ミコナとシャル、ヘイセ。それとガタイの良い初見の壮年おじさん。

 タケルは艦橋で全通甲板を見下ろしながら、空母について説明していた。


「ふむ。つまりこの要塞は要塞でも、空を飛ぶ兵器を運用するためのものと」


 そう答えたのは壮年男性。顔に傷があり腰に剣を下げている。誰がどう見ても軍人ですありがとうございます。


「ああ、私はジングン・モストロ。元帝國の軍人だったが、そこのシャルと一緒に帝國を抜けてきた」

「俺はヤマガ・タケルです」

「聞いている。先の戦いは痛快だったぞ」


 ジングンはぐわりと笑みを浮かべたが、むしろ喰われそうな笑みだった。てっきり臆病なシャルは隠れると思ったのだが、逆に彼女のクスリと笑っていた。付き合いが長いのかも知れない。


「今ワシの部下を中心に手の空いている人間をかき集めて、甲板を掃除させちょる。言われたとおり、細かい溝の土まで綺麗にの」


 ゴルゴンは甲板を見下ろして、賢明に作業している自らの部下の働きぶりに頷いた。


「シャル嬢ちゃんに出してもらったマニュアルを読ませておるから、カタパルト・・・・・の使い方もすぐにわかるじゃろ」

「要塞……いや空母だったか。空母の機能が判明するのはありがたい」


 ジングンが腕を組んで、同じく甲板を見下ろした。そこに長老の一人が口を挟む。


「ジングンにはこの要塞の軍事関係を面倒みてもらおうとおもっちょる」

「それは構いませんが、私で良いので?」

「うむ。我らは戦士こそ沢山おるが、組織的な軍事行動というものができんからの」

「いえ、そういう意味では無く、合流したばかりの私達を信用して良いのですか?」

「こう見えてもワシらは人を見る目はあるつもりじゃ。ワシらを嵌めるつもりであれば、ここに案内する事もなかったじゃろ」

「こちらこそ感謝します」


 ジングンが長老ズに頭を下げた。

 彼らには彼らのドラマがあったのだろう。


「ふん……帝國流の戦い方など取り入れなくとも、俺達は、俺は戦えるぞ」


 つまらなそうに吐き捨てたのは褐色肌のエルフ、ヘイセだった。


「よさんかヘイセ。我らに必要なのは一対一の戦いでは無く、軍隊を退けられる戦い方じゃ」

「……」


 ヘイセは反論も肯定もせずに、顔を歪ませた。


「ご指命とあれば受けますが」

「うむ。よろしく頼む」


 どうやら話はまとまったらしい。

 そこでタケルは口を挟んだ。


「そしたら艦長もやってもらった方が良いんじゃ無いかな?」

「艦長?」

「ほら、この移動要塞って実際には空飛ぶ船……軍艦じゃないですか」

「なるほど」

「ふむ。たしかにその発想は抜けておったな」

「たぶんそこの偉そうな席が艦長席ですよ」


 艦橋の真ん中の席を指すと皆がそちらに視線をやった。

 空中に浮かび上がる魔導によって生み出された半透明のスクリーンには、空母に関する様々な数字がリアルタイムで表示されていた。


「……これは……骨が折れそうですな」

「正直ちょっと艦長とかやってみたいけど、さすがにこういうのは軍人さんじゃないとね」

「まぁ……そうだな。努力させてもらう」


 ジングンは艦長席に座ると、盛大なため息を吐いた。

 モニターの一つにマニュアルを呼び出すと、恨めしげにそれを睨み付けた。

 その時、窓の外に白い影が横切った。


 ジングンとヘイセが慌てて顔を上げたが、窓の外に浮かぶ生物・・を確認すると、ほっと落ち着きを取り戻した。

 その動物は真っ白い翼を生やした馬であった。


「おお、ペガサス!」


 ファンタジーではお馴染みの生物、羽の生えた白馬であるペガサスが窓の正面をホバリングしていた。

 だが、ペガサスよりも気になるものがあった。


「あなた達! 何をしているのですか!?」


 ペガサスの背に、白銀の髪を靡かせた美女が乗っていたのだ。

 軽装の鎧に身を包んだ美しい女性が鈴のような声を張り上げる。空母の機能なのか、外の声はハッキリと艦橋に聞こえていた。


「ホース・ブラン? 何か問題があったか?」

「何がではありません! どうして森を削っているのですか!!」


 鎧の上からでもはっきりとわかる、大変な巨乳を揺らしながら叫ぶ銀髪の女騎士に、困惑したようにジングンがタケルに視線をやった。


「どうしてって、カタパルトが使えるようにしてるんだけど」

「貴方は?」

「ああえっと、俺はヤマガ・タケル。タケルって呼んでくれ!」


 美人のお姉さんと知り合える喜びはあるが、どうにも彼女はご立腹のようだ。


「タケル? ああ貴方が異界の戦士ですね。今すぐ森を削るのを辞めさせなさい!」

「え? なんで?」

「なぜ? せっかくペガサスが落ち着ける森なんですよ! 当たり前じゃないですか!!」

「えええ!?」


 え? なに? このお姉さんあの森使ってるの!?

 タケルは想定外の自体に一瞬頭が真っ白になった。


「可能であれば今すぐ全てを森に戻しなさい!」

「いやいやいや! そりゃ無理だって! もう捨てちゃったよ!」

「何と言うことを……!」


 タケルは困惑しつつ、周りの人間に助けを求める視線をやった。


「たしかにペガサスはグリフォンを苦手としているから、森に棲ませるとは聞いていたが……」

「ええ……じゃああの森は必要なのか……」

「すまない。失念していた」


 ジングンは答えつつもタケルと同じく困惑気味だった。


「えーと、じゃあ今残ってる部分はそのままってことにしようか?」


 艦長席に浮かぶ空母の略図と現在清掃が進んでいる部分を見比べて、とりあえず必要な部分は空いていると判断して提案してみる。


「ここは広いだけで特に使い道も無いでしょう! 今すぐ森に戻すことを——」


 麗しの女ペガサスライダーの抗議を遮って、艦橋中のモニターが赤く切り替わるとともに、甲高い警告音が響き渡った。


「なんだ!?」

「それ! 魔導レーダー!」


 ジングンの叫びにタケルが艦長席のレーダーを指す。


「何か凄い速度でこっちに向かってきてる!」

「この速度……恐らくワイバーン!」

「なんですって!? わかりました! 私が時間を稼ぎますから、こちらもワイバーンを出してください!」

「わかった!」


 ジングンは答えながら通信機のスイッチを入れる。


「格納庫! 帝國のワイバーンが接近してる! すぐに上がれ!」

『わかった! 何騎来てる!?』

「7騎!」

『了解した! すぐに出す!』


 格納庫の人間は直ぐに反応した。軍事的な行動が出来ないと言いつつこの反応の早さ。おそらくずっとこんな風に争ってきたのだろう。


「俺も魔導鎧装で出る!」

「頼む!」


 タケルはエレベーターに飛び乗ろうとしたが、逆にエレベーターから飛び出して来た人間とぶつかってしまった。

 ふにょんと妙に弾力があった。


「兄者! この音はなんだ!?」


 飛び込んできたのはヘイセと同じ褐色の肌を持つエルフだった。ヘイセと一つ違うことと言えば、それが女性だったことだろう。

 どうやらタケルはその胸に思いっきり顔を突っ込ませてしまったらしい。


(ラッキー!)


 場違いなラッキースケベにガッツポーズしたくなったが、今はそれどころじゃなかった。


「コクヨー! 敵だ! 対空兵器を起動させろ!」

「承知した! 兄者はどうする!?」

「俺も行く! ……くそっ俺にも魔導騎士鎧装があれば……!」

「今はそれを言っても詮ないことだろう! 行くぞ兄者!」

「ああ!」


 コクヨーと呼ばれた女褐色エルフとヘイセがエレベーターに乗り込んできた。

 下降する間にタケルは聞いてみた。


「二人は兄妹なのか?」

「……そうだ」

「兄者、その者は?」

「……異世界より召喚された奴だ」

「そうか、あなたが異界の戦士だったのか。私はコクヨー・ハファイ。コクヨーと呼んでくれ」

「俺はヤマガ・タケル。タケルでいいぜ」

「わかった。……ゆっくり話す時間は無いな。生き残ってからゆっくり話そう」

「ああ! 任せろ!」


 エレベーターで分かれた後、タケルは格納庫に走った。


「魔導鎧装! 出すぞ!」


 格納庫は嵐のようだった。



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