5話「女の子の抱擁は大歓迎です」
浮遊要塞はゆっくりと、ゆっくりと、深い渓谷の底を這うように進む。
蛇行する渓谷はまるで要塞の為に作られたようにぴったりの幅だった。
「遅いな……」
『大丈夫よ。渓谷の上は険しい森と山岳だから、歩兵は追ってこれないわ。帝國の魔導騎士鎧装だけが気がかりだけれど……』
ミコナは艦橋からチラリと宙に浮く異界の戦士タケルの駈る魔導鎧装を見上げて安堵する。
きっと大丈夫。
タケルからすると蹴っ飛ばしたくなるほど鈍足な浮遊要塞ではあったが、地の利が味方し、敵の追撃を躱すことに成功した。
気がつけば夕方。空が茜と染まり始めていた。
『タケル、お疲れ様。もう戻って来て良いわよ』
「それはありがたいが、見張りはどうするんだ?」
『グリフォンライダーが代わりに上がるわ』
「了解した」
タケルが浮遊要塞にゆっくりと降りていくと、入れ替わりに、ワシの頭と翼を持つライオンという奇天烈生物がすれ違った。
その背に乗っていた革鎧の男が手を振っていたので、タケルも振り返しながら、浮遊要塞下部横のハッチへと戻っていった。
『お疲れ様! タケル!』
金属製のハッチを潜り、格納庫へと戻ると、皆が笑顔で手を振りタケルを迎え入れた。
「おおお! 英雄の帰還だ!」
「異世界の戦士万歳!」
「良くやったぞぉ!」
彼らは口々にタケルを讃える言葉を紡いでいた。
魔導鎧装を奥に進ませると、作業服を着た数人が身振り手振りで”ここに来い”と示していた。金属の囲いになっていて、どうやら整備スペースらしい。彼らの指示に従ってそこに魔導鎧装を立たせると、すぐにタラップを用意してくれる。
魔導鎧装の胸鎧がバクンと開くと、タラップが接地され、そこに出てきたタケルにさらなる喝采が集まった。
作業服の男達を押しのけて、ミコナがタラップを駆け上がってきた。
「タケル!」
「よう。どうだった? 俺の活躍は?」
「最高よ!」
そう言って勢いに任せてガバリと抱きつくミコナ。
「おおう!」
それまであまり女っ気のなかったタケルは嬉しさと戸惑いと恥ずかしさで固まってしまった。
異世界の女性はオープンなのだろうか?
「ああ! ごっ! ごめんなさい! つ、つい!」
顔を紅くして飛び退くミコナを見て、どうやらそういうわけでは無いらしいと得心するタケル。
下の方で口笛やヤジ、冷やかしが飛んでいた。
「いやいや。美少女の抱擁ならいつでも大歓迎だ」
「びっ!? ま、またタケルったら冗談ばっかり! それとも異世界の戦士ってみんなそうなの!?」
「まさか。俺はアクティブオタクだからな。むしろ女性関係は苦手な部類だ」
「その割には手慣れてない?」
やや憮然とした口調で非難するミコナ。
「あー、たぶん状況が気持ちを昂揚させてるんだろ」
「……そうね。きっと場の雰囲気よね」
「だからいつでもウェルカム!」
「馬鹿!」
ミコナはそのままくるりと身体を反転させると、甲高い足音を立ててタラップを降りていく。タケルも後を追って降りると、様々の服装、種族の人間に囲まれて、ばしばしと身体中を叩かれた。
「良くやってくれた!」
「ちくしょうざまみろ! 帝國の豚共め!」
「久々にスッとしたぜ!」
「最高の気分だちくしょう!」
「タケル? ああタケル! 英雄タケル! タケル万歳!」
「お前らその辺にしとけ!」
最後に全員の喧噪を叩き潰す怒号。
「おやっさん!」
「歓迎するのは構わねぇがやりすぎだ! 魔導鎧装操縦者をもっといたわりやがれ!」
「まぁそうなんでしょうけど、俺達だって魔導鎧装をいじくるのは初めてで……」
「うるせぇ! そんなんで俺の部下をよくも公言できやがるなこの野郎!」
「ひぇ!? すみませんでしたぁ!」
「わかったらこの馬鹿騒ぎをやめんかぁ!」
「はいいいい!!!!」
強面の年配男性がタケルの前に立つ。
「悪かったな。みんなちと浮かれてやがるもんでよ」
「いや、かまわねぇよ」
「改めて礼を言わせてくれ。ワシはゴルゴン・ハンマ。帝國から逃げ出した技術者で、今はここに世話になっちょる」
「ハンマさんね」
タケルは滅茶苦茶強そうな名前だなと、頷いた。
「ゴルゴンでかまわん。ワシもタケルと呼ばせてもらう。ワシは帝國にいた頃、魔導騎士鎧装の研究にも少しだけ関わっておった事がある。こいつの整備は任せてもらおう」
「まだ詳しくは知らないんだけど、みんな帝國から逃げ出してきたのか?」
「そういう連中もいるし、亜人だからという理由で追われておる連中もいる。まぁここにいる連中で帝國が好きな奴はあまりおらんの」
「なるほどね」
良い事を聞いたとタケルは深く頷いた。
どういう理由で逃げ出してきたかは聞かない方が良いだろう。
「タケル」
落ち着いたのかミコナが平静を取り戻して近づいてきた。
「何だ?」
「とりあえず長老達に会ってもらいたいんだけど」
「長老? わかった。それは良いんだけど、靴をもらえないか? とにかく着の身着のままで来ちまったからな」
そう、今のタケルは道場から飛ばされたままの姿で、道着に袴。それと手にしていた業物の日本刀だけだ。靴すら履いていない。
「もちろん日用品は揃えさせるわ」
「おいタケル。サンダルならあるから履いていけ」
「ゴルゴンさん、助かるよ」
どこから持ってきてくれたのか、手早く用意してくれたサンダルをつっかける。
「じゃあ長老達のところへ行きましょう」
ミコナに連れられて格納庫を後にしようとすると、中の人間が大きく声を掛けてきた。
そして渋面を浮かべたまま無言で褐色エルフのヘイセ・ハファイも二人についてきた。
◆
エレベーターを一度乗り継いで最上階にあがると、そこは艦橋……ブリッジだった。
どういう仕組みか空中にさまざまな表示が浮かび上がっていた。
「なにこれ凄い」
「ほんと凄いわよね。古文書を見ながら動かしているんだけど、もの凄い魔導システムだわ」
「これが普通って訳じゃ無いんだな」
「当たり前よ。ほとんど神話時代の遺跡ですもの」
「神話時代の方が文明が進んでいたわけか」
「あら? タケルの世界では違うの?」
「ウチの方は順調に時代と進化は比例してるな」
「それは羨ましい……のかしら?」
「どうだろうな?」
タケル個人としてはアトランティスの超古代文明とか見つかって欲しいと思っているタイプだった。
「……ミコナ。これ。資料」
それまで艦橋の椅子に座って何か作業をしていた少女が立ち上がる。
透き通るようなエメラルドグリーンの髪をバッサリとショートにした、もの凄く愛らしい少女であった。歳はミコナよりさらに下だろう。
少し気になるのは耳が人よりも尖り気味な事だろうか。だが背後にいる褐色エルフのように自己主張した笹穂耳と言うわけでもない。
「ありがとうシャルちゃん。全ては貴女のおかげよ」
「……いい」
大人しい性格なのか言葉控えめに、手にしていた書類を手渡すシャルと呼ばれた少女。
「ちょうどいいわ。紹介しておくわね。この娘はシャル・ダリア。最近私たちの家族になった帝國からの避難民よ」
「よろしく。俺は山賀猛。気楽にタケルって呼んでくれ」
「……シャルです。よろしく……」
タケルは握手をしようと手を差し出したが、シャルはミコナの背中に隠れてしまったので、タケルは浮いた手を持て余して後頭部を掻くことくらいしか出来なかった。
ばしゅっという音と共に彼らが乗ってきたエレベーターが再び開き、中から三人の老人が出てきた。
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